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公爵様、地味で気弱な私ですが愛してくれますか?  作者: みるくコーヒー


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第7話 Walk


「散歩に行こう。」


 公爵様の唐突な誘いで、私はいま馬車に揺られている。


 以前公爵様が話していたペットのシルバーウルフ、ギンが馬車に共に乗り込んでいた。


 ギンはとてもお利口な狼だった。


 屋敷の端の小屋で飼われていたことを私は今日初めて知り、ギンとの初対面を果たした。


 ギンは私を前にしても大人しく座り、だけれど興味津々に私をジッと見ていた。


 綺麗な銀色の毛並みに青い瞳。

 その瞳が何だか公爵様を彷彿させた。


 その毛並みに埋れたい、とウズウズしたが私はぐっとそれを我慢した。


 ただ、馬車に乗り込むと大きなギンの身体が足元にすっぽりとおさまったので、つい撫でてしまいそうになる。


「ふふっ。」


 笑い声がして、そちらを見ると公爵様が口を手で覆いながら小さく笑っていた。


「なぜ、笑っていらっしゃるのですか?」

「いや、ギンに触れたいのを必死に我慢している様子が面白くてな。」


 私が問いかけると公爵は笑いながら答える。


 見抜かれていたことが恥ずかしくなり、私は下を向いた。顔が赤くなるのがわかる。


 ギンが首を傾けながらこちらを見つめてくる。それが可愛くて恥ずかしいという気持ちが和らいだ。


「触りたいのならば触れば良い。ギンは撫でられるのが好きなんだ。」


 私はそれを聞いて、ゆっくりギンに手を伸ばす。


 ふわりとした毛並みが手に触れる。

 それから、毛並みをなぞる様に撫でると、ギンは嬉しそうに尻尾を振った。


「そろそろ草原に着くようだ。」


 公爵様は外を眺めながら言う。

 私も外を見ると、王都の1番外側の門を出たところだった。


 門を出て少し進むと窓の外で一面の緑が広がった。


 馬車が止まり扉が開いたと同時にダッとギンが外に飛び出した。

 楽しそうに草原を駆け回る。


 次に公爵様が降り、それから私に手を伸ばした。私は手を取り草原に降りる。


「この草原をギンに乗って駆けるのが俺はとても好きでな。」


 そう言う公爵様の顔はとても愉快そうだ。


 公爵様が「ギン!」と大きな声で呼ぶと、それまで駆け回っていたギンがすぐさまこちらへ向かってきた。

 私たちの前まで来ると、スッと伏せをした。


「さあ、乗って。」


 公爵様に言われてギンに乗ろうと試みるも一体どのあたりに乗れば良いのかと戸惑ってしまう。

 後ろからふわりと抱き上げられ、ストンとギンの背の前の部分に乗せられる。

公爵様はその後ろに乗った。


 ギンは重く感じないだろうか、と心配になったが何ともないと言う表情でスッと立ち上がった。


「しっかり掴まれ。」


 どこに、と聞く暇もなくギンが走り出した。


「う、わ!」


 私は驚いて何処も掴めず態勢を崩しそうになるが、公爵様が私を抱きとめてくれたおかげでなんともなかった。


 公爵様がギンの毛並みを掴んでいるのを見て、なるほど、と私も掴んだ。


「顔を上げろ!」


 公爵様に言われて、顔を上げると見たことのない光景が広がっていた。


 景色がどんどんと過ぎていく。

 風が気持ち良い、自分も風になったような気分になる。


 いつも下ばかり向いていた。

 今も公爵様に言われなかったら下を向いていただろう。


 顔を上げなければ、こんなにも素晴らしい光景が広がっているなんてわからなかった。


 今までも下を向いていて見られなかった景色がたくさんあったのだろうか。

 そう思うと、もったいないような気がする。


 馬車のある場所が見えて来た。

 ギンはゆっくりとスピードを落として、そこに着く頃には歩くスピードになっていた。


 公爵様が先に降りて、それから私の手を取り下ろそうとする。


「わっ!」


 私は上手く降りることが出来ずに公爵様に抱きついてしまう。

 公爵様はそれをしっかりと抱きとめてくれたお陰で転ぶことはなかった。


 公爵様は私をそっと下ろす。


「も、申し訳ありません!!」

「いや、問題ない。」


 私は慌てて離れながら謝ると、公爵様は何ということもないという顔をしながら首を振った。


「散歩、と言って良いのかわからないが、如何だっただろうか?」


 公爵様が首を傾けながら私に問いかける。


「とても、良いものでした。」


 私は先程感じた感覚や光景を思い浮かべながら答える。


 公爵様は「そうか。」と言いながら満足そうに笑みを浮かべた。


「では、帰ろうか。」


 公爵様の声かけで私は馬車に戻る。

 ギンも再び馬車に乗り込んで、疲れたのか足元で丸まって眠りについた。


「俺は、君に余りにも関心を持たなすぎた。」


 突然の言葉に私は何のことかわからずキョトンとしてしまう。


「先日のパーティーで、君の体調が悪いことに気づきもしなかった。夫婦であるならば、すぐに気がつくべきことだ。全面的に俺の過失だ。」


 それは違う、と私は首を振った。


 体調が悪くなったのは、会場で人の視線や何もかもに耐えられなくなったからだ。私の心の弱さが原因で、公爵様は悪くない。


「ティミリア、俺はもう少し君に寄り添う努力をする。」


 公爵様は私の手を取り、ジッと目を見て告げた。私はずっと目を合わせることが恥ずかしくて顔を伏せるが、先程感じた気持ちを思い出して顔を上げる。


 いつも下ばかり見て、見ることが出来たはずの光景の全て。それはもう見られないけれど、これから先は見逃したくない。


「君も、俺のことを名前で呼んではくれないだろうか。公爵様と呼ぶ妻はいないだろう?」


 公爵様は力なく笑う。

 もしかして「公爵様」と呼ばれることは嫌だったのだろうか。


 全く気がつかなかった。


「あの、何と、お呼びすれば?」

「アレクと呼んでくれ。」


 アレク、それが公爵様の愛称なのか。


 それを呼ぶことを許されたのは、夫婦として一歩前進したような気がする。


「アレク、様。」

「様はいらない。」

「あの、それは、追々……。」


 初めから呼び捨てをするのは随分と勇気が必要で、私には無理だった。


 アレク様は、仕方ないと引き下がり私の手を離した。


 私は、自分が彼の名前を呼べるようになったことよりも、彼が私の名前を呼んでくれたことが何よりも嬉しかった。


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