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英雄になれない人々へ  作者: 割り箸
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依頼スタート



朝日が登り始め、夜の闇が取り払われる頃。微かに東の方には、青空が見え始める。人々の声で賑やかだった街も、今この時は静まりかえり、街の住人たちは、悪戯妖精に攫われたかのようにも思えてしまう。


「さむっ」


息を吐くたび、白い吐息が凍てつく風にさらわれ、空気に紛れていき、見えなくなる。防具の隙間から入る冷たい空気に、体を震わせ、外套をグイッと引っ張り首元まで、ちゃんと覆う。


「早く、春こい」


寒さを軽減させようとするが、いかんせん、冬は終わったばかり。まだ早朝の時間帯は少し、いや、かなり肌寒い。山の麓ら辺では、まだ雪の精が遊んでいる事だろう。


「おはよぉ……」


待ち合わせに良く使われるこの街名物の噴水の近くで待つ事、計十数分。待ち人は、フラフラしながら、俺の元までやってきた。


「眠そうだな、おい」


「こんな早い朝だもの……ふぁ」


森人は、未だ眠たそうに細めた目を擦り、眠気を感じさせる言葉には覇気がない。綺麗な髪も、あちらこちらが悪戯に跳ねていて、まるで、寝起きの子供だ。森人という、美貌に関しては、他の追随を許さない種族なのに勿体ない。心なしか、長耳も垂れ下っているような気もする。


「起きろ。森に着いてからの道案内はお前しか出来ないんだ」


「だけどさぁ、ふぁぁ…流石に早すぎない?」


「安全に、そして早く里に着くためだ」


こいつの里付近では、夜行性の怪物が多い。今から出発し、里付近の森に着くのが、大体正午前。夜行性の怪物にとったら、真夜中だ。そりゃ、昼間に活動する怪物もいるが、戦闘が少ないに越したことはない。


「だってまだ、日も登りきってないのよ?こんな時間に起きるのは、老人くらいよ、絶対」


「主婦や仕事のある人間はとっくに起きてる」


人々の活気づく声は聞こえないが、その代わりに家から登る白い煙が、人々の営みの証。朝食を用意したり、仕事の準備をしたり。生活をする上で、やる事は沢山あるのだ。


「森人だって、ここまで早くは起きないわ」


「お前が自堕落なんだ」


本当に大丈夫かな。こいつを道案内にさせて。今更ながら、不安になってくる。


「御者を雇ってある。馬車に乗って、森人の里のある森に向かうぞ。森に着くまでには目を覚ませよ」


「は〜い。手際が良いのね」


「冒険者だからな」


道具や装備の準備を、怠って良い理由などない。冒険者なんて命懸けの職に就くものなら、尚更。怠慢が死神に鎌を振り下ろす機会を与えるのだ。


「……そういや、あのリスはどうした」


「まだ寝てるわ。あの子は気楽だから」


「絶対、人前で出すなよ。普通なら討伐対象だ」


「わかってるわよ、そんなの」


「どうだかな。森人と只人の文化は違う。怪物は問答無用で討伐対象だ」


懇切丁寧に、只人と怪物の歴史を昨日、この森人に教え込んだ。怪物の中には、知性を兼ね備える者もいるらしく、森人はそういった怪物と共生関係にあるらしく、只人が敵対関係にある事を知らなかった。その為に、ギルドで怪物である友達リスの居場所を聞いてしまっていた。万一、お友達の事が、ギルドにバレていたら、今頃一悶着あっただろう。


「こっちだ」


人通りの少ない道を二人で歩く。乗り合い場所まで行くと、雇っていた御者の馬車に近付き、乗り込もうとする。


「どうしたの?」


「いや何でもない」


止まっていた足を動かし、馬車に乗り込む。大丈夫な筈。……多分。


「お願いします」


御者である老爺に行き先を告げる。老爺は手綱を巧みに操ると、馬が一鳴きし、馬車が動き始めた。ガラガラと音を立てて、馬車が揺れる。尻から伝わってくる振動に合わせて、小刻みに身体が揺れる。市門を潜り抜けると、ちらほらと人の姿が見え始める。農具片手に、農作業をしている小作人だ。朝早くから、ご苦労様。


「あれは何をしているの?あれじゃあ、食べれなくなっちゃわない?」


麦畑の上で、畝を横歩きで踏み潰している人を指差し、首を傾げる森人。ここいらでは、なんら珍しい事のない見慣れた景色だ。


「麦踏みだ。小麦を丈夫に育てる為に、やる作業」


「へぇ。麦って、ああやって育てられてるんだ」


「森人に畑はないのか?」


「森人は、あんな作業はしないのよ。畑はあるけど、精霊とかに任せれば、作物は勝手に育つし」


只人は、進化していく過程で、物を生み出し、作り替えていく知恵を身につけた代わりに、神秘の存在から離れていったという。森人が、神秘と密接に関わる種族なら、只人はその対局に位置する。森人にとって、目の前の光景は奇妙に思えるのだろう。


「勝手に育つって、農家の人は羨みそうだな」


「でも、精霊は気紛れだし、魔力を対価に求めるから、大変なのよ。大喰らいな子は、魔力をものすんごく、食べるし」


なるほど、一概にどっちが良いとは言えない訳だ。


「魔力がない俺からしたら、実感が湧かないな」


「え、魔力ないの?」


「魔道具を使えない程だ。魔力が少ないんじゃなくて、魔力がない」


「それ、本当?」


「本当だ」


「不便じゃない?」


「何もこの世の全てに、魔力が関わっている訳じゃない。魔法や魔道具で出来ない事を、他の道具で補うだけだ」


「そんなものなの?」


「そんなもんだ」


魔力がないから、魔法は使えないし魔道具も使えない。ないものをどれだけ願い、叶えようとしても世の中には、出来ない事の方が多いんだ。力があれば、知恵があれば、なんて、乞食が過ぎる。魔法とて、万能でない事を俺は知っている。


「でも、その腰のは魔道具よね?」


「あぁ。だから、充電チャージをお前に頼みたい」


「そのくらい、別に良いけど……」


腰帯で鞘に挟んでいた魔法の投げナイフを外して、森人に渡す。森人は、鞘から刃を抜き出すと、抜き身の刃がキラリと怪しく光る。


「ちゃちゃっと、充電チャージしちゃうわ」


「頼む」


魔力がない俺は、魔力を感じ取る事ができない為、森人が、刃を前にして目を閉じている危ない奴にしか見えない。


「はい、終わり。これで良い?」


「あぁ、ありが……」


手を伸ばし、その細腕で兜に触れようとしてきた森人の手を払い除ける。


「ちょっと。魔力があるか確かめようとしただけじゃない」


「……悪戯されたら困るからな」


「む……」


森人の眉間にはしわが寄り、はたき落とされた腕を、また伸ばし触れようとする。そして、それを俺は、また、はたき落とした。暫く行われる小さな、下らない攻防戦。


「少しくらいいいじゃない」


「いやだ」


兜の隙間から、森人の綺麗な瞳と視線が合う。暫く睨み合っていたが、森人は何をしても無駄だと思ったのか、拗ねたように外を眺め始めた。


「顔くらい見せても良くない?」


「森人に比べたら、そんなに誇れる顔じゃないんで」


「だとしても、私は依頼主なのよ?顔くらい、いいじゃない」


「盗賊を倒したりするからな。顔が割れたら、復讐対象になる」


まぁ、盗賊なんかする奴らにロクな人間はいないので、討伐対象になった奴らは全員、皆殺しだ。復讐される心配は低い筈だ。


「それずっと被ってるの?」


「あぁ」


一人の時以外はな。


「冒険者歴は、どのくらいなの?」


「かれこれ五年になるな」


「魂の格も、それ程低い訳じゃないでしょ?」


魂の格というのは、位階とも呼ばれ、主に怪物退治をする人間の強さを指し示すレベルだ。怪物を倒すと、魂の格は上がっていき、人間は超人に近づいていく。神様が怪物に対抗できるよう、人間の為に作った世界の法だとか、なんとか。


「まぁ、仮にも三等位の冒険者なんで」


冒険者は、七から一までの等級で区切られていてギルドの規定を満たした者には等級が、一上がっていく。分かりやすく言えば、七が新米だとすると、一は英雄だ。俺は、第三等級。平たく言えば、中堅だな。噂では、零という謎の等級もあるらしい。


「そうそう、不意を突かれないでしょ」


「まぁな」


魂の格が上昇した時の特徴としては、筋力、防御力が上がったり、足が早くなったり。例に挙げると、中堅からは鈍で素人の操る剣なら、薄皮一枚、切られる程度だ。


「それ、大変じゃないの。生活にも影響するでしょ」


「前も言われたが、兜は予防みたいなもんだ。万が一、不意を突かれた時の」


格上の怪物と出会すかもしれないし、不意を突かれるかもしれない。予防線を張っておけば、そういった確率も減る。


「顔を売るのが、冒険者でしょ?」


「顔なんざ、売らなくても仕事はある」


やれ、遺跡の怪物。やれ、街を襲う怪物。怪物という存在は、話題に事欠かない。奴らは、空、地上、地下、至る所に存在している。奴らがこの世にいる限り、冒険者の仕事がなくなる事は、永久にないのだろう。魔王とやらは、この世界にとんでもない害獣を残したのだ。


「それにだな、うぉっ!?」


「きゃっ!?」


石か何かを踏みつけたのか、ガタンと馬車が大きく揺れ、ふわりと身体が浮いた。森人は、前のめりに倒れると、俺にもたれかかるようにして倒れ込んだ。


「っ」


至近距離で目が合う。睫毛の長さまでくっきりと見え、花の柔らかな匂いがした。腕の中に埋まる森人の身体は、体重など感じさせないほど軽く、細い。


「ご、ごめ」


「……ぅ」


森人のその口から謝罪の言葉が出る前に、肩を押して遠ざける。兜の上から、口元を押さえて吐き気を堪える。


「ど、どうしたの?」


「…何でも、ない」


「何でもなくはないでしょ。そんなに気持ち悪そうな呼吸して。……もしかして、酔ってた?」


「………」


「おかしいな、とは思ってたのよ。受付さんから話を聞いたけど、口数は多くないって聞いてとのに、結構喋るから」


その通りだ。俺は、昨日会ったばかりの人間とこんなに会話をする事は出来ない。共通の話題もないし、別の種族、さらには異性ときている。話を膨らます?無理に決まっている。


「いつから、酔ってたの?」


「……馬車に乗って、市門を抜けてから」


「そこから!?」


「……乗り物には、弱いんだ」


ひたすら喋り気を逸らそうとしたが、無駄だった。色々な条件を重ねた結果、この様だ。


「で、兜は?」


「取りたくない……」


「はぁ……意地でも嫌なのね。なら少し横になってなさい。精霊にお願いして、少しマシにさせてあげるから」


「ありがとう……」


「こんなんで、大丈夫かしら……?」


お互いに不安しかない依頼。そんな俺たちを、嘲笑うかのように遠くの空で、鳥が鳴く声が聞こえた。





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