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鍼使いとドラゴンの子  作者: 琵琶まるお
一章 鍼使い
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「はっ!!」


再び目を開けた時、そこは地面だった。

軽く30秒ほどかかってようやく自分が地面に横たわっている事を理解した。

「あ…え…?」

周りには住宅も道もない。

もちろん人も車もない。

ただ巨大な樹々が鬱蒼と茂っていた。

その樹々は10メートルくらいの大きさのがほとんどで、つややかな緑色をした葉が枝に無数についており、ゆるやかな風が吹くと心地よい葉擦れの音を出した。


「音が聞こえる…。ここは…森?」


(うち)の近くに林とか森とかはなかったはずだ。

はずじゃない。間違いなく森だとか林なんてない。

魔法陣?に突っ込んだのかぶつかったのかわからないが、あれが夢でもなんでもなければここは……

どこよ?

え?俺死んだ?天国?

天国にしては森すぎるだろ…森すぎって意味わかんないけど。

どっか地方?外国?どうやっていったんだっつーの。

…え?じゃあ異世界?

いやいやいや、そんなのあるはずない。

アニメやゲームじゃあるまいし。

きっと前の職場の時みたいに気を失ったんだろう。

いやいやいやまてまてまて、気を失って森にどうやってきたのさ???

拉致?誘拐?

こんなおっさん誘拐する奴いねーだろうよ。

…いやもうわけわかんない。

…車はどこだ?車に乗ってたけど降りた記憶はない。

黒い壁みたいなのにぶつかったような気もするけど衝撃なかったよな。

俺は怪我もしてないようだし…。

………。

だめだ、考えていてもらちが明かない。

とりあえず身体はちゃんと動くようだし、移動するか。

この森みたいなところからでてみないことにはここが日本なのかもわからんし。

人に会って聞かないとな。



泰雅は最初、少し歩けば誰かに会うだろうと楽観的に考えていた。

滅多に自然と触れ合うこともないし、昔ボーイスカウトでキャンプやったことなんかを呑気に思い出したりしていた。

見知らぬ場所、しかも普段都会で生活している者、さらに30代半ばとなり体力もしっかり落ちている者にとって、それがいかに甘い考えだったかはすぐに思い知らされることになる。



まだ日は高い位置にある。

2時間くらいは歩いただろうか。

大量の汗をかき、体力はかなり消耗していた。

幸いスニーカーを履いていたからこんな森の中でもそれなりのペースで歩けたがそれが仇になった。

ただでさえ体力は落ちているのに歩きなれていない森の中なんてあっという間に体力は消耗していく。

すぐに人に会えるだろう、すぐに森からは抜けられるだろうという楽観的すぎる考えから起きた自滅行為だった。

喉もカラカラにかわいてきたし川でもないものかと水を求め歩いていた時、ある物を見つけた。

そこは森の中にぽっかりと空いた円形の原っぱ、その中央にそれはあった。


死骸だ。

かなり大きい動物、熊のように見える。

周りの木々や地面を見る限りこいつがここで暴れていたようだ。

いくつかの木々の枝は折れ、幹の部分はところどころ爪のようなものでえぐられた様に傷ついていた。

この熊と思われる動物の死骸はやたらとでかい。

背丈は3メートルはありそうで腕や胴体部分をみればその太さから生きていればさらに大きく迫力を感じることは容易に想像出来た。


しかしその死体の中身は奇妙なことに無くなっていた。

スプーンで削いだように綺麗に肉はなくなり、残っていたのは頭と皮だけ。

まるで映画にでてくるような熊の剥製のカーペットのように地面に広がっていた。


泰雅は森の中で出くわしたこの大きい死骸を前に脳をフル回転させる。


こんな冗談みたいな化け物熊がいる森なのか。

そもそもこいつはいったいなんでこんなに暴れていたのか。

爪を研ぐためにしてはあまりにも広範囲すぎる。

360度、ぐるーっと全ての木々の枝や幹が傷ついている。

単純に考えるなら「なにかと戦った」ということだ。


問題は相手が「なにか」ということだ。

野生動物?それとも人間?

野生動物なら獲物を捕食するため、戦い、殺すことは当たり前のことだ。

しかしこの死骸は普通の熊じゃない。とにかくでかい。

こんな化け物熊を殺すとなると同じくらい大きい動物か、相当数の多い群れじゃないと難しいだろう。


さらに不可解なのがこいつの状態だ。

頭と毛皮のみ残っている。


普通の野生動物が死骸を食べてもこんなキレイに”中身”がなくなることはない。

中身がキレイすぎる、あまりにもきれいさっぱりに中身が無く、毛皮だけになっている。

そして背中や腕、脚の開かれた部分は刃物で切り開かれたのではなく、食いちぎられた跡があり、やはり人間にやられたとは考えにくい。

内臓や肉を取り出すのに食いちぎるなんて普通の人間はしない。


ではなにかに殺され、そのあとに人間が中身を持って行った?

辺りに血が残っていなさすぎる。

まるで血を吸ってから中身を取り出したようだ。

そうだとしても血が飛び散った跡もないのはとても不自然だ。

そもそもこんな森の中でわざわざ作業しないだろう。

普通は持ち帰って処理したりするもんだ。



この”カーペット”の製作者は野生動物でもなければ人間でもない「何か」なのだ。



新種の肉食獣か宇宙人か。

どっちがきても嫌なんだけど。

特に俺、宇宙人グレイ大っ嫌いなんだよな…。

不気味だし。



森の中に動物の死骸があり、それを見つけたらやはり怖いと感じるだろう。

しかしカーペットのようになった死骸は森の中では違和感が強すぎる。

しかもこのカーペットは大きすぎるうえに製造過程が謎だ。

この強すぎる違和感が強い恐怖を掻き立てた。


 歩いても歩いても森からは抜けられず誰にも会うことが出来ない状況の上、広大な森の中にこんなバカでかい死骸を見つけてしまった。

その死骸をキレイに処理した(食べた?)であろう得体のしれない何かがいる。

身体からはひんやりとした汗が大量に湧き出てくる。

平和な日本という国に住んでいてこれほどの恐怖を感じたことはあるはずもなく、身体の奥底からガタガタと震えがおこり、呼吸も荒くなり心臓がバクバクと音をたてた。

心臓の音がうるさい。身体が汗で寒いくらいに冷たくなっている。


この音でカーペットの作り手が俺を見つけてしまう、襲ってくるのではないかと思った。

辺りを見回し警戒する。

時折場違いな爽やかな風が葉を揺らした。

それ以外に音はなく何かが近くにいるような、近づいてくるような気配も音もしなかった。


「ここは大丈夫・・・かな?」

大丈夫と自分に信じ込ませるように呟く。

泰雅の本能が全身に危機を知らせる。

ここは危険な場所だ。早く逃げろ。と。

助けがくるような場所でもない。

一刻も早くこの森を抜けなくてはならない。


こんなガチガチの緊張状態じゃまともに走ることすらできない。

辺りへの警戒はしつつ、自分を落ち着かせるようゆっくりと深呼吸を繰り返し、緊張で固まった筋肉を徐々にほぐしていく。


「…ここは天国じゃあなさそうだな…。とにかく早くこの森から抜け出さないと…。」


泰雅は少しでも早く森を抜けるためにさっきよりも足早に歩き始めた。


2020年1月18日 一章完結。

           登場人物紹介を少しずつ書いています。大きなネタバレはなし。

           興味があれば是非お目通しください。

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