プロローグ
【英雄になりたい】
もう数年も前の話だ。いつものように、村の橋の上で、英雄譚に憧れていた友達に付き合って、チャンバラ遊びをしていた時、突然そいつはそう言った。
【英雄になれないかな】
俺は疲れ果て、木橋の上で大の字になり空を見上げていたのを覚えている。やけに澄んだ青い青い綺麗な空。村近くの湖よりも、青く澄んでいた空。そんな空を背景に凛々しく立っていたそいつの姿は、まるで一枚の絵のように様になっていた。
【英雄になれるかな】
なれるよ。そんな確証は何処にもないけど、俺は適当にそいつの話に相槌を打った。どうせ、英雄譚に憧れて、言っているに過ぎないと俺は思っていたからだ。いつもの癖が出たんだとしか、その時の俺はそう思ってしかいなかった。
【じゃあなるよ】
なれなれ。英雄になりたいなら、なってくれ。そう話を聞き流し、真面目に聞かなかったあの頃の俺を殴れるなら、撲殺してやりたい。
【だから、きみも手伝って】
その日からだ。地獄が始まったのは。まず、攻撃力を上げる為に、素振りをずっとやらされた。酷い時は日が昇る前から落ちる時まで。気が狂ってると思う。さらに、防御力を上げる特訓と言い張っては、組み手で投げ飛ばされ、回避を鍛える為、と言っては、あいつが仕掛けた丸太が森のあちこちから飛んできた。持久力もないとね、って奴はそう言って、半ば意識を失いつつある俺を引きずっていた事もある。やっぱり、頭の中が沸いてると思う。
【準備は完璧だね】
そんな俺らも、数年経つ頃にはそれなりに戦えるようにはなっていた。村付近の小鬼の巣を二人で壊滅させたのを機に、少ないお金と地図。安っぽい装備を身に纏って街を目指した。だけど、村を出てすぐに道に迷った時は、2人で笑ったっけな。
【この二人なら何処にでも行ける】
そんな自信満々にこれから訪れるであろう輝かしい未来に、そいつは目をキラキラさせていた。俺も口では、皮肉ばっか言っていたが何だかんだこいつに付き合っていた日々が楽しかった。
死にかけた日もあったし、2人で大金を手にして大笑いした日もあった。大喧嘩して暫く口を聞かない日もあった。辛くない日がなかった訳ではない。だけど、確かにあの日々は楽しくて楽しくて仕方がなかった。
覚えている、喜んだ日を。
覚えている、怒った日を。
覚えている、哀しかった日を。
覚えている、楽しかった日を。
俺だけは、覚えていた筈なんだ。
周りの誰もが知らない俺たちだけの、非日常な日常を。
覚えていた、筈なんだ。
なのに
俺は、あいつの声が思い出せない。