desufnoC 話9第
俺は相変わらず執務室で書類と睨めっこをしていた。
片付ければ、また増える仕事の量に俺はそろそろ嫌気が差していた。
一体俺はいつになればこの書類たちとおさらば出来るのだろうか。
今日は、ティミリアが出かけるということジェラルを護衛に付けていた。
そのおかげでいつもは彼に任せる分まで自分で抱える羽目になった訳だが、彼以上に信頼できる従者はいない。
いや、しかしそろそろ帰ってくる頃だろうか、とチラリと時計を見たときに察する。
それは的中し、コンコンとノックの音が聞こえジェラルが入ってきた。
「アレクセン様、ただいま戻りました。」
「うむ、ティミリアは買い物を満喫していたか?」
俺は書類を置きジェラルに目を向ける。
「はい、欲しいと言っていたものは全て買っていましたし、それからアレクセン様へ土産も。」
ジェラルは持っていた箱をパカリとあける。そこにはケーキが5個入っていた。
「どれか2つ選んで欲しいと。残りは奥さまの分と、なんと僕とレミーエさんにもくれるというのです!」
ジェラルはそう言って嬉しそうに笑った。甘味が欲しいと思っていたところで、ティミリアがわざわざお土産を買ってくれたということに嬉しさを覚えた。
「アレクセン様、最近よく笑うようになりましたね。」
「そう、だろうか?」
ジェラルは、ケーキを貰えるという時よりも嬉しそうに言う。
俺はそんな自覚はないので首を傾けて問い返した。
"少しはニコリとでもしてみたらどうなの?この愚図!"
俺にとって最近増えたことと言えば、かつて母に言われたことを思い出す頻度だ。
「僕はそう思いますけどね。それで、どれにします?」
俺はケーキを見つめ、直感的に美味しそうだと思った2つを指差した。
「あー良かった、僕このチョコのやつが食べたかったんですよね!」
ジェラルはそう言いながら箱の蓋を閉めて、部屋の外へ向かっていった。
「じゃあ、また後でお持ちしますね。」
そうしてジェラルが出ていったことで、また1人きりになった。
再び書類を見るが全く頭に入って来ない。母の形相、言葉が頭の中で渦巻いていた。
"気味が悪い!"
物心ついた時から母にそう言われてきた。幸い、父も兄も俺のことを可愛がってくれていたし愛情を注いでくれていた。
ただ1人、母だけが俺のことを心底嫌っていた。世の中の母の愛というものが結局わからないまま、母は死んだ。
"何でお前は他の子たちみたいに笑ったり泣いたり怒ったりしないのよ! どうして、相手のことを考えないで思ったことを口にするの!?"
笑いたい時は笑ったし、泣きたい時は涙するし、怒りだってする。俺は言うべきことを言っているだけだし、何に腹を立てているのかよくわからなかった。
母は最初から俺のことを見ようとはしなかった。とても優秀で人当たりの良い兄ばかりを大事に育てていた。
では、なぜ俺を産んだのだろう。
兄1人で良かったはずなのに、なぜ、俺は生まれてきたのだろう。
"お前は欠陥人間だ!"
そう言われたことが、ずっと心の底にしこりのように残っている。
俺は欠陥人間だから、人を愛すことが出来ない。俺は、欠陥人間だから。
そんな風に自分の中で呪いのように言葉が渦巻いていた。
今でも、ずっと。
だが、ティミリアの笑顔を見たいと思う感情は何だろう。彼女に名を呼んでほしいと切望した気持ちは? 心を許してほしいと思うのは?
今まで感じたことのない気持ちに、どんな名前をつけたら良いのか、俺にはよくわからなかった。
それを特別な感情と呼ぶのか、それとも違うものなのか。
俺は、ふぅと一息ついてから頭の中の考えを振り払い、気を引き締めて書類へとまた目を落とした。




