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英雄になれない人々へ  作者: 割り箸
3/9

ギルドにて





医者でも神官でもない俺に、眠っている森人の容体を把握する事は出来ないので、任務の報告がてら取り敢えずギルドの医務室に向かう事にした。宿から女を、それもその美貌で有名な森人を連れ出してきた俺を、街の住人たちの好奇の視線が突き刺さる。


「はぁ、何で俺がこんな事を」


森人は目を覚ます気配がない。死んではいないが、精神に傷を負わされたか。


「呪悪霊が何であそこに」


あの森に曰くはない。何処にでもある怪物と動物の住む森だ。大量に人が死に、呪いの集まるような場所ではない。あの呪悪霊が出現する原因はないのだ。


「まぁいいや。これは専門家に任せよう」


戦うしか脳のない俺が考えても、原因を突き止めることはできない。それより今は、この森人だ。


「訴えられたりしねーよなぁ」


森人は手を触れさせただけでも、激昂するという。現在、見ず知らずの人間に背負われているわけだが、仕方がないと思って諦めて欲しい。


「チチチッ」


「あーはいはい。お前は隠れてろ。間違っても顔は出すな」


「チチ」


雑嚢の中から顔を覗かせたリスに、顔を出さないよう注意する。見た目はリスと言えど、怪物は怪物。俺ら冒険者からすれば、真っ先に狩る対象だ。


「大丈夫だって。お前の飼い主には、回復の護符を持たせてある。微力だが、体力は回復する筈だ」


帰還の宝珠に、体力の護符。今日だけで高価な道具を、消費しすぎた。体力の護符は金さえ払えば、補充できるが、帰還の宝珠は仕入れてあるかなぁ。考えるだけで胃が痛くなる。


「チチッ」


俺の言葉を聞いて安心したのか、リスは雑嚢の中に入り込んだ。


「あー、胃が痛い……」


森の異変、呪悪霊。この森人に知性ある怪物。ギルドに報告する量を考えたら、気分が沈んできた。


「今日、怪物退治にいけっかなぁ」


近場の狩場は駆け出し用だ。俺みたいな中堅が出張ったら、駆け出し冒険者の金稼ぎをする機会を奪ってしまう。


「最悪」


少し遠出をするか、壁外の農場警備でもするか。農場警備は、楽だが怪物はあまり狩れない。そうなると少し遠出をするか。


「やっと着いた」


目の前に聳え立つ大きな建物。ここは、ギルド。ギルドは、冒険者を管理する為の組織だ。冒険者を歓迎するかのように開かれた大きな扉から中に入る。ロビーに入ると、真っ昼間から酒を飲んでいる冒険者の姿が目に入る。


「おっ、どうした、ライ。えらい別嬪さん背負ってんなぁ。もしかしてこれか?」


片手に酒瓶を持ち下卑た笑みを浮かべながら、近づいてくる髭もじゃの冒険者。こいつ、既に出来上がってやがる。


「んな訳あるか。森で拾った。神官様か医者はいるか?」


「いるいる。医者さんはどっか行ってるが、神官様は医務室にいんぞ」


「あんがと。飲むのは大概にしろよ」


「がははっ!善処しよう!」


その後も絡んでくる冒険者(いずれも森人目当て)を適当にあしらいながら、医務室へと向かう。


「すんませーん。怪我人?持ってきましたー」


扉を開けて中に入る。ツンとした薬品の匂いが鼻腔を通り抜けていき、顔を顰める。


「はいは〜い、どうしました〜?」


間の抜ける伸びた柔らかな声が棚の後ろから聞こえ、神官服を着た眼鏡の少女の顔がひょっこりと出てきた。栗色の髪に、焦げ茶の瞳。こじんまりとした小さな体が愛嬌を感じさせる。少女と言ったが、これでも立派な女性であり、本人曰く、成人しているらしい。見た目は子供にしか見えないが、それは種族のせいだという。ちなみに既婚者。


「怪我人?を連れてきました。外傷はないと思うんですが、多分、呪悪霊に精神をやられたんで、治療をお願いします」


「はぁ〜、森人さんですか〜。ここでは珍しいですね〜」


真っ白なベッドの上に森人をおろすと、興味深そうに目を輝かせる神官様。耳を触ったり、顔の髪をどけてやったり、やりたい放題だな。起きて怒られても知らないぞ。


「この美人さんを何処で見つけたんですか〜?」


「森の中で倒れてました」


「はぁ〜、森ですか〜」


「治療費は俺が立て替えますから、治療をお願いしていいですか?」


「はいは〜い。じゃあ、早速やりましょうかね〜」


「俺はこれから依頼クエストに行くので、後はよろしくお願いします」


「もう、お昼過ぎですよ〜?」


「今日だけで、結構な出費でしたから金を稼がないといけないんですよ。ま、よろしくお願いします」


扉を閉め、薬品の匂いが充満した医務室を後にする。森人は、神官さんに任せれば良いだろう。問題はこいつだ。


「チチ」


「どうすっかなぁ……」


この怪物リスは本気でどうするか。宿に置いてこうとしたらめちゃくちゃ暴れるし、かと言って飼い主の側に居たいわけでもないらしい。


「…ついてくるのは、別に構いやしないが絶対に雑嚢から出るなよ」


「チチ」


本音を言うなら、今すぐにでもこいつを投げ捨てたい。けど、あの森人に恨まれたくもない。鳥肌が治らないが、我慢するしかない。ギルドのロビーに戻り、受付へ向かう。


「あら、ライさん。あの森人の方は?」


慣れ親しんだ受付嬢さんの元へ向かうと、いつものように愛らしさのある営業笑顔を浮かべ、俺を迎えた。


「見てたのか」


「えぇ。貴方が他人を連れてるなんて物珍しくて。もしかして仲間パーティ?」


「んな訳あるか。朝いなかったのは知ってるだろう。任務先の森で見つけたんだ。ほら、報告書」


「森で、ですか?それまたなんで」


「こっちが聞きたい」


背嚢から紙と石を取り出して、受付の上に置く。報告書を受け取った受付嬢さんは、巻かれていた報告書を広げると、書かれた字を瞳で追う。


「異常はなし、ですか」


「あぁ、魔力濃度に異変はなかった。その代わり、見慣れない怪物モンスターがいた」


「見慣れない怪物ですか?」


呪悪霊バンシーがいた。いつからあそこは怨霊の溜まり場になったんだ?見た感じ、かなりの憎悪が集まらなければ出現しないぞ、あれ程の怪物は」


「それ本当ですか?」


驚きか疑いか、俺の報告に眉を顰める受付嬢。俺だってあの怪物があそこにいる事が、自分の目で見てなきゃ嘘だと一蹴したいくらいだ。


「本当だ。貴重な帰還の宝珠を二つも使わされた。今日だけで大損だ」


帰還の宝珠は、多少の条件はあるが、どんな場所からも帰還できる魔法の道具だ。その希少性は語るまでもなく、値は当然張るし、数も少ない。補充しようとして補充出来る道具ではない。一応、馴染みの道具屋に後で行くが。


「それはまた……大赤字ですね」


「まったくだ」


あの呪悪霊、後で殺す。


「はい、報告内容は確認しました。呪悪霊についての事は、ギルドの方で事実確認します。存在が確認されましたら、報酬をお渡しします」


「助かる。金が入りようになったからな」


「では、調査任務の報酬をお渡ししますね」


ずしりと銀貨の詰まった麻袋が受付の上へとおかれる。


「金はいつも通りギルドの金庫に預けてくれ。これから依頼クエストに行くんでな」


「今からですか。たまにはゆっくりしたらどうです?」


「働くのは良い事だ。神様もそう言ってる」


信仰はしてないがな。


「そうですけど……」


「それより、依頼を紹介してくれ。なるべく近場が良い。日が変わる前に依頼ができるような」


暗視の道具がないわけではないが、明るいうちに依頼ができる方がいい。


「はぁ…なら、ここら辺ですね」


ゴソゴソと受付嬢さんが棚を漁ると、数枚の依頼用紙を差し出した。


「思ったのですが、街にいる時くらい兜を外したらどうですか?」


「面倒。別に不便はそんなにない」


「そんなにってあるじゃないですか」


「飯を食う時くらいだ」


兜は、なるべく取りたくないんだ。


「んー……」


受付嬢の提案してきた中から、道具と自分の力量、採算が取れるかどうかを頭の中で相談し合う。


「これにする」


「分かりました。受注手続きをしてくるので、少々お待ちください」


そう言うと、受付嬢は奥の部屋へと消えていった。


「はぁ……」


今日の出費を何日で取り戻すことが出来るか。……考えるだけで頭が痛い。


「なんだかなぁ」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




夜の帳が降り、あれ程青かった空が赤く染まったかと思うと、黒に覆い尽くされ、星が瞬く時間帯。血と臓物の匂いに満ちた洞穴の中を俺は歩いていた。あまり、長いはしたくないな。


「チチ」


「我慢しろ。冒険者はこの匂いに慣れなきゃやってらんねーよ」


暗視の錠薬を予め飲んでいた為、色までは分からないがこの洞穴内の形状を把握は出来る。


「チチチ」


「この中から出んなよ」


雑嚢から顔を覗かせるリスの頭を叩き、注意する。ここはもう怪物の住処。何があるかは分からない。ゴツゴツとした岩の壁がどこまでも続いていく。右手には短刀。左手には蓋を開けた瓶を握りしめている。瓶からは白い煙が上がって、足元に充満していた。


「この煙は吸うなよ」


「チチ」


兜の下では口に布を当て、煙を吸わないように工夫している。


「…見つけた」


行き止まりの手前で止まると、身を屈ませる。洞穴の奥では、複数の角の生えた狼のような生物が寝ていた。様々な生物の白骨が散らばる、そのさらに奥には目当ての物が。短刀を、力強く握りしめる。


「怪物退治だ」


音を立てない限り、こいつらが目を覚ます事はないだろう。依頼内容は、ある物を持って帰るだけだが、怪物を無視する理由にはならない。


「あいつか」


怪物供の寝床の手前から、群れの立場を把握する。角の生えた狼の中でも、一回り大きな狼がこの群の長だろう。音を立てないように近づき、そして喉に短刀を突き刺した。


「……ァ……ッ」


狼の喉元を肉をえぐり取るほど握りしめ、声を出させやしない。血泡が短刀を突き刺した喉元から噴水のように吹き出す。簡単な事だ。魔法の道具を使って、眠っている内に殺せばいい。効かなければ、別の手を使うだけだ。序列順に殺せば、こういった群れは脆い。


「……待っててくれ」


寒かったろう。悲しかったろう。辛かったろう。だがそれももう少しの辛抱だ。あと少し、あと少しだけ待っててくれ。


「殺す」


首を締めて、突き刺す。首を締めて、突き刺す。首を締めて突き刺す。首を締めて………







話しが長くなってしまうのは何故だ

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