第6話 Party
王家主催のパーティーが開かれ、私は公爵様と共に訪れていた。
公爵様と結婚したことで、あれが妻かという視線がビシビシと刺さる。
その視線は全く好意的なものではなく、どうしてあんな地味な人が? というような批判的なものだった。
精一杯着飾ってはみたものの、所詮私では華やかで美しい令嬢たちのようにはなれない。
私は公爵様の腕を掴みながら、さも夫婦だというように歩いてはいるが、顔を上げる勇気も周りを見る勇気もなくて顔を俯かせていた。
「気が乗らないか?」
公爵様に声をかけられ、私は顔上げて公爵様を見る。心配そうに私のことを見下ろしていた。
「いえ、ただ、少し緊張していただけです。」
「そうか。」
私が何でもないと平気なフリをして答えると、公爵様はあっさりとそれを受け入れた。
公爵様は人に興味がない。
だから、人のことをあまりよく見ていない。
私が無理に平然を装おうと、全く疑いもせずにそれを受け入れる。
1度も見破られたことがない。
勿論、気は乗らない。
元々人の多いところが好きではないことに加えて、公爵様と結婚して初めて公の場に出る。好奇の目線で見られることは最初からわかりきっていた。
だけれど、結婚したのだから夫婦共に招待には応じるべきであるし、夫の側にいるべきだ。
「ロベルタ公爵、ロベルタ公爵夫人、よく来てくれたね。」
「お招き頂き感謝致します。」
今日のパーティーの主催である、陛下の前に立ち頭を下げる。
陛下が私たちに声をかけたため、顔を上げて公爵様が感謝の意を述べた。
陛下は30歳で、王位を継いでまだそんなに年数は経っていない。
華やかな見た目で、私としてはあまり得意ではないけれど、評判は良くて随分優秀だと聞く。
「陛下、この場を借りて紹介させて下さい。私の妻です。」
私は、公爵様に紹介されてドレスを少し持ち上げてお辞儀をする。
「ティミリア・ロベルタと申します。本日はお招き頂き感謝いたします。」
私は最大限の笑顔と愛想を作り出す。
陛下は私をジッと見てからニコリと笑った。
「公爵は一体いつ、どのような人と結婚するんだろうと心配していたけれど、素敵な女性と結婚されたようで何よりだ。」
素敵な女性、と言われてお世辞なのだろうけれど少し嬉しくなってしまう。
一国の王に褒めてもらえたのだから、当たり前の反応だろう。
「陛下が私を心配してくれていたとは、初耳です。」
公爵様はニコリとも笑わず、いつもと同じ様子で話す。それに対して陛下は苦笑いをした。
「君は相変わらず愛想が無いなぁ。まぁ、2人ともぜひ最後まで楽しんでね。」
私と公爵様は再びお辞儀をして、陛下の前から去った。
今日は王妃陛下は体調が良くないようでパーティーには顔を出していなかった。
「何か飲み物を飲むか、ダンスでもするか、君は何がしたい?」
公爵様に突如尋ねられ、私は困惑する。特にやりたいことなんてない、無難にこのパーティーをやり過ごせればそれで良い。
「特に、何も。」
「ふむ。」
公爵様は考えるように顎に手を当てる。
「友人と語らいでもしてきたらどうだ。」
「残念ながら、友人は今日のパーティーには参加していません。」
隣国に嫁いでいたり、仕事であったり、単純に不参加であったり、様々な理由で私の友人は1人も今日のパーティーには参加していなかった。
とても、残念なことに。
「それでは「ロベルタ公爵。」
公爵様が言いかけたところで、男性から声をかけられる。
「ネイト侯爵。」
公爵様は声をかけてきた人の存在に気づき名を呼んだ。
話したことは一度もないが、私にもその人が誰だかわかった。
オルギス・ネイト侯爵だ。
公爵様より歳が2つほど上で、綺麗な妻がいるが、その妻は他所に愛人を持っていて侯爵はそれを許している。
ネイト侯爵に愛人がいるとは聞いたことがないけれど。
「彼女が貴方の妻ですか?」
「そうです、妻のティミリアです。」
私が小さく礼をすると、ネイト侯爵もそれに返してくれた。
「初めまして、オルギス・ネイトです。ロベルタ公爵とは、たまに仕事が一緒になるんですよ。」
「そうなのですね。」
私はどう返せば良いのだろうと思い、とりあえず相槌を打ってみる。
どう返すのが正解だったか。
「また仕事が一緒になった際には、よろしくお願いしますね。」
「いえ、こちらこそ。」
ネイト侯爵は公爵様に一声かけて、それに公爵様が返事をしたところで離れていった。
公爵様からして、ネイト侯爵は友人の括りなのだろうか、誰に対しても対応が同じなのでよくわからない。
そして、誰も彼から友人だと紹介されないので、もしかしたら友人がいないのかもしれない。
彼の性格からして、あり得ない話ではないなと私は思った。
「ロベルタ公爵! お久しぶりですな!」
「中々こういった場には参加しないのに珍しい。」
「そりゃ、陛下の招待ならば公爵様も参加されるだろうよ。」
3人の男性が公爵様に話しかける。
年齢層は3人とも異なる。私は3人が誰なのかわからなかった。
「おや、こちらが結婚されたというお嬢さんかな!?」
「あぁ、はい、ティミリアです。」
私が会釈をすると、3人の男性は頭からつま先まで舐めるように私を見て、それから公爵様に目を移した。
「なるほど! 良い縁があって何よりですな!」
それから男性3人に一方的に話を振られ、公爵様は相槌を打ったり答えたりと忙しなくしていて、その間に周りには人が増えていっていた。
中々、こういった場に出ない公爵様と話す機会を伺っていた人が多かったのだ。
私は少し離れてその様子を見ていた。
妻としてピタリと離れずにいるべきだっただろうか。
だけれど、あの人だかりの中で私に出来ることは何もない。合わせて一緒に話を出来るわけでもないし、他の人と自主的に会話を広げることもきっと出来はしないだろう。
ジッと立ちながらその様子を眺めていた。公爵様は私が側にいないことに気がついているだろうか。
それで? 気づいていたら何かあると期待でもしているのか?
そろそろ、無駄な期待をするのはやめにしないと。私が、どんどん辛くなっていくだけなのだから。
それから私はまた静かに立ち続けた。
夫人たちは様子を見ているのか、誰一人私には声をかけなかった。
ロベルタ公爵の妻といえど、私に媚を売る必要はないと結論付けたのかもしれない。
まぁ、それはかなり正解だと言えよう。
そんなことを考えていると少しずつ息が詰まってきた。
私には価値がないのだと告げられているようで、苦しくなってくる。
一体、私は周りにどう見られているのだろう。そう思ったら全てのことが気になりはじめた。
視線、会話、笑い声、表情。
顔を上げることが出来ない。
下を向いて、ただそこに立っているのが私の出来る全てだった。
「ロベルタ公爵夫人、一人でいるわ。」
「公爵様に放って置かれてるのよ、きっと愛されていないんだわ。」
そんな会話が聞こえてきたような気がする。もしかしたら幻聴かもしれない。
だけれど、私には既に限界が来ていた。
くらくらする、気持ちが悪い。
ここに居たくない。
足が自然に動いていた。
決して顔を上げずに、ただひたすら外へ向かっていく。
「はぁ、はぁ。」
やっと、息が出来た。
初めは浅いものだったが、次第に深く息が出来るようになる。
中庭のベンチに腰をかける。
それから急に冷静に考えられるようになって、公爵様に一言も声をかけず出てきてしまったことに焦り出した。
あぁ、早く戻らないと。
そう思い立ち上がろうとした時に、地面に影が映る。
もしかして、公爵様が気がついて探しに来てくれたのだろうか。
そう思いながら顔を上げると、そこには先ほど会話をしたネイト侯爵がニコリと笑みを貼り付けて立っていた。
内心、公爵様でないことに少しがっかりしながらも小さく笑みを浮かべた。
「どうしましたか? ネイト侯爵。」
「君が青い顔で出ていくから心配でね。」
私を心配して追いかけてきたなんて、にわかに信じがたいけれど。
「そうでしたか、それはありがとうございます。」
とりあえず上辺の感謝の言葉を述べる。
「隣、座ってもいいかな?」
「え、あ、はい。」
唐突にされた提案に戸惑いながらも了承する。
ネイト侯爵は私の隣にストン、と座って、変わらず笑みを浮かべながらこちらを見た。
「ロベルタ公爵と何かあったとか?」
「いえ、特には、何も。」
もし仮に何かあったとして、それを初対面の人にペラペラと話すとでも思っているのだろうか。
私はそこまでオープンな人間ではない。相変わらず下を向いたまま、なるべく目を合わせないようにする。
「あまり楽しくなさそうに1人で立っていたから、ずっと下を向いて、今みたいに。」
そう指摘されて、私は自分の手をギュッと握りしめ、顔は変わらずあげなかった。
下を向いていたって良いじゃないか。
誰にも迷惑はかけていないのだし、嫌なものを見なくて済むのだから。
「勿体ないな、君はとても可愛らしいのに。」
予想だにしない言葉に驚いて目を泳がせる。まさかそんな風に言われるとは思わなかった。
勿論、それはお世辞なのだろうけれど、それでも少しだけ、ほんの少しだけ自分を肯定出来た気がした。
「不躾な質問かもしれませんが、ネイト侯爵は、侯爵夫人に愛人がいることに関して何も思わないのでしょうか?」
私は顔を上げてネイト侯爵を見る。
とても失礼な質問であるはずだが、ネイト侯爵は笑みを崩さなかった。
「僕と彼女の間に愛情というものはないんだ。だから初めにお互い愛人を作っても何も言わない、というルールを設けた。残念ながら、僕にはそういった相手はいないのだけれど。」
ネイト侯爵は軽快に笑う。
私と公爵様の間で話されたものも同じようなものだ。まだ、愛人という存在がいないだけ。いつか公爵様からその存在を告げられる日が来るかもしれないと思うとまた憂鬱だった。
「侯爵夫人と愛を築こうと思われたことは?」
「最初は僕も奮闘したけど、結局彼女の愛は手に入らなかったな。」
そう言う侯爵の顔は少し寂しそうに見えた。
「もしも、君が誰かに吐き出したくなった時には、いつでも僕を頼ってくれよ。同じような経験をしているからさ。」
ネイト侯爵の提案に、私は頷きはしなかったが、少しだけ心が軽くなったような気がした。
「私、戻ります。」
私はそう言いながら立ち上がる。
「じゃあまたね。」
ネイト侯爵はひらひらと手を振り、私は小さく頭を下げてその場を去った。
私と公爵を見ていて、ネイト侯爵は自分と重ねてしまったのだろうか。
だから、私を気にかけるのだろうか。
そんな憶測をしながら会場の前に着くと、公爵様が焦ったように私に駆け寄ってきた。
「一体どこにいたのだ。」
公爵様は私の肩に手を置き眉間にシワを寄せながら私を見る。
「あの、私、気持ちが悪くなって、それで外に……。」
やはり勝手に出てきてしまったため、迷惑をかけてしまったようだ。
自分の失態に私はとても申し訳なさを感じる。
「申し訳ございません、勝手に、私。」
なんで言えば良いのだろう。
焦って言葉がうまく出てこない。
「体調は大丈夫なのか? すぐに帰ろう。」
公爵様は私の肩を抱いて会場とは逆の方向に歩いていく。
「いいえ! 大丈夫です! 公爵様はまだ皆さまとお話をして下さい。」
私は、ぐっと公爵様に抵抗するが力が強くその抵抗は全く効いていなかった。
「いや、挨拶は済んだからもう良い。それに、知らぬものたちと話をしても楽しくはない。それよりも妻の体調の方が大切だ。」
そう言いながら、公爵様は私を支えながら私のペースに合わせて歩いてくれる。
公爵様は、私が思っているよりは私のことを気にかけてくれているのかもしれない、と少しだけ嬉しくなった。




