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ラッキーアイテム

作者: ロールケーキ

 俺はいつも見ている朝の情報番組の占いランキングを見ていた。

 「今日の占いランキング12位は、ごめんなさい。しし座のあなた。運気は最悪。何やってもうまくいかないかも・・・。」

 「運気は最悪・・・?そんなひどいこと言うか?」

 朝から気分が悪い。せっかく気持ちよく朝起きたのに台無しにされた。

 「そんなしし座のラッキーアイテムはこちら!」

 「うん?なんだこれは?」

 テレビで出てきたものをスマホで調べてみた。

 最近、巷で話題のアプリがある。名前は「ピッキングハート(Pekking heart)」という。そのアプリはなんでも、"気になる相手の心の中を簡単に覗くことができる"というのが売りらしい。

 「どう考えても胡散臭いな・・・。」

 俺はこういうものに関して否定的でかつ信用していない。そもそも人の心の中を勝手に覗くのはどうかと思うし、まして、こういうのに頼るのは俺は好きじゃない。

 しかし、俺の思いに反して、このアプリは瞬く間に広まっていった。仕事での人間関係・恋愛で使えるのが、魅力なため、俺の周りで使っている人が多かった。見渡す限りの人がそのアプリを使っている。さらには、テレビやSNSで有名な芸能人や人気Youtuberがこれでもかとこのアプリのことをもてはやしている。それに乗じてまた使う人が増えていく。

 ここまでくると、あのアプリに対して嫌悪感を感じてしまう。会話に出てくるたびに、嫌になるほど、ムカムカしてくる。

 「こんなの、なくなればいいのに」

 そう思っていた。

 だが、この時俺は、あのアプリによって運命が大きく左右されることになるとは知る由もなかった。

 

 俺は大学2年で心理学部に在学していて、授業内であのアプリが取り上げられていた。俺は嫌だったが、その授業が必須科目であったため、受けざるを得なかった。教授は愉しげにその話をしていたが、俺は嫌々聞いていた。

 「早く終わんねえかな・・・。」

  俺はこの退屈な時間が早く過ぎるのを待った。

 そんな中、俺は一人の女に目を向けていた。この講堂内の、どの女よりもきれいな横顔で、凛としている。くだらない授業の話より、彼女の横顔、彼女の仕草に夢中になっていた。世間一般でいう"一目惚れ"である。俺はその授業依頼、彼女のことを考えてばかりだった。ある授業の終わりに彼女を見つけ、声をかけた。彼女とは思いのほか仲良くなれた。

 彼女は黄瀬真理という名前で、同じ心理学部の2年生で親と同じ大学・同じ学部に在学している。俺の母親がこの大学の心理学部に在学しており、俺の親と彼女の親が友人で自然と打ち解けることができた。

 「その花は何?」

  彼女の胸についているコサージュに目を向けた。

 「これ?マリーゴールドだよ。」

 彼女は嬉しそうに答えた。

 「これはね、私が子供の時にお母さんが作ってくれた大切なものなの。」

 そう答えた時、彼女は下を向いていた。

 気になってしまい、俺は、

 「どうしたの?」

 と言ったら、先ほどは一変して表情を変え、

 「ううん、なんでもない。」

 と物悲しそうに重く言った。その悲しそうな表情から、俺は彼女の触れてはいけない領域に知らず知らずに踏み込んでしまったのではないかと、後悔していた。それでも俺は、

 「お母さん、何かあったの?」

 と聞いた。

 「実はね・・・。」

 彼女はそっと重い口を開いて話してくれた。

 彼女は9歳の頃にトラックと交通事故に遭っていた。事故で生還したのが、彼女だけで、一緒に乗っていた両親・弟がその事故で亡くなった。その後は、母親の親戚に預けられたが、その親戚とうまくいかずに住む場所を転々としていた。当然、友達は少なく、引っ込み思案というのも相まって、学校ではいじめの標的になっていたこともあった。この大学進むきっかけもその経験があったからと話してくれた。

 「ごめんな、つらいこと思い出させてしまって・・・。」

 「ううん、気にしないで。過去は過去のことだし・・・。」

 俺は自分のしたことの罪の意識に苛まれていた。つらい過去を思い出すのは、とても苦しいことである。自分自身も彼女と同じようなを経験していた。彼女の話を聞くたびにあの時の俺がフラッシュバックして胸が苦しくなった。そんな俺を見て

 「大丈夫?具合悪いの?」

 彼女が心配したので、慌てて

 「いや、大丈夫だから・・・。心配しないで。」

 俺は咄嗟に取り繕った。これ以上彼女を心配させるのはダメだと思い、今日のところはお開きにした。

 

 その日の夜、俺は彼女とLINEでやり取りをした後、今日のことを振り返っていた。何度振り返っても、凛とした彼女のあの悲しげな表情が忘れられなかった。あんなことを聞いてしまったことへの後悔と彼女を悲しませてしまった罪悪感で俺の胸の中は支配されていた。他のことを考えてもこの胸の鉛が消えることは全くなかった。むしろ砂時計の砂が落ちるように重くのしかかってくる。

 そんな時、ふとあのアプリのことを思い出した。"気になる相手の心の中を簡単に覗くことができるアプリ"まるで悪魔のささやきのような響きだ。

 「ダメだ、ダメだ!」

 邪念を振り払おうとするとかえって、あのささやきが大きくなっていき、ささやきが自分を支配しようとしてくる。やめようと思ったが、俺が気が付いた時には、自分のスマホにあのアプリのアイコンが存在していた。誘惑に負けてしまった。だが、そこには今まで抱いていた、嫌悪感は、もはやなかった。あの時、自分がバカにしていた奴と同じになっていた。そんなものを俺は押し殺して、アプリを使うことにした。

 簡単にアプリの使い方を説明するとこうだ。

 ・まず、心の中を覗きたい人を選択する。この時対象になるのはスマホの連絡帳やLINEなどのSNSで登録されている人のみ。

 ・次に覗ける範囲を設定する。初期段階では感情までしかわからない。覗ける範囲は課金で拡大できる。

 ・そして覗いた結果は、一定時間経過した後に通知が来る。この時間も課金で短縮することができる。

 使い方をざっと見たが、ここまで来ると、このアプリを作った人に対して、恐怖すら抱いてくる。普通に考えてたかがアプリで相手の心やを好き勝手に覗けるなんてありえない話である。しかしそれは今、俺のスマホのアプリで目の前に存在している。一瞬ゾッとしたが、そんなものを置き去りにして、俺は説明書を目で追っていた。読み進めていくと、気になる文言があった。

 ・このアプリで覗いたことは絶対に他言してはならない。

 他の文言は普通に書いているがこの文言だけは、大きく書かれれているが、その他のところは何も書かれていなかった。なぜ、この箇所だけ大きく書かれているのが、カリギュラ効果(禁止されるほどやってみたくなる心理現象のこと)のように頭に語り掛けてくるように思えた。

 俺は必至に頭から振り払い、あのアプリを使った。そして、結果が出た。

 「黄瀬真理さん:感情・安堵」

 アプリの結果を見て、このアプリの効力に恐れ慄いた。見事に言い当てているのである。あくまでLINEでのやり取りに限られる話ではあるが、安堵のような文言を話していたからだ。それから、俺はこのアプリを使い続け、彼女とどんどん親密になっていた。彼女のことをもっと深く知るために課金までした。アプリのおかげで、相手の感情・思考を簡単に見れるので対策は手に取るようにわかっていた。彼女も俺の好きなものを把握していたので、会話も弾む。デートでは相手が好む服装。そして相手の性格、口癖、思考など完全に把握していた。そして何より、彼女といるのが一番楽しい。

ある時は

 「今日どこ行く?」

 「あそこ行かない?星哉が言ってたあそこ行こう。」

 「マジ!?俺も行きたいと思ってたから行こう!」

と、お互いに心を通わせ、またある時は

 「今日なに食べたい?」

 「じゃあ、星哉が食べたい!って言ってたもの行こうよ。」

 「いいね!それにしよう」

と、真理と意気投合する機会がたくさん増えた。端から見れば、ラブラブなカップル、そのものとしか見えない。ここまで来ると、嫌悪感があったあのアプリに畏敬の念すら感じるようになってくる。夢のようだ。そんな時間が続いてほしい、そう思っていた。


 ある日のデートのこと、俺は真理にあのことを聞いてみた。

 「あのさ、」

 「うん?どうしたの?」

 「これ、知ってる?」

 あのアプリのアイコンを指さす。すると、一瞬ハッとした顔をしたが、すぐに取り繕い

 「あっ、これ?大学の講義で上がってたやつだよね。」

 と言った。

 俺はあの表情を見て、自分の中の疑惑が確信に変わりつつあった。これまでのデートを振り返ってみる。アプリで"相手が好む服装"・相手の"性格"・"思考"を見ることができる。俺はあのアプリのおかげで、これらを把握することができている。しかし、真理もデートでの行動やデートに着てきた服装・俺との会話、はじき出される結論は、

 "俺が好む服装"・"俺の口癖"・"俺が持つ思考"を完璧に把握していた

 ということである。これらを把握することができる方法は一つしかない。あのアプリを使って俺の心を覗いたことしか考えられない。そして、そこから導き出される答えは、

 俺のことが好き。

 これだ。これしかない。俺は密かに高鳴る胸を必死に抑えながら、彼女のことを考えていた。すると、真理が

 「あのさ、さっきそのアプリのこと聞いてきたよね?もしかして使ってる?」

 俺は意表を突かれた。あまりにも突然だったため、頭が真っ白だった。咄嗟に取り繕って

 「い、いや、使っていない。俺は使っていない。」

 俺は完全に取り乱してしまった。これではまるで自分から、はい使ってます、と自白するようなものだ。

 「そうなんだね・・・。」

 真理はポツリと言った。誰から見てもわかるような落ち込みというより、落胆といった方がふさわしく思えた。そして、真理の瞳から一粒、雫が零れ落ちた。俺はたった今、一人の女を悲しませてしまった。俺の中で段々と彼女と自分が見える景色の彩りがなくなっていく感触に襲われた。何か重罪を犯した犯罪者のような気分だった。ここから今すぐに逃げ出したい。あの時、なぜあのアプリを使ってしまったのか、なぜ、悪魔のささやきに乗ったのか、そして、なぜ心を覗いてしまったのか、俺の頭の中でグルグルと罪とか後悔とかそんなものでは言い表せないほどの何かが、黒く渦巻いていた。そんな中、真理は苦しみ悶えていてる俺に、

 「あのね。」

 俺にまったく聞こえなかったのか、さっきより少し大きな声で、

 「あのね、私も使ったの。あのアプリ・・・。」

 もう一度聞いた。

 「えっ?今なんて言ったんだ?」

 「私もあのアプリを使ってあなたのこと、あなたの心の中を覗いたの!」

 俺は耳を疑った。

 「なんで、使ったんだ?」

 俺は声を絞りだした。すると真理は恥ずかしがりながら、こう言った。

 「だって、あなたのことが好きだから・・・。」

 そう言って、また雫をこぼした。俺は思わず、真理を抱きしめてしまった。何か見えない力が働いた気がした。これ以上真理の口からこれ以上悲しい言葉は聞きたくなかった。真理も俺と同様にあのアプリを使ったことに罪悪感を感じていたのだろう。

 「ごめんね。本当はすぐに言いたかった。でも怖かった・・・。」

 「私もごめんね。もっと早く言えばよかった・・・。」

 お互いの罪悪感と後悔と好きな気持ちをお互いに抱きしめあった。なんだかわからないけど、温かい感触がした気がする。そして、俺は決心した。

 「ねえ、真理。」

 「何?」

 「俺のこと今でも好き?」

 「うん・・・、好きだよ。」

 三度泣かせてしまった。でも今度は悲しみではなく、喜びの方だった。その後、真理とうまくいき、近々結婚する予定だ。最初はとんでもないものだと決め付けていたが、今となってはあのアプリは俺の最強のラッキーアイテムになった。

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