迷い人
これは成長の物語
日は沈み、あたりは闇が支配する世界となっていた。
月がでているおかげで何も見えないということはない。
しかし広大な森と思われる場所をなんの装備もなく、どこにあるかも分からない出口を探し、さ迷っているのは精神的にも肉体的にもきついものがある。
「気づいた」ときはまだ日が真上にあったように思う。
およそ半日はさ迷っていることになる。
ここがどこかもわからない。
何故自分がこんなところにいるのかも。
人と会いたい。
誰かと話がしたい。
こんな所で死ぬわけにはいかない!
彼、藤枝泰雅の頭の中ではこの言葉がグルグルと繰り返し回っている。
郊外とはいえ人口が多い東京に住んでいるし、仕事柄しょっちゅう誰かとは話している。
人口の少ない地方に住んでいても人に会いたいなんて思うことはあまりないだろう。
しかし自分の身に危険が迫ってきている時、自分一人の力ではどうしようも出来ないような抜き差しならない状況の時、人は誰かに助けを求めるものだ。
今、彼はそういう状況に置かれていた。
もうおじさんと呼ばれる30半ばの男。
体力は年齢からしたら少しはあるかもしれない。
しかし10代の頃のような溢れるパワーはもうない。
「なにか」に襲われたら為す術もないのは明らかだ。
だからこそ誰かに会って、自分は安心できるところにいる、という心からの安心を得たいのだ。
出会えた人が力の弱い女子供であっても今の彼ならきっと安心するだろう。
今、泰雅の中にあるのは死の恐怖。
すぐ後ろには「死」をもたらす者が迫り、少しでも足を止めたならすぐに自分を飲み込み殺してしまうのではないか、そういう恐怖が脳内を支配している。
実際には彼の周りには誰もいないし、なにもいない。
しかし突然、非日常の世界に放り出されたら、恐怖を増大させるようなモノを見てしまったのなら、もはやゆっくり歩くなんてことは出来ないのだ。
初夏のような爽やかな暑さなのだが大量の汗で全身パンツまでぐっしょりと濡れている。
「誰か…。誰もいないのか…。」
「あんなもの」があったおかげで肉体的にも精神的にも疲労は一気に蓄積してしまった。
「あんなの」ネットでもみたことない。いったいあれは何なんだ…。
早くここから抜け出さないと、人に会わないと…もしかしたら…次は自分が…。
2020年1月18日 一章完結。
登場人物紹介を少しずつ書いています。大きなネタバレはなし。
興味があれば是非お目通しください。