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英雄になれない人々へ  作者: 割り箸
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悩みの種



森人の依頼人はこう言った。呪いを解いて欲しいと。その首に呪われた石と、里の呪いという呪縛をその身に宿して。自尊心プライドが高いと言われる森人が、この只人である俺に懇願してきた事に、驚きを隠せない反面、厄介事が向こうから来たと、俺はいま頭を抱えている。


「呪い、ねぇ……」


かなり前の事になるが、俺は似たような件を解決した事がある。あの森人の依頼人は、稀に里にくる行商人からその話を聞き、里の者の制止を振り切り、この只人の街にまでやってきたという。


「別物過ぎるな」


俺が以前解決したのと、呪いという共通項はあるが、今回は、全く違う。俺が以前、解決したのは、怪物による呪い。しかし、今回のは迷宮による呪いだという。


「迷宮が、里の側に突然出来て、森人を呪う呪詛を撒き始めた?なんて冗談だ」


迷宮とは、魔力や人間の感情、人々の魂など、何かしらの莫大な力が留まり続けると、それが形を変えて、この世と違う幻想の異空間を繋ぎ止めてしまい、この世に現れる異空間地帯。


「呪いか」


それも、迷宮を作り上げるほどの強い憎しみ。只人の行商人が呪いを受けず、森人だけを狙った強力な呪詛。遥か昔に森人の誰かが、それなりの魂の格を持つ誰かに恨まれる事でもしたのか。呪いの対象が、里全体ともなると、蓄えられた呪詛も凄いだろう。


「調べても出てこんぞ」


さらっと流し読みしていた分厚い本を閉じ、椅子に寄りかかる。ここは、ギルドが有する書庫。紙の匂いと、埃っぽさ。本が劣化しないよう日に当たらないよう工夫された室内は、少し薄暗い。しかし、俺はこの静かさと穏やかな時間は嫌いではない。唯一、俺が怪物退治から離れる事が出来る空間だ。


「あらかた調べたんだが……」


怪物に関する生態調査の結果や、その怪物が分布する歴史。かつてこの世にいた英雄達について纏められた本が、沢山ある。当然、本は貴重なので、使用料も馬鹿みたいに高い。また、出費が嵩む。


「あの森人の住む里付近で、死亡した中でそれなりの格を持つ人間なんかいないぞ?」


遥か昔の、それこそ神話の頃にまで、遡ればいるかもしれないが、そんな昔の魂が流石に今世まで残っているとは、考えにくい。


「一体、何を考えているんだか」


森人も里長に聞いてみたそうだが、里長は里の存続の危機だというのに口を閉ざして、一向に話す気配がないらしい。


「まぁ、政云々は、そっちでよろしくしてもらって…」


俺は、依頼の事だけを考えよう。


「呪詛の迷宮となると、聖属性の武器がいるな」


大体の森人が、迷宮に近寄る前に、迷宮の放つ呪詛のせいで、失神してしまい、内部調査は深層まで至れてはないと聞いた。が、森人の精鋭が貴重な護符を身につけた状態で調査した所、迷宮内は、霊系の非実体怪物が、ウヨウヨしていたらしい。


「霊系ってのはずるい」


非実体系統の怪物に、基本的に物理は通用しない。向こうの攻撃は、通用するんだがな。唯一、通用する生者の攻撃手段は、魔力を用いた魔法だが、生憎、俺に魔力は存在しない。そうすると手段は限られてくる訳で。


鋼銀ミスリルは高いしなぁ」


神官職の人に清められた武器か、聖なる魔力を宿している鋼銀ミスリル製の武器。鋼銀製の武器は買えなくはないが、これ以上、消費すると俺の財布がやばい。なんでこんなにも、短期間で高価なものだけが、集中的に消費されていくんだ。鋼銀の武器を折られたのも、つい最近だぞ。


「教会で禊いで貰うか?」


教会の禊なら、まだ武器を買うより安い。しかし、それだと、生粋の聖属性武器に比べて、耐久性は落ちるし、何より時間もかかる。


「どうすっかねぇ」


「あら、ライさん。珍しいですね、図書館にいるなんて」


大量の本を前に、頭を悩ませていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。背後を振り返ると、重たそうな古い本を抱えた、受付嬢さんがいた。


「ん?あぁ、受付嬢さんか。そっちも調べ物か?」


ギルドとは、荒くれ者の冒険者を相手にする他、怪物達の生態調査など、その仕事内容は多岐に渡り、激務だ。しかし、目の前の女性は、そんな事を感じさせず、いつも通りの営業笑顔を浮かべている。


「えぇ、呪悪霊発生のせいで仕事が増えまして」


「あー、お疲れ様」


「ほんと、疲れますよ。先日の魔力濃度の異常に加えて、呪悪霊の出現。調べ事が多すぎて、睡眠時間も削られちゃってますもん」


「えっ、と、頑張れ?」


「そりゃあ、頑張りますよ。それが仕事ですし、私たちの頑張りで貴方方の生還率が上がりますしね」


「毎度助かる」


ほんっと、頭が上がりません。


「そちらは、森人の依頼に関してですか?」


「あぁ。少し遠出になるからな。怪物の分布と対応手段を練ってた。……んだけど、今回は迷宮だからなぁ」


森人の里付近に住む怪物の対抗手段は、ある程度揃えられる。だが、問題の迷宮探索装備が、揃えられない。


「迷宮ですか」


「怪物退治と違って、やる事が多くてな。安請負した事を、いま後悔している」


断るのは簡単。だが、呪われた身で、呪悪霊に襲われても、めげずに俺の元まで来たのだと思うと、無碍にも出来ん。それに、俺の目的の為に、森人の里と関係を結べる機会を、むざむざ他人に譲りたいとは思わない。


「迷宮探索って、大丈夫なんですか?ライさんは怪物退治専門ですよね」


「さぁな。まぁ、なるようになる」


要は、環境次第だ。どう転ぶかは、誰にも分からない。


「大丈夫なんですか、それ……」


「死ぬつもりはない」


椅子から立ち上がり、棚に本を戻す。名残惜しいが、歓談を楽しむ資格は俺にはない。俺は、冒険者なのだから。


「何処か行くんですか?」


「武具屋さん所に行ってくる。調べ物、頑張ってくれ」


「はぁい。頑張りまーす」


「敏腕受付嬢がそんな態度で良いのか」


「緩められる時に緩くならないと、パンクしちゃうので。ライさんも、気をつけないと駄目ですよ」


「はいはい。じゃあな」


手を振る受付嬢さんの姿が扉の先に消えていき、軋みながら古い扉が、書庫を閉ざした。


「はぁ……どうすりゃいいんだか」


悩みの種が増えて、尽きない。次々に目を出して、刈り取りさせてはくれそうにない。


「使える手と、使えない手」


自分の出来ることは、出来ない事よりも少ない。他人の手を借りれば、何とかなるかもしれないが、なるべく借りたくはない。


「まぁ、何とかしよう」


取り敢えず、今日は道具を揃えないとな。


「武具屋の爺さんがいればいいけど」


ギルドから出ると、昨日と変わらない快晴。俺の暗雲立ち込める心も、いつかこの空と同じく、晴れる日はくるのだろうか。いつもと変わらず、賑やかな大通りを歩く。この辺、ギルドへと続く通りのせいか、冒険に役立つ店が多い。道具屋しかり、武具屋しかり。


「爺さんはいるかな」


俺の馴染みの店も、この通りにある。一振りの剣が彫られた扉を開け、中に入る。綺麗に飾られた装備の数々。そんな煌びやかな装飾をされた装備を無視し、俺は奥の部屋に向かう。暖簾の先には、先程とは違い、無骨な武具が所狭しと、山積みに置かれていた。


「爺さん、いるかー?」


「いい加減、名前で呼ばんかい。小僧」


「爺さんだって、名前で呼んでくれねーじゃん」


さらに奥から出てきたのは、小さな体躯の割に鍛え上げられた筋肉に、豊かな髭を生やした、一見すれば、老爺と見紛う人物が出てきた。その手には、槌が握られている。


「儂はいいんだ」


この店の店主である爺さんは、鉱人ドワーフ。金属弄りに関しては、多種族の追随を許さない。


「自分勝手な爺さんだ」


髭をいじっている爺さんは何処となく、不機嫌そうだ。


「で、用はなんだ。装備の修繕に来たわけじゃないだろ」


「なんだって、そんな不機嫌なんかねぇ」


爺さんが機嫌悪いと、面倒なんだけど。


「鋼銀製の武器が欲しい。出来れば、短刀」


「………はぁっ」


「なんで、溜息吐いてんだ、ジジイ」


客の注文だぞ。迷惑そうにすんなよ。


「溜息も吐くわい。小僧、また人助けか?」


「今回のは成り行きだ。厄介事が向こうから来た」


「そんな事じゃ、早死にするぞ。他者を気にする前に、自分を気にしろ。……兜もまだ取れねーのか」


「口煩い爺さんだ。俺は、お前の孫じゃない」


この兜を、取れるわけないだろうが。


「大事な資金源だからな。死んでしまえば、金が搾り取れないだろう」


なんて、欲に塗れた爺さんだ。


「待ってろ。今、持ってくる」


「よろしく。金は、ギルドの口座に請求してくれ」


爺さんの性格は、捻くれてはいるが、その腕はこの街でも一、二を争う。爺さん自ら作り上げた武器は、王家にも納められた事のある性能の良い武器だ。


「ほらよ。鋼銀製の短刀だ。鞘はおまけにつけといてやる」


「サンキュー、爺さん。で、こっちは?まさか、二振りとも鋼銀とは言わないよな。流石に買えないんだが」


ごとりと置かれたのは、二振りの武器。使い慣れた短刀とは違い、もう片方は、短刀に比べると小さく、刃渡りも短い。


「前々から言ってた、魔法の投げナイフだ。鋼銀製の武器と二つセットで売ってやる」


「マジで?サンキュー」


なんたる幸運。厄介な依頼に行く前に、望んでいた武器が手に入るとは。これで、俺の戦力も大幅に上がる。


「魔力は充電式で、回数制限もある。だが、性能は悪くない筈だ。魔力の充電は、誰かにやって貰え」


「わかった。丁度、今回の依頼人は、森人だからな。そいつに頼む」


「森人か。なら魔力に関しての心配はいらないな」


新たに手に入れた武器二つを装着し、満足そうに頷く。


「よし、完了」


「小僧、無茶と無謀だけはやめろよ。冒険は出来る奴がするもんだ。お前には、まだ早い」


「何だよ、爺さん。俺が、冒険する人間に見えるとでも?」


「冒険ってのは、するんじゃない。いつの間にか、しているんだ。んで、小僧みたいな奴から死んでいく」


「死なねーよ。無理だったら、何が何でも逃げる」


「どうだかな。小僧は爪が甘い。頭も悪いから、馬鹿な選択肢をしちまう筈だ。大体な……」


「あーあー、何も聞こえませーん。じゃっ、俺用事があるんで、また後で!」


何って、説教くさい爺さんだ。俺は兜の上から、耳を塞ぐようにして、武具屋から逃げ出した。さて、次は、道具屋だな。目当ての道具があれば、良いけど。




















「馬鹿野郎が」


そんな一人の爺さんの呟きは、虚空に飲まれて消えた。

武器屋は定番通り、ヒゲモジャジジイの方が浪漫ない?

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