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英雄になれない人々へ  作者: 割り箸
9/9

怪物パニック




「大丈夫か?」


「なんとか、ね」


小鬼のアンデットを退けた俺たちは、その後も幾多のアンデットとの戦闘を強制されていた。敵は、俺たちの居場所を理解しているようで、連戦に次ぐ連戦で、消耗が激しい。


「いくらなんでも、おかしいだろ。こんな、連戦が続くか?」


「そうね。屍の数が多すぎる」


俺も、目の前のこいつも休みのない戦闘で、疲弊している。思っていたよりも、道具の消耗が早い。回復道具は、まだ数個残っているが、それも後、数戦持つかどうかだ。


「まさか、里に着く前に怪物達総出でお出迎えとはな」


「全く、嬉しくないけどね」


「同感」


そこらの木の枝を折り、即席の矢に仕上げていく森人。木弄りに関すれば、森人は物作りにおいて鉱人も越えるという。短刀で木の枝を削っていくその手には、迷いがない。


「体力の方に、余裕はあるか?」


「えぇ、疲れてはきたけど、森は私達の家よ。この程度で疲れたりするもんですか」


「頼りになる」


ある程度、矢に余裕が出来た森人は寄り掛かっていた木の幹から離れ、立ち上がる。作り出した矢を弓筒に入れる。邪魔そうに森人が長い髪を掻き上げた隙間から、うなじが見えた。


「ん?」


「なに、どうしたの?」


「ちょっと動かないでくれ」


「え、ちょっと!」


森人の手触りの良い滑らかな髪を掻き分ける。慌てたように声を上げた、森人の制止を無視して、ガン見だ。


「なぁ、この呪詛の石って紫色だっけか?」


「え?」


森人のうなじには前に見た、人に寄生し、脈動するような禍々しい石は、存在しなかった。心臓のように鼓動する事をやめ、まるで、己の役割を忘れたかのよう。その呪詛の石は脈動をしておらず、紫色の光を朧気に放っている。


「発信元はこれか」


これで納得がいった、面倒な事をしてくれる。ちっと、不機嫌さを隠そうともせず、舌打ちが口から漏れた。


「発信元?」


「怪物供の好む魔力の波をこれが放ってんだ。どうやら迷宮は、お前ら森人を殺したくて殺したくて堪らないらしい」


屍供が、引き寄せられていたのはこれが原因。ただ単に、寄生先の宿主の生命力を奪うだけでは飽き足らず、その力を変換し、周囲に屍が好む魔力をばら撒く。魔力のない俺は、屍の好む魔力なんか感じられないが、似たような迷宮の罠を知っている。これは、性悪な装置だ。


「なんで、そんな」


「さぁな。お前らの先祖が誰かに恨みを売ったんじゃね?」


これは、面倒くさい事になりそうだ。あまり、時間をかけて寄り道をしている場合ではない。この呪詛の石が、森人の里全域を覆っているならば、事態は急を要する。


「急ぐぞ、走れるか?」


「もう少し休めない?」


「んな事してたら、屍の群れが引き寄せられてくるぞ。休憩時間は、もう終わりだ」


この休息も、目の前の森人に疲労の影が見えたから、戦闘の合間に無理やり作り出したんだ。これ以上は、休めん。


「うぇぇ……」


「ほら、さっさと立ち上がれ。里までの道は分かるか?」


「当たり前よ」


音なく先を走る森人の後を追う。少しの休息で、大分体力を取り戻したようで、軽やかに足場の悪い森の中を走る姿は、まさに狩人。どこをどう進めばいいか、走る足に迷いはない。長草に隠された獣道を進み、川を飛び越え、崖を下る。


「ついてこれてる?」


「中堅冒険者を舐めんな」


とは言ったものの、追いつくだけで精一杯。森の中を走るというのは、只人の俺からすれば、走り難い事この上ない。木々の根や、不安定な足場。目の前の森人は、俺に気遣って走りやすい進路を選んではいるが、只人にとっては、悪環境である事に変わりない。


「もう少しあげても平気かしら?」


「少しだけならな!」


しかし、この森人の身体能力には驚かされる。俊足の指輪や、護符アミュレットを身に付け、身体能力を増加させている俺よりも足が早い。種族的特徴だといえば話は簡単だが、怪物を相手にし魂の格を上げてきた俺とは違い、目の前の森人はそれほど、怪物を倒してきたようには見えない。


「なぁ、お前は、怪物退治をどのぐらいの頻度でしてるんだ?」


「迷宮が出来るまでは、それ程してこなかったわ。精々、月に2、3度狩りに付き合ってたくらい」


「ふむ。そうでもないんだな」


なのに日々、怪物退治をしてきた俺の身体能力を速さだけとはいえ、超えている。森人が特別なのか、目の前の森人が特別なのか。後で聞いてみるか。


「ちゃんとついてきてね!少しでも逸れたら、惑わしの精霊に連れてかれるから!」


「そいつは勘弁」


こんな樹海の中で、道に迷ったら間違いなく餓死する。


「おい、目の前は川だぞ」


「大丈夫!【風精シルフ風精シルフ、軽やかな舞を見せとくれ!】」


優しい風が俺らの体に纏わり付く。目の前の大川に向かって走る森人は、躊躇する俺を尻目に川に飛び込んだ。


「すっげぇな、森人」


「これくらいお遊びの範疇よ」


軽やかな足取りで、木の葉が舞うように大川の上を跳んでいく。俺も森人の後に続き、意を決して大川目掛け走る。足を一歩進ませれば、そこはもう水の上。人が足を水につければ、沈むのは自然の理。それを捻じ曲げ、俺の体は水の中に沈む事はなく、柔らかな地面を踏む感触が、足の裏から伝わってきた。これは、奇跡の具現化か。


「魔術か」


「その通り!」


身体能力も高く、狩りの才能も悪くない。それに加えて、魔術を行使できるときた。なんだ、この才能の塊みたいな奴は。羨ましいとは思わないが、少なからず嫉妬はするぞ。冒険者になれば、生きていればだが、確実に一流冒険者になれる才能はある。


「どんだけの才能が……」


「なに?」


「いや、凄いなって」


水切り石のように大川の上を跳んでいき、対岸に無事着地。背後から遅れて、屍供の姿が見えた。


「お前、あいつらに気づいてたのか?」


ウロウロと大川の前を歩き回り、忌まわしそうに対岸にいる俺たちを見る屍供。俺も、気付いてはいたがその数は、俺の予想を超えていた。その中には隠密活動に長けた隠密アサルトハウンドの姿がある。


「えぇ、勿論」


「数もか?」


「森人は、耳がいいからね」


そんで、索敵もできるときた。なんだ、こいつ。天は一物しか与えないんじゃなかったのか。こいつは、女神の寵愛を賜れてるとしか思えない。


「ただ、まだ追ってきてるのがいるわね」


「あぁ、呪悪霊バンシーだな。声が聞こえる」


「全く、面倒くさいわね」


耳に触る金切り音。怨みや辛みの篭ったその声は、もはや理解不能。言葉の形を成していない。屍の群れの後方から、呪詛を撒き散らしながら追ってくる存在がいた。それは、あの森で出会った忌まわしい存在と同種の生物。


「どうする?倒す?」


「いや、やめよう。前の奴らは対岸に置き去りにしたが、こっち側にも屍供はいるはずだ」


「じゃあ、このまま里に直行でいい?」


「あぁ」


「わかったわ。行きましょう!」


背後から、大川の上を飛び越え、俺たちを追いにくる呪悪霊。呪悪霊は浮遊している為に、撒くのは非常に難しい。


「でも、どうすんだ?呪悪霊は、お前の発信源がある限り、何処までも追ってくるぞ」


「大丈夫!里周辺には、精霊の加護があるから邪悪な眷属達は、近寄れないわ」


「なら、安心」


「それに、然程遠くはないから……」


森人の顔は蒼白で、白い肌の上を汗が流れている。しかし、その表情は絶望してはいない。逃げきれれば、俺たちの勝ちだ。


「オオオオォォォォォォンッ!!」


「っ!?」


「いたっ!」


地面から這い上がるようにして、白い腕が伸びる。骨の腕が、森人の足を掴もうとし、俺はすんでの所で、森人の背を蹴り飛ばす。森人が呪悪霊に捕まるのは防げたが、呪悪霊はもう片方の腕で、俺の足を掴んだ。


「くそっ!」


「ライッ!?」


「来るな!前向いて走れ!」


足を掴まれた俺に森人が悲鳴をあげる。足を止め、振り替えろうとしたのを制止させる。呪悪霊は、ふわりと、俺の足を掴んだまま宙に浮く。


「はな、せっ!」


「オオォォォォォォッ!?!?」


逆さまの状態で雑嚢の中から小瓶を取り出し、呪悪霊の顔面に投げつける。炎で肉が焼かれる音がし、呪悪霊の口から奇声が放たられ、顔から煙が上がった。


「ぐっ!?」


掴まれていた腕が離され、地面に落下。痛みを気合いで堪えて、


「大丈夫!?」


「平気だ……っ」


聖水をくらった呪悪霊は、顔を手で覆い断末魔を上げている。その高い金切り声は、ひどく不愉快だ。


出現リポップとか、運がない……っ!」


森人が横で歯噛みをしていた。ゴースト系の怪物は、屍とは違い怨念や憎悪から生まれる為、場所を選ばない。膨大なエネルギーがあれば、その身を実体化させる条件は整ってしまう。


「行け!」


雑嚢から、丸い玉を取り出して、地面に叩きつける。煩わしい金属音を鳴り響かせたかと思うと、白い煙が上がり、辺りを包む。


「森人!里までは、どのくらいだ!」


「まだ、少しかかる!」


「なら、走れ!こいつらを相手にしてたら、屍供が集まってくるぞ!」


呪悪のが出現する地という事は、死体や怨念が数多くあるという事だ。一体一体を相手にしていたら、囲まれる。


「オオオオオォォォォォォォンッ!!」


「ちっ、追ってきてやがる」


白い煙の中から、黒い影が飛び出してくる。視界妨害道具も、この森人の呪いがある限り無意味か。


「危険だけど、近道行く!」


「危険って、どんくらいだ!」


「運が悪かったら、死ぬ!」


「よし、そこに行け!」


死ぬがなんだ。そんくらいで二の足を踏んでいたら、冒険者なんてしていない。それに、死ぬ危険がある場所なら、願ったり叶ったりだ。


「わかった、こっちよ!」


背後から迫りくる呪悪霊に向かって、投げ刀を投げ撃つ。銀の刀身は、額に突き刺さったものの、致命傷に至る傷にはならない。不愉快げに舌打ちをしながら、先導する森人の後を追う。


「あそこよ!」


「洞窟か」


暗い闇への入り口が、ぽっかりと大口を開け俺たちを待ち構える。風の流れでなる音が、地獄の悪魔の声のように、擦れながら聴こえてくる。


「早く!」


一足先に洞窟内に入った森人が中で、手招きしている。


「先に行って!」


どうやら、森人は何かをしでかそうとしているらしい。森人の切羽詰まった声を背に、俺は闇の中へと足を入れた。


「【悪戯妖精やっちゃって!】」


すると、洞窟の入り口付近が淡く赤色に光る。洞窟の奥から、幾多もの蒼い線が伸び、赤色の光に交わる。森人は何が起こるかを見届ける前に、俺の方へ走って来た。嫌な予感がした俺は、急旋回し森人の方へ走り出す。


「伏せろ!」


森人に飛び込むようにして、森人を庇うように地面に倒して上を取る。次いで、爆音と衝撃。巨大な振動が、骨の髄まで響き、爆音が鼓膜を震わす。密閉された空間の洞窟内に、暴風が吹き荒れる。砂や石が舞い散らし、鎧の上を打ちつけた。


「……大丈夫?」


「見ての通りだ」


振動が鳴り止み、洞窟の入り口を見てみると瓦礫に遮られ、外には出られそうにない。


「まさか、洞窟を崩すとは」


「これなら、あいつらも来れないでしょ?」


「まったく無茶をする……」


肺から一息吐かれたこの息は、溜息か安堵か。自分でもよく分からない。


「ありがとうね。守ってくれて」


「依頼主に死なれたら、依頼失敗なんでな。だから、守ったまでだ」


はにかんだ森人の笑みに居心地が悪く、上から退く。


「貴方のこと、少し分かったような気がする」


「何言ってんだ……」


手ごろな石を拾い上げ、雑嚢から取り出した黄色い液体の入った瓶を振りかける。すると、その石は輝きを放ち、光り始めた。


「で、どうすんだ?俺たちは、閉じ込められた訳だが」


「大丈夫よ。この洞窟から森人の里に繋がっているから」


森人は顔についた泥を雑に掌で拭う。仕草が全て、森人らしくない。雑というか、大雑把というか。


「行きましょう」


森人の里に着く前に、この惨事。一体この依頼は、どうなるのやら。無事に終われればそれでいいが。今だけ、信じてもいない神に頼りたくなった俺であった。






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