第9話 Confused
今日は、今度行われる社交界のためにドレスやアクセサリーを買いに来ていた。
公爵家の夫人として、いつも同じドレスやアクセサリーを纏うわけにはいかない。
「奥さま、買うものはこれで全てですか?」
ジェラルが私に問いかける。
私の護衛として、戦闘経験のあるジェラルが付けられた。
店通りの近くまで馬車で来て、その後徒歩で店を回っていた。
いくつかの店でドレスやアクセサリーを買い、もう買い物も終盤に差し掛かっていた。
「えぇ、そうね……あとは、アレク様にお土産でも買って帰ろうかしら。」
以前、アレク様が出かけた際には花を買ってきてくれた。だから、私も出かけることがあったら彼に何かを買おうと決めていた。
「それは、とても良い案だと思います!」
ジェラルはニコニコとしながら私の言うことに賛成してくれた。
一体何が良いだろうか、物をあげるにしても何が気にいるかわからないし。アクセサリー類、洋服、靴……色々と考えてはみても少しも見当が付かない。
そう考えた時にパッと目についたものはケーキの入ったショーケースだった。
確か令嬢たちに人気のスイーツ店。
だけど……かなり並んでるな。
「スイーツですか? アレクセン様は甘いものがお好きですから、良いかもしれませんね!」
ジェラルが私の目線に気づいたらしく、明るい顔で言うが私は顔を曇らせたままだった。
「いや、ここは……かなり並ぶわ。」
「あぁ……そうですね。」
貴族令嬢が自ら並ぶ訳がなく、代わりに従者がケーキを買うために長蛇の列を作っていた。
うーん、と悩んだところで解決策が浮かぶ。
「ジェラルが並んで代わりに買ってきてくれる? 何を買うかは任せるわ、4,5個買って貰える? 私はそこのカフェに入って待つわ。並んでいてもカフェは見えるし、良い案でしょ?」
「いや、ですが……。」
ジェラルは眉を下げながら反論するが、私がスタスタとカフェに向かったので諦めてスイーツ店の列に加わった。
そもそも、ここは貴族しか来ないような高級店が並ぶ大通りだ。
どこもかしこも強そうな従者を連れた貴族だらけで、何か起こるような場所ではないし、カフェに入ってしまえば尚更だ。
まぁ、こんなことが知られたら軽率だと怒られてしまうでしょうけれど。
カフェに入り窓際の席にと頼み案内される。それから、紅茶を頼み一息ついた。
どれくらいで買えるだろうか。
回転率はかなり良いみたいだから、早ければ30分……遅くても1時間というところか。
その間、何をしていようか。
本なんて持ってきていないし、ボーッと紅茶を飲んで待つというのも退屈そうだけれど。
届けられた紅茶を一口飲み、外をじっと眺める。腕を組み歩く若い男女が目に入った。
あんな風にデートが出来る日は来るだろうか。
「ご機嫌よう、ロベルタ公爵夫人。」
聞いたことのある声に正面を向くと、ネイト侯爵が椅子に手をかけていた。
「相席、しても良いかな?」
「あ、えっと、えぇ……どうぞ。」
急なことに困惑しながらも相席を許可する。ネイト侯爵はピタリと笑顔を貼り付けたまま「ありがとう」と応えた。
「店に入ったら君が見えて、1人で退屈そうだったから、ついね。」
「それは、どうもありがとうございます。」
本心なのかそうではないのか、心の内が全く見えない。
私は、淡々と礼を述べることしか出来なかった。
「君の従者は、あそこの列に並んでる彼?」
ネイト侯爵がピッと指さしたのはジェラルだった。ジェラルはこちらを、というよりネイト侯爵をジッと睨みつけていた。
私は、来なくても良い、大丈夫だとジェスチャーで伝える。
「ジェラル・モクシード。彼はロベルタ公爵の優秀な従者として有名だからね。仕事もできて腕っ節も強い、僕の従者に欲しいくらいだ。」
ふふっと笑いながらジェラルを見て言い、それからこちらに目を向けてジッと私を見た。
「私に、何か用でも?」
ネイト侯爵はスッと手を伸ばして私の手をギュッと握った。
私は驚いてバッと手を引く。
「な、何ですか!?」
私は目を泳がせる。
ネイト侯爵は満足気に口の端を吊り上げた。
「いやぁ、可愛いなぁと思って。」
本当に何を考えているのかわからない。いや、それとも何も考えていないのか?
「誤解しないで欲しいけど、僕は誰にでもこういうことを言ってる訳じゃない。君が可愛らしい反応をするから思ったことを言っただけさ。」
何だ、一体何なんだ。
かなり気持ちが悪い。
私は紅茶を飲むことで気持ちを鎮めた。
「ロベルタ公爵夫人、僕は貴女のことが心配なんだ。」
笑顔を無くして、ネイト侯爵は真剣な表情でこちらを見る。
「なにが、でしょうか?」
心配されるほど何かを話した覚えはない。今この瞬間だって、彼に心配されるような行動をしてはいない。
それなら、一体何を心配しているというのだ。
「ロベルタ公爵のことだ。」
「アレク様……?」
私は見当がつかず眉を寄せた。
「彼は昔から女遊びが激しくてね、君が傷ついていないか僕は心配なんだ。」
「お、女遊び?」
カップを持つ手が震える。
私はそっとそれを机に置いた。
あのアレク様が、女遊び??
全くイメージが沸かない。どちらかといえば、ネイト侯爵の方がよっぽど女遊びをしていそうだが。
「あ、もしかして僕の方が女遊びしそうだとか思ってる?」
また笑顔を貼り付けて私に問いかけてくるので、私は目を逸らして首を振った。
「いえ、そんな失礼なことは。」
「いやぁ、君は嘘が下手だなぁ。」
ネイト侯爵は私の様子を見てケラケラと笑った。
アレク様は私の装いに全く気付かないので私はだいぶ嘘がうまいと思っていたのだけれど、どうやら彼には通じないみたいだ。
「まぁ、女遊びの方は最近は聞かないから良いとして。」
それが本当だとしたら全く良くはないのだけれど、と内心思いながらもネイト侯爵の次の言葉を待つ。
「アレクセン・ロベルタにはどうやら想い人がいるらしい。」
ヒュッと喉が鳴る。
"俺は、君が他の男性に心を向け愛人を作ろうと責め立てるつもりはない。先に伝えておくが、俺は君に愛情を求められても返すことはできないだろう"
忘れていた、いや思い出さないようにしていた食事会での彼の言葉がフラッシュバックした。
目の前が鈍器で殴られたようにチカチカする。
もしもネイト侯爵の言うことが本当だったら、私の予想が当たっていることになる。
彼はいつか、私の前に想い人を連れてくるかもしれない。
事情があり結婚できなかったがこの人を愛してるんだ。だから君のことを愛することは生涯あり得ない。
そんな風に宣言される日は遠くない未来だろうか。わからないけれど、その時私は、自分の足で立っていられるのだろうか。
「だから、君に愛人が居ても、彼は咎めたりはしないはずだ。」
そう言ってネイト侯爵は再び私の手に触れる。
「やめて下さい!」
私は声を荒げて勢い良く手を引いた。
「わ、私は、そんな気はありません。」
下を向いて拒否の言葉を述べる。
自分で自分の手をきゅっと握った。
「僕は、パーティのあの日から君が心配なだけ……それだけさ。」
私は顔を上げなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃしていて、どんな表情を作れば良いかよくわからなかった。
「さっきから君の従者の視線が痛いから、そろそろ退散しようかな。じゃあ、またね。」
私は、小さくお辞儀をして最後まで彼の顔は見なかった。
彼が笑顔を貼り付けていたのか、真剣な顔をしていたのか私にはわからなかった。
それと入れ替わりでパタパタと急ぐ足音が近づいてくる。
「お、奥さま! ヤツに何かされましたか!?」
ケーキの入った箱を手にしながら、ジェラルは心配そうに私を見る。
「いえ、何も。」
嘘をついた。
全てを話したら、ジェラルはきっと怒るだろう。そして私にそんなのは妄言だと言うだろう。
私は、自分の中で今日のことを整理したかった。
「さぁ、帰りましょう。」
私の言葉にジェラルは何だか不満そうに頷いた。
ネイト侯爵の言うことが本当かどうかわからない。だけど嘘だという証拠もない。
私は妻として夫を信じなければならないはずだけれど、私はどうしてもそれが出来ずにいた。




