第15話 Truth
「ティミリア、お客様よ。」
お母様から扉越しに伝えられる。
私が実家に戻ってきてから2週間が経過した。また公爵様が来たのか、と思ったがどうやら違うようだった。
「奥さま、お久しぶりです。」
扉の先から聞こえてきたのは、ロベルタ公爵家の執事であるジェラルのものだった。
「ジェラル?」
「はい。奥さま、どうか僕の話を聞いては頂けないでしょうか?」
どうしても疑ってしまう自分がいる。
アレク様に何か言伝をされたのではないか、私の聞きたくない話なのではないか。
「公爵様からの伝言だったら、私は聞きたくなんてないわ。」
「違います! 僕は……僕の話をしに来たのです……。」
どんどん小さくなる声音。
何だか様子がおかしいような気がして、私は心配になり扉に近づいた。
「一体、どのようなお話?」
「全部僕が悪いんです。僕はあなたに恩返しがしたくて、それで……でも僕が間違ってた。」
ズズッと鼻水をすする音が聞こえた。
もしかして泣いてる? と扉を開けて見ると、そこにはボロボロと涙を零すジェラルがいた。
横に立つお母様がとてつもなく困惑している。
「えっと、中で話しましょう?」
私がそう声をかけると、ジェラルは小さくコクリと頷いた。
そして部屋の中に入り、椅子に座らせる。
私はジェラルと対面するように椅子に座り、彼が落ち着くのを待った。
「すみません、奥さま……。」
「良いのよ。それで、話って何かしら?」
ジェラルは涙を拭いて、意を決したという表情を私に向けた。
「僕が奥さまとアレクセン様を結婚させるように仕向けたのです。僕は奥様に幸せになって欲しくて……だけど、僕の勝手な気持ちが2人を結局悲しませてしまった……。」
「ちょ、ちょっと待って! 話がよくわからないわ。」
結婚を仕向けた?
それは一体なんの話?
「奥さまは覚えていらっしゃいませんが、僕はあなたに助けられたのです。もう5年も前のことになりますが。」
5年前といえば私は15歳。
学園に通っていた最後の歳だ。
私にはジェラルと会った覚えはないし、一体何のことか見当もつかなかった。
「僕は、学園でこの中性的な容姿から"女男"だと虐められていました。苦しくて仕方がなかった。ある日、そんな僕をみた奥さまは言ったんです。"それは、あなただけの武器だ"と。」
私、本当にそんなことを言ったの?
いや、だけど確かにいつだか酷いいじめを受けている生徒を見かけたような気がする。噴水に突き飛ばされずぶ濡れになっていて、ハンカチを差し出したんだ。
でも、あれは確か女の子だった気が……。
男性のように強くありたいと思う女の子だと勘違いしたので、私が言った意味合いと彼の捉えた意味合いは少し違ってくるような感じがする。
結果が良ければ全て良しということか。
「ずっと返せなかったのですが、これを。」
ジェラルが出したのは、私がその時に渡したハンカチだった。私の名前が入っている。だから、ジェラルはそれが私だとわかったのか。
それにしても、あれは女の子ではなく男の子だったのか。
「たったそれだけのことかと思われるかもしれませんが、あの時の言葉やあの時ハンカチを差し出してくれたことが僕を救ってくれました。」
ジェラルが少し笑みを浮かべる。
私の行動が誰かを救えたのだと思うと、とても嬉しいことだ。
「僕は奥さまに恩返しがしたいと思っていました。そしてアレクセン様のもとで働いている中で、奥さまがまだ誰とも婚姻していないことがわかったのです。アレクセン様は本当に素晴らしくて優しい方です。奥さまがアレクセン様と結婚すればきっと幸せになれる。そう思い、僕は他の家との婚約が進みそうになっているところにアレクセン様の婚姻の申し出を強引に割り込ませたのです。」
アレク様から婚姻の申し出があった時、どうして私なんかに? という疑問があったがようやくその理由がわかった。
ジェラルが画策したからだったのだ。
だけど、それはジェラルがたった一度しか言葉を交わしていない私の幸せを考えてのことだ。事実、申し出があってから結婚するまで私はとても喜んでいた。
別にジェラルを咎めるつもりは少しもない。どうせ他の人と婚姻していても、大して違いのない人生を送っていたことだろう。
「いや、少しだけ僕の下心がありました。アレクセン様と結婚すれば、執事として奥さまに直接恩返しが出来ると。」
ジェラルは眉根を下げ苦笑いをする。
それから、伺うようにこちらをみて「ごめんなさい。」と頭を下げた。
「だから、全部僕のせいなんです。」
「それは違うわ。頭を上げて?」
ジェラルはゆっくりと頭を上げて、そして私をみた。
私はニコリと笑ってみせる。
「アレク様と……それから私。問題があったのは私たち2人だけ。あなたは良くやってくれていたわ。」
わかってる。
悪いのはアレク様だけじゃない。
私は勝手に考え込んで勝手に落ち込んで勝手に下を向いて、上を向くよりもすぐに下を向いていた。
だって、それがずっとずっと簡単なことだったから。
「心配しないで、いつかは公爵邸に帰るつもりよ。だけど、まだ自分の中で整理する時間と覚悟を持つ時間と……たくさんの時間が必要なの。」
認めなければいけない。
私が彼に惹かれていたという事実。
不器用に向き合ってくれていた彼にいつしか本当に心が傾いていた。
だけれど、彼の心には別の女性がいる。それを割り切って、彼への気持ちを捨てて横に立つためにも、たくさんの時間が必要だった。
あとどれくらいかかってしまうだろう。いつか、笑顔で彼の横に立つ時、私の心は死んではいないか少しだけ恐怖があった。




