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英雄になれない人々へ  作者: 割り箸
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最悪な交流




そして次の日。


「今日は、何をするか」


一眠りし、風呂に入り、道具を補充し、十分に休息を取ったあと、俺はギルドに向かっていた。昨日の依頼は、朝一に教会に目当ての物を届けた為、無事完遂。教会の人に依頼完遂用の印をもらい、後はギルドにこれを渡せば、依頼は完了。


「チチ」


「だから、顔を出すな」


ギルドに着いたら速攻、このリスをあの森人に返そう。怪物と同じ部屋で寝るとか、考えただけで寒気がする。


「ねみ」


睡魔が未だ抜けきらず、欠伸が出る。兜をしているので、周囲の目を気にする必要がない。


「今日は、近い場所でするか」


近場とは言っても、昨日行ったような近場の森ではなく、行くとしたら駆け出しが行かない洞穴か廃坑にしよう。受注するのは、直ぐ終わらせることが出来る依頼。そして帰ってきたら直ぐに寝るのだ。冒険者は、切り替えが一番大事。


「なんか、ギルドが騒がしいな」


「チチチ」


怪物退治をする輩が集まるような組織だ。騒がしいのはいつものことだが、なんだか今日は一段と騒がしさに拍車がかかっているような気がする。


「なんだ?」


ギルドの中は、珍しくざわめいていた。騒がしいのではない。戸惑って皆が困っているかのように、普段に比べて静かだ。酔っ払いもこれから依頼を受けに行く奴も、皆が皆同じ方向を見ている。


「だから、私の友達を返して」


「そうは言われましても……」


そこには、二人の女がいた。和やかとは程遠い、何やらただならぬ雰囲気。森人にえらい剣幕で喋りかけられ、あの受付嬢さんが気圧されている。


「なぁ、あの森人どうしたんだ?」


ギルドに併設された酒場で朝からビールジョッキを片手に持っている冒険者に話しかける。


「あ、ライ。何でも目を覚ましたら友達が側から居なくなってたんだとよ」


あー……。


「チチ」


顔を出そうとしたリスを、思いっきり雑嚢の中に押し込んだ。森人はお呼びだが、俺たちはお呼びではない。リスよ出てくるな、ここはお前の敵だらけだ。


「でも、森で倒れてたのを救われたんだから感謝するべきだよな。森に足を踏み込んだなら、何だって自己責任だ」


「だな」


真っ白な肌を、怒りの赤に染めて、受付嬢の胸を今にも掴みかかりそうだ。


「友達と言われましても……」


「確かにいた筈よ。まだあの子の残り香が残っている」


森人は俺たち只人ヒュームに比べて、聴覚、嗅覚に優れている。このリスの残り香を、様々な匂いが入り混ったこのギルドの中から嗅ぎとれるとは、羨ましい限りだ。


「取り敢えず、いつまでもあれだと仕事が出来ない。俺が行く」


「お、おう?珍しいな、ライが自分から関わりに行くなんて」


「人をコミュ障みたいに言うな」


だが、この酔っ払いが言う通り、俺が他人に自ら関わりに行くのはあまりない事だ。だけど、あの森人が用があるのは俺。話しかけなければ、進まない。


「あー、ちょっといいか」


胃の中身がグルグルしているような気すらする。口を開けば、朝食べた物の中身が逆流してしまいそうだ。


「なに?私は今、大事な話をしているんだけれ……」


「うぉっ!?」


受付嬢さんから標的を俺に変えた森人は、腕を伸ばし掴みかかってきた。あー、吐きそう。


「あの子の匂いがする。あの子はどこっ!」


「どうどう、落ち着け。一回、冷静になろうか。森人さん」


俺も今、怪物を雑嚢に入れているという事実に震えてるけど、必死に冷静さを取り繕っているからさ。


「君のお友達の場所は、俺が知ってる。ただここじゃまずいから、ついてきて欲しい」


「……わかった」


「そう警戒せんども、生きてるよ」


さっさと終わらせて、冒険行こう。そして、気分を入れ替えるんだ。


「受付さん。どっか部屋、空いてる?」


「は、はい。ギルドの談話室が空いてます」


「じゃあ、そこ借りる」


なるべく、人の目がないところの方がいい。雑嚢から、所々修繕跡のある花の刺繍の入った布袋を取り出し、中から銀貨を一枚。


「ついてこい」


これ以上、喋りたくない。手短にぶっきらぼうにそう告げると、森人の腕を離して前を歩く。


「……あの子は無事?」


「無事だよ、傷一つつけてないしついてない」


「本当?」


「信じたくなければ、信じなくていい。どちらでも俺には関係ない事だし」


俺はこのリスを返して、怪物退治に行く。


「ほら、中入れ」


「……わかった」


扉を締めて中に入る。談話室内は、高価な調度品が下品とは感じさせない程度に飾られていた。あの翼竜の頭は、いつ見ても生きてるようにしか見えない。


「んで、お友達だったな」


「早く」


「そう慌てんなって。お前のお友達はこの中にいるから。ほら、出てこい」


雑嚢を外から軽く叩く。反応はない。


「どうしたの?」


「いや」


雑嚢を叩く。反応はない。


「早くして」


「………」


あの周囲に興味を持って、顔を出しまくっていたリスが、飼い主が前にいるというのに顔を出さない。何故?


「ちょっと待ってくれ」


「逃がさないわよ」


確認しようと外に出ようにも、森人が俺の腕を掴んで離さない。


「早く友達を返して」


「いやあんたの友達この中にいるんだが、出てこない……」


「はぁ〜?」


「おっかしいな。あんだけ出てきてたのに……」


中を確認すると、リスは寝ていた。


「………」



白目を向いて。



(ふざけんなよぉっ!?怪物モンスター!?)


人の目に映らないよう雑嚢に押し込んでいたのが、悪かったのか。でも人の荷物の中身を勝手に食うとか、どんな躾されてきたんだ、てめぇ。


「どうしたの?」


俺は兜をしていた事に、感謝した。今、俺の顔は汗を滝のように流し、目は泳いでいる事だろう。口内の水分が急速に蒸発していく気すらする。兜をしていてよかった。


「あの子の匂いがそこからする。そこにいるのは確かみたいね」


このリス、毒を込めた撒き餌を食いやがった。やけに静かだと思ったが、こいつ毒餌を食って気絶してたのか。


「ほら、早く返して」


どうする、どうする、どうする?まずい、まずい、まずい。


「えっと……」


「何、返せない事情でもあるの?」


「返せない事情があるというか、できたというか」


「沸きらない返事ね。見せなさい」


「あっ…ッスー……」


雑嚢に手をやり、森人はグイッと引っ張った。そして、中身を見て肩を震わせ始める。


「っ!?」


「……これ、どういう事?」


「し、死んではない筈だ」


それは巣に持ち帰らせるために、わざと弱い毒にしてある餌だ。あのリスが小さいから、気絶してしまっただくで、死んではない……筈。


「何で、気絶してるの?毒の匂いもするし」


「誤って毒のある餌を口にしただけだ。大丈夫、死にはしない!」


「何で毒物のある鞄の中に入れたの。殺す気?」


「殺意はない。神に誓う!無宗教だけど!」


悪魔だ、悪魔がいる。短刀に手をかけ、臨戦態勢。だがここで、戦うのはまずい。部屋を借りたのが、裏目に出た。しかし、どうする。向こうは、怒りに殺気を放っている。少しのきっかけがあれば、俺の首を取りに来る。


「あなたねぇ……っ」


どうする。この場を穏便に収める方法は何かないか。張り詰めた空気が、二人の間に流れる。こうなったら、手段は一つ。


「すまんっ!!」


武力行使だ!


このまま話を続けても、平行線が続くだけ。ならば、少し強引にでも冷静になってもらう。というか、俺あんまり会話が上手くないんだよ!これ以上、初対面の激怒した人間とどう話すればいいか、分からない!


「っ、あなた、やっぱり!?」


短刀を抜く素振りを見せると、森人は雑嚢を手にしたまま跳躍し、長机の上に着地。ふわりと浮いた雑嚢の端を掴み、手繰り寄せる。近接ならば、只人の俺の方が有利だ。森人の細い腕が、指輪をつけて能力を上昇させている俺に叶う筈はない。


「くっ!?」


雑嚢から中身が飛び出て、宙に舞う。森人は飛び込むようにして、リスを大事そうに腕に抱え込んだ。俺は、その中から、目当てのものを掴み、森人に投げつける。


「なに、をっ……」


丸い球が森人の顔にぶつかり、弾け、粉が森人に降りかかる。粉を浴びた森人は、カクンと膝から崩れ落ちるようにして床に片膝をついた。短い攻防戦だが、俺は無事勝利した。


「悪い、少し寝ててくれ」


目覚めたばかりで申し訳ないが、また夢の世界へ行ってくれ。


「く、そ……」


憤怒の形相をしていた森人は、その言葉を最後に穏やか寝息を立て始める。


「ふぅ…なんとかなったな」


さて、森人が起きる前にこの場を元に戻さないと。散らばった道具を拾いあげる。そして、盗み食いをして場をややこしくしたバカリスに、解毒薬を無理やり飲ませた。森人を柔らかい長椅子ソファーの上にそっと起き、バカリスを膝の上に乗せる。


「さて、眠っている内に……」


いそいそと、盗っ人のように俺はこっそりと談話室から出る。そして、逃げるように依頼を受け、俺は街を出たのだった。





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