森人の依頼人
バトロワしていたら、少し遅くなりました
全ての生物には住む場所がある。只人が平原に住むように。森人が樹海に住むように。鉱人が、大山に住むように。獣人が、氷地に住むように。全ての生物には、住む場所が決まっている。
「はぁっ!」
かつては、鉱人により、銀が掘られていた場所も、月日が経てば取れなくなり、さらに月日を積み重ねると、人の入らぬ廃鉱と化す。秩序の光が当たっていた場所も、放置されれば、闇に取り込まれる。
「死ねっ」
「ガァ…ッ…!?」
銀が採掘され経済の一助を担っていた場所も、人がいなければ怪物供の住処になる。その例がこの廃鉱。光が当たらぬ所に、闇の住人は潜むものであり、今となっては、この廃鉱は怪物供の寝床だ。
「ギャァッ!!」
「ふっ!!」
無機質な岩に、犬の頭を叩きつける。紫色の液体が放射状に広がり、脳漿が岩壁に張り付いた。
「次ぃっ!」
振り向きざまに、短刀を引き抜き、襲いかかってきた仔狼の頭部に突き刺す。眉間を銀色の刃が貫き、脳にまで届く。生命の糸を切られた仔狼は、そのまま地に伏した。
「ふぅ……」
兜に手をやり、一息つく。これでこの巣の仔狼は、皆殺しした。
「まさか、眠らない個体がいるとは」
昨日使ったのと同じ眠りの瓶を、この巣に入る前に使ったのだが、何匹か眠らず、戦闘になってしまった。この眠りの瓶は、仔狼より格上の角狼すらも眠らせたのだが。道具屋に、劣化品を買わされたか?
「珍しいな」
そもそも仔狼が、この廃鉱にいるのも不思議だ。基本的に、怪物は食事を必要とする。怪物も動物ではないが、生き物だ。中には、石や葉などの特殊な食事で生きられるものもいるが、普通は食べねば、生きていけない。
「廃鉱に仔狼は初めてだ」
いつもは、岩喰いとか岩虫とかなんだが。廃鉱に、食事を必要とする仔狼が住むのは珍しい。それにどいつもこいつも、骨が見えるほど貧相な体つきだ。痩せぎすと言ってもいい。
「あの森から追い出されたか?」
仔狼の生息地は、この廃鉱からはあまり離れていない。多分あの、呪悪霊から逃げてきたのだろう。これは本当にあの呪悪霊を討伐しなければならないな。生態系が変わってしまう。
「聖属性の武器調達するか……?」
生憎、俺の持つ武具に霊系の怪物に効く武具はない。前に使っていたのは、悪霊と屍人討伐の時に、呪詛を受けすぎて、呪いの武器になってしまった。鉱人に頼んで、鋳潰したが。
「んー……」
鉱人の鍛治師に頼んで付与をしたいが、素材もなければ金もない。最悪、聖水を武器にぶっかけて、擬似聖武器を作るしかないか。でも、聖水も高いんだよなぁ。
「……いいや、呪悪霊は殺してやりたいが、目先の問題の方が大事」
呪悪霊が俺にまで回ってくるならば、俺が殺そう。まぁ、大方、俺に来るまでに他の奴にギルドが回すだろうけど。
「ここの依頼はこれで終わりか」
これで仔狼退治は、無事終了。小鬼退治もしたし、残っている、魔水退治に向かうとしよう。
「やっと、見つけたぁっ!」
「ん?げっ」
廃鉱の中に響く感情の籠りに篭った高い声。背後を振り返ると、あの森人が指を指していた。肩にはあのバカリスがいる。起きるのが、早くないか。もう、この眠り道具を使うの、やめようかな。
「貴方、動きすぎ!?探すのに手間どったじゃない!」
一房に纏めてある長い髪を揺らしながら、森人は、ツカツカと俺に近づいてくる。
「知らんわ。何でここがわかった?」
「私は狩人よ。獲物を追いかけるくらい訳ないわ」
俺は獲物かよ。逃げようにも、唯一の通路は、森人が仁王立ちして塞がれている。後ろは岩壁で、ここは一本通路。逃げるのは、不可能か。
「で、なんだ。仕返しに来たのか?なら、土下座するから許してください」
「土下座?」
目の前の森人は、首を傾げている。森人には、土下座の文化はないんだっけか。なら、身をもって教えてやろう。
「すんませんでした」
流れる動作で、手と膝を地面につけ、頭を垂れる。岩肌がひんやりしていて、防具の隙間から入る冷気が、とても冷たい。これが、只人の生み出した、土下座という文化だ。頭を下げることにより、謝意を相手に伝える行為。ただ、怪物の死骸がある中で、土下座をするのは狂人みがあるな。
「何してるの?」
「武力行使した事に対しての謝罪の意を、体で表現している」
誠意をもって、謝れば許してくれる筈だ。例え、武力行使した相手だろうと。
「……血と肉の上に頭つけるの気持ち悪くないの?」
「正直、吐きそう」
だが、仕方ないと割り切る。
「はぁっ……いいわ。そんなのしなくて」
「……怒ってないのか?」
「色々言おうと思ってたけど、気持ちが削がれちゃった。……あぁでも、ギルドで眠らせられたのは、腹が立つわね」
「あのままだと、話が拗れるかと思った」
「まぁ、怒って臨戦態勢になった私にも非はあるけど、もう少しやりようはなかった?」
「俺、会話、上手くない」
てっきり、勝手に触った事とか、リスを殺しかけた事とか、色々怒られるかと思ったんだが。目の前の森人からは、呆れは感じるが、怒りは感じない。
「そのリスの事で、色々言われるかと思ったんだが」
「この子の事は、この子が自分が悪いって言ってたから。話を聞くに、この子が勝手に、毒餌を食べたんでしょ?」
「あ、あぁ。まぁ、そうだな」
こいつ、怪物の言葉が分かるのか?
「あの件に関しては、そんなのも分からないで、勝手に頭に血を昇らせた私の方が謝るべきだわ。ごめんなさいね」
「……そのリスの言葉が分かるのか?」
「えぇ。何を言ってるのか感覚的にね」
凄いな、森人。そんな、能力まであるのか。
「便利だな」
「それなりにはね」
困ったような笑みを浮かべて、肩のリスを掌に乗せる森人。
「とは言っても、この子の言葉しか分からないけど」
「それは……」
リスの魔法によるものか。それとも、目の前の森人が持つ特有の力か。
「不思議よね。何でこの子の言葉が分かるのか、私にも分からないし」
「そんなのを、俺に話していいのか?」
その能力は限定的ではあるものの、解明することができれば、大きな戦力になる。それこそ、帝国のように軍事技術の向上を目指している国からすれば、喉から手が出るほど欲しい力だろう。
「あら、【無上】と呼ばれる冒険者さんが、依頼人が困る事を、周囲に言いふらすの?」
「その二つ名はやめろ。恥ずかしい」
俺の感覚がおかしいのか、周りがおかしいのか。冒険者には、その功績に応じて、二つ名と呼ばれる名称が、ギルドから与えられる事がある。大抵の二つ名持ちは、冒険者等級の五等ある中の二等から、持つ人が増える。俺はやりたい事をやっていたら、いつの間にか周囲がそう言うようになった。
「それにそれは、非公式の二つ名だ。周りが勝手に呼んでるだけ。それより、依頼人ってなんだ」
「私が貴女に指名依頼を出すからよ。無上の冒険者さん」
「だから、その呼び方やめろ」
「だって、私貴方の名前知らないもの」
くそ、めんどくさい。
「……俺の名前は、ライだ。今度からそう呼べ、森人」
「森人って、種族名じゃない。私にもちゃんと、名前があるのよ」
「俺は、人の名前を覚えるのが苦手なんだ。教えられても、明日には忘れてる」
「なによ、それ。冒険者としてやっていけてるの?」
「お前に心配されなくても、いままでやってこれた」
依頼人と冒険者の関係なんか、一度限り。名前を覚えずとも、依頼さえこなせば、依頼人は満足する。
「で、指名依頼の内容は?受けるかどうかは、内容次第だ」
俺の手に負えないような依頼なら、断るがな。
「それもそうね。一先ず、これを見て頂戴」
そう言って、目の前の森人は俺に背を見せ、長い髪をどけ、うなじを見せる。
「それ、なんだ?」
森人のうなじには、ありえない物が埋まっていた。
「里の呪いを解いて下さい」
そこには、脈動する黒い石が埋まっていた。
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