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鍼使いとドラゴンの子  作者: 琵琶まるお
序章 ある家族の話
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ある日の森の家2

その日は寒さがいつもより厳しく空も灰色一色に染まっていた。

日の光は厚い雲で遮られているので森全体が暗い。

森での生活に慣れてきていたレオでさえ

自分が広い世界から孤立してしまったような、そんな薄気味悪さをこの日は感じていた。


昼頃にはチラチラと雪が舞うように降り始め、夜には本格的に降りそうな気配があった。

レオは午前、父クリスの仕事の手伝いをし、午後はそんな薄気味悪さを感じてしまう

自分の心の弱さを吹き飛ばすよう剣術の1人稽古に打ち込む気でいた。


レオは昼ごはんを食べ終わってすぐに木で作られた剣を片手に森に飛び出していった。

「レオ!あまり遠くまで行かないようにね!暗くなるのが早いから明るいうちに帰ってくるのよ!」

エーヴェは台所で洗い物をしながら大声で叫ぶ。

「お母さんわかってるよ!いつものところだから心配しないで!いってきまーす!」


外に出ると妹アンナと父クリスがテラスにいた。

「お兄ちゃん稽古いくの?」

「うん、行ってくるよ。アンナは勉強?」

「うん、お父さんに教えてもらってるの。」

「そっか、アンナもがんばってな!」

「レオ、気を付けていくんだぞ。この時期でも危険な動物はいるからな。」

「お父さん大丈夫だよ。周りの気配には気をつけておくから。行ってきます!」

「「いってらっしゃーい。」」


2人の言葉に背を押されレオは森の稽古場へ走っていった。



レオが出て、少し経った頃。

さすがにテラスは寒くなってきて、アンナとクリスは家の中に入ろうとした時だった。

人が訪ねてきた。


「こんにちは。」

男はガタイのいい亜人だった。

にこやかに話しかけてきたがクリスはなにか奇妙な違和感を感じた。

なんだろうかと考えたがただの気のせいかとも思い

大して気にしないことにした。

「こんにちは。こんな日にどうされました?」

クリスは挨拶を返すが男はニコニコとしているだけ。


なんだ?

なぜ返事をしないんだ?


クリスはなんだかとても居心地の悪い気持ち悪さを強く感じ始めた。


「こんにちは。」

男はまたそう言った。


クリスは自分の声が聞こえなかったのかなと思い少し大きめの声で

話してみることにした。

「こんにちは。こんな日にどうされましたか?迷われましたか?」


男はやはり返事をしなかった。


クリスは気味が悪くなり、内心男には早くどこかに行ってほしいと思った。

が、急に男は話し始めた。


「えぇ、道に迷いましてね。雪も降ってきたところ、こちらを見つけました。」

「あ、あぁ、そうでしたか。どちらへ行くつもりだったのですか?」

ただニコニコしている亜人だ。

なのになぜ鳥肌がおさまらないのか。


「…。」

まただ。

また亜人の男は黙っている。

生物的な本能なのか早くこの男をどこか遠くに行かせたい。

クリスはそう思い、大声で怒鳴ってやろうとした時だった。


「ぐえっ!!!!」

妻エーヴェの声だ。

しかしその声はいつもの綺麗な声ではなく、

痛み、苦しみが伝わってくるような短い叫びだった。


「エーヴェ!!」

クリスは振り返り玄関のドアがいつの間にか開いていたことに気づいた。


いつから開いていた?

アンナは家の中にはい…アンナ!アンナはどこだ?


短い悲鳴ともいえるような叫びの後、家からは一切物音がしなくなった。

クリスは地面に縫い付けられたかのように足を動かすことができない。

視界がグラグラと揺れ、自分の足がガクガクと震えているのに気づく。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

呼吸が荒くなる。


ふと亜人の男がいたことに気づき、再び視線を前に戻す。

が、そこにいたはずの亜人の男は姿かたちもなくなっていた。


「こんにちは。さようなら。」


生温い心底不快な声がした。

それがクリスが聞いた最後の声だった。




レオは森の稽古場から家に向かっていた。

部屋に置いてある予備の木剣も使い、二刀流の練習を

してみようと考えたのだ。


稽古場から一直線に家に向かうと家の裏側にでる。

「玄関に周るのはめんどくさいし、のぼるか。」

レオは壁に手足をひっかけ、壁を上った。

アンナの部屋の窓から家に入り

隠し扉を開けて自分の部屋に行き、予備の木剣を手に取る。


「よし、これでさらにおもしろい練習ができるぞ。」

二刀流のイメージが膨らみ楽しくてしょうがない。

急いで戻ろうと思った。

だが…。


「…あれ?」

みんなの声がしない。

母エーヴェはこの時間なら腕によりをかけて美味しい料理を作っているはずだ。

父クリスと妹アンナの楽しそうな話声もいつもなら部屋にいても聞こえるはず。

なのに誰もいないように家の中は静寂に包まれていた。


なんとはなしに気持ち悪い。

静かにドアを開け、廊下にでる。


ぐちゃ…ぐちゃ…。


生肉を叩くような音が1階から聞こえた。

いや、犬が肉を食べるような、そんな音だ。

犬?

まさか狼が家の中に?


レオは予備の木剣を構えつつ、静かに移動する。

少し進めば1階の様子が見える位置になる。

足音がたたないよう、静かに、静かに。


最初に見えたのは母の脚だ。

床に倒れている。

そしてその母に見たこともない生き物が乗っかっていた。


お母さん!!


そう叫ぼうと思った。

しかしもう一つの物を見た時、言葉を出すことを忘れてしまった。


アンナがこっちを見ていた。

床に倒れて、自分の血の海に浮かびながら。

首にはエーヴェのよりは小さいが同じ生き物が噛みついていた。



エーヴェもアンナも食われていた。



「あ…ぅ…ぁ……」

怖くて声が出せない。

人を食らう謎の生き物。

それが2匹も家にいる。

早く逃げなきゃ…。

気づかれないように静かに逃げないと…。


ズボンが温かい液体で濡れていく。

レオは自分が恐怖のあまり失禁していることにさえ気づかなかった。


ガクガクと激しく震える脚を動かそうと必死だった。

母と妹を食らう謎の生き物から目が離せなかった。

彼らが上をちらりとでも見上げればレオの姿は確認できる。

一瞬でも目を離した隙に自分が襲われたらと思うと

瞬きすらできなかった。


目からは涙があふれ、自分の意志に逆らって動こうとしない脚に諦め、

神に祈りを捧げるようになった。


神様、どうか命だけは!

命だけは助けて!!

助けてください…!!


レオはただ立ち尽くしていた。



『おい!中身は綺麗に食べるんだぞ!?レア!お前の食べ方は…』

玄関から亜人の男が入ってきた。

なにか大声で怒鳴っている。

聞いたこともない言葉。

それは間違いなく意味をもつ言葉だった。


そいつの片手にはいつも近くにいた愛する父の頭があった。



「お父さん!!!!!!」



レオは叫んだ。

叫ばずにはいられなかった。


その声に亜人の男と2匹が反応しレオを見つけた。



『おい!もう1人いたぞ!レア!殺せ!!!!』


亜人の男が強く叫んだ。

そしてアンナを食らっていた生き物が獣のように4つ足で階段を上ってきた。


レオは自分でも驚くようなスピードで部屋に入りドアを閉めた。

そしてすぐさま隠し扉からアンナの部屋に入りそこを閉め、

ドアにもカギをかけた。


そして普段上り下りし慣れている壁を一気に飛び降り、

脱兎の勢いで森の中へ逃げていった。



レアはレオの部屋のドアを開けたがレオはいなかった。

いくら探してもいない。

どうやったかは知らないが隣の部屋にいったのか?

そう考え廊下に出て隣の部屋に入ろうとした。

しかしカギを掛けられていた。


ここにいるのか。


レアはドアを破壊しようとした。

が。


『レア!!!家は壊すなって言っただろ!!』


亜人の男が怒り叫んだ。

『…はい。』

レアはドアの破壊をやめ、おとなしく1階に戻った。


『どこかにカギがあるはずだ。俺が探す。お前はこれを処理しとけ。』

亜人の男はレアを怒鳴りつけ、その後カギを探し始めた。


『…うるさいなぁ…。』

亜人の男が遠くに行って、レアは小さくそう呟いた。



結局男はカギ見つけることはできなかった。

しかし家の裏側に周ってみると窓が開いていることがわかった。


まだこの辺りに詳しくない、

そして雪が降ってきてしまったことで

男はあの少年を追いかけることを諦めた。





レオは森を抜け、夜道を街へ向かう荷馬車に乗っていた。

荷馬車の主人は森から飛び出してきた少年に驚いたが

ただ事ではないと感じ、街まで乗せたのだった。


レオは震え、そしてただ泣いた。

殺されそうになった恐怖からか、

家族を殺された悲しみからか、

命惜しさに自分だけ逃げた、

己の無力さによる悔しさからか。



ひっ…く…ひっく…。

お父さん…お母さん…アンナ…。

ごめん……。

ごめん………。



レオは泣き続けた。





その後、街や国の役人が森の家を訪ねた。

『クリス』が対応し、殺されたと聞かされていた役人たちは

とても驚いた。

しかし妻エーヴェ、娘のアンナは家にはおらず、

『クリス』は妻が娘をつれて出ていったと話した。

また息子レオはそれに怒り飛び出していったと話した。


不思議なことに『クリス』は息子レオのことを一切心配しておらず

様子などを聞こうともしなかった。


『クリス』は亜人の妻ができ、その連れ子と

一緒に暮らすようになったと嬉しそうに話した。



しばらくして森の家の近くの街道では人が襲われるという噂がたった。

ある者は亜人に襲われたと言い、

ある者は化け物に襲われたと言った。


街道を通る際は警護の者をつけるようになったが、

気味悪がってほとんどの者は遠回りをして、

その街道を通らないようになった。






登場人物紹介 https://ncode.syosetu.com/n1955fz/1/


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