無能と恐怖
無職宣告から1ヶ月、カイトはせっかくの異世界だと言うのに日本にいた頃と変わらない生活を送っていた。
職業覚醒のために様々なことを体験させてもらったが、そもそもこの世界において無職というのはいないので無職から職業が覚醒するなんてことがあるのかすら分からないのだ。2週間が過ぎたあたりから少しづつ教えてくれる人も減り、今では1人で素振りをしているところだ。
一応座学の勉強もあり、そこでは基本魔法を習うことが出来るのだがその基本魔法すら使うことが出来ないのだ。なので座学の時間は1人で王宮の図書館でモンスター図鑑やこの世界の地理について勉強している。ただの暇潰しとしてしか思っていないが。
「よォ、無職くん。調子はどうだい?」
もはや作業と化していた素振りの訓練中にちゃちゃを入れてきたのは同じクラスの海渡翔だ。彼の職業は海賊。この世界では見た事のない職業らしく、特別視されている。
「相変わらず無職だよ……」
そういうと海渡は腹を抱えて笑う。周りの取り巻きたちも笑い出す。いつもの事だ。日本にいた頃もこういったイジりはされていたので無視することにする。
「つーかさお前、明日はどうすんだよ」
「え?」
「だから、明日の実戦訓練はどうするんだって聞いてんだよ」
海渡のイラつきに少しビビる。そう、明日は近場のダンジョンにて実戦訓練を行うのだ。
「え、えっと………一応ついて行くことになっている」
「マジ?!無職のお前が?!ただの足でまといなのにか?!」
海渡はまた取り巻きたちと笑い出す。騎士団長のモルダン、国王の隣にいた甲冑の男の人はダンジョンでの実戦訓練の影響で職業が覚醒するかもしれないということで参加することになっている。モルダンさんの優しさは嬉しいのだが、海渡のようにバカにしてくる連中がいるので正直余計なお世話なのだ。
「そっかそっか、お前も参加するんだ〜。じゃあ……」
海渡は箱の中にある木剣を取り出しカイトに向かって斬り掛かる。急な攻撃に対処出来ず、半端な防御で吹き飛ばされてしまう。
「っ、何すんだよ!」
「何って、お前が少しでも生き残れるように俺たちが稽古つけてやろうってんだよ。感謝しろ」
そういうと海渡の取り巻きたちも箱から木剣を取り出し、カイトに近づく。明らかに悪意に満ちた笑みを浮かべて。剣を杖代わりにして立ち上がるも四方向から飛んでくる剣撃を無職のカイトは避けるこも防御することも出来ない。
「ほらほらぁ、少しは防御とかしないと死んじゃうぞ?」
「ギャハハハ、よっわ。コイツ弱すぎ」
「反撃ぐらいしてみろよ、ほらぁ!」
無職で無力で無能なカイトには理不尽に降りかかる攻撃に為す術なく膝まづき、袋叩きにされる。
「ほらよっ!」
「………っ!!かはっ!」
鳩尾に海渡の蹴りが入る。息が出来なくなる。
「ハハ、虫けらみてぇ」
「キッモ」
「アハハ、ダッセェ」
「ここら辺でやめとかねぇとホントに死んじまうからなぁ。俺達もこんな奴に構ってないで訓練しようぜ」
そういうと海渡達は木剣を投げ捨て、自分たちの訓練場へと戻って行った。
「……クソ、………ちくしょう………」
迫り来る理不尽な暴力に為す術なくただやられるだけ。そんな無力で無能な自分に苛立ちを覚えるが、今の俺にはそれをどこにもぶつけることは出来ない。つくづく自分の無力さが嫌になる。
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ダンジョンへと向かう馬車の中。モルダンさん
の指示により小分隊で別れてダンジョンで訓練を行うらしい。もちろん俺もその小分隊に入っているわけだが、無職のため分隊分けのときのメンバーの嫌そうな顔は今でも続いてる。しかもメンバーには海渡がいる。
「ちっ、なんでお前と同じなんだよ………」
「まぁまぁ、しょうがないよ。くじ引きで決まったんだし。それに、橘くんの職業が今日覚醒するかもしれないしね」
タツミが海渡を宥める。俺たちの小分隊は他と違って特別な分隊だ。なぜならタツミ含めユウスケや森川さんなどチート系職業の人が同じ分隊なのだ。海渡さえいなければ文句はない。海渡さえいなければ。
「まぁ、いいや。タツミもユウスケもいる事だしな。おいグズ、俺たちの足引っ張んじゃねぇぞ」
海渡はそれでも嫌そうだ。昨日散々ボコボコにされた俺の方が嫌だけどな。
とそんな話をしていると目的地であるダンジョンの入口に着いた。
各々が装備のチェックをし、馬車を降りてダンジョンへと進んでいく。入口には受付の人がおり、カウンターには覚醒の儀で使った機械の小さいやつがありそこに手を触れることでその人の基本情報を登録することができるらしい。
勿論のこと俺もそこで登録するのだが、受付の人に二度見された挙句にクスクスと笑い声が聞こえる。
ちくしょう、職業覚醒したら見返してやる。
「それでは先程言った分隊に別れてくれ。一分隊づつ中に入り、ダンジョンの最深部でまっていてくれ」
そういうとモルダンさんは中へと入っていった。俺達も指示通りに分隊に別れて、時間を開けて中に入りダンジョンの攻略を始めた。と言っても既にダンジョンは攻略されているので、ある程度のマップや罠などの配置は把握済みなのだ。
「ちっ、雑魚しかいねぇなぁ」
「最初の方なんてこんなもんだろ。仕方ないさ」
能力も職業もチート級なので攻略はサクサクと進んで行く。ネズミ型のモンスターや大きいミミズみたいなモンスターもいるので、後ろから女子の悲鳴が聞こえてくる。
カイトもユウスケやタツミの力を借りてモンスターを倒してはいるが、なかなか職業が覚醒しない。それどころかちょくちょく皆の足を引っ張っている。
「おいグズ、足引っ張るなっていったよな。あ?」
「ご、ごめん………」
「まぁまぁ……」
海渡は俺の無能っぷりに段々と耐えられなくなっており、モンスターに対してヤケに攻撃的になっている。ごめんね、無能で。
「ねぇ、橘くん。大丈夫?その……昨日の……」
「え?」
海渡にビクビクしながら先に進むタツミ達について行くと、隣から同じ分隊の湊さんが話しかけてきた。湊美咲。丸ぶち眼鏡のボブカットであまり目立たない子なのだが、とても美人だと言うことはあまり知られていない。
「昨日の訓練中、その………海渡くん達に殴られてたから………」
どうやら昨日の醜態を湊さんに見られていたらしい。なんというか、別に好意がある訳では無いが可愛い女子に自身の醜態を見られるというのはとても恥ずかしい。
「あ、う、うん。大丈夫だよ。大したことじゃないし……」
「そ、そう?ならいいんだけど………」
「な、なんでまた?」
「…………特に理由はない…よ」
何か言いたそうな顔をしていたが、あまり深追いはしないようにしておく。なぜなら今俺はとてつもなく恥ずかしいからである。
そんなことを話しているうちにダンジョンの最深部に着いた。最深部は王宮の大広間程度の広い空間で、天井もそこそこ高い。道中のように足場は悪くはなく、平べったいのでまたドジって海渡に睨まれる心配は無さそうだ。
「ここが最深部か………」
「最深部って聞くからなんかボスとかいるもんだと思ってたんだけどなぁ」
そんな会話をしながら最深部の中のあちこちを見たりして、時間を潰していると続々と他の分隊達も入ってきた。
「よし、全員揃ったか。それではある程度の休憩の後、地上に戻るぞ」
その合図をきっかけに多くの生徒が休み始める。ダンジョンの道は滑りやすかったり凸凹してて、とても歩きづらい上にモンスターとの戦闘もあるので皆疲れている様子だ。俺たちはと言うと戦闘能力に関してはずば抜けているためそこまで疲れてはいない。
「なぁモルダンさんよ、あれはなんだ?」
「ん?どれだ?」
「あれだよ、あれ。見えねぇの?」
そう言って海渡が指さす方を見てもあるのは壁だけだ。
「……壁しか見えないが………」
「え?あそこの壁に変な模様があるだろ」
海渡は模様があるであろうところによって壁を触る。すると今度はカイト達にもわかるように壁に模様が浮かび上がってきた。模様の浮かび上がった部分だけ壁が崩れ、奥に道のようなものが現れた。
「うぉっ!な、なんだこれ?!」
「隠し通路……だと?」
他の生徒たちも近づいていき興味津々に中を覗いている。カイトも覗いてみるが、中は暗くて何も見えないが、鼻を刺すような異臭を放っている。
「うっ、なんだ………これ……」
「くっさ………」
「勇者様たちは離れてください。もしかしたら罠の可能性があります」
騎士団の兵士たちに注意されとりあえず通路から離れる。するとモルダンさんが何人かに通路の奥の探索をするように指示を出していた。
「とりあえず、アイツらが戻ってくるのを待とう」
しばらくの間、謎の緊張が空間全体を覆う。何故だろう、嫌な予感がする。それを悟ったのかモルダンさんも無意識に剣の柄に手をかけている。誰一人として声を発さない。通路から溢れる異臭のせいなのか、その通路から目が離せられない。すると
「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
「っ?!どうした!何があった!!」
凄い叫び声と共に慌てる足音が聞こえてくる。それと同時に鎧だけではない音も聞こえてくる。何かを千切る音、噛み砕くような音が聞こえる。全員が武器を構え、戦闘態勢に入る。しばらくすると通路の入口から中に入った兵士の1人が出てきた。
「に、逃げて……くだ……さい………ガハッ」
兵士は入口付近で血を吹き出して倒れる。よく見ると腹部に何かに刺されたような大きな穴が空いており、片腕もなく、血塗れである。
「ひっ………」
「うぷっ………」
その光景に何人かの生徒が嗚咽し、顔が青ざめていく。そして更に追い打ちをかけるように兵士を無惨な姿にした元凶が姿を表した。
「あ、あぁぁぁ……」
「い、イヤ…………」
それは体長は約3メートル。熊のような巨体に蠍のような鋭い針の尻尾。岩をも切り裂きそうな鋭利な爪をもつ、人のような顔ををした化け物だった。
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