ある日の森の家1
広大な森の中、ひとつの家が建てられた。
それは森の管理をする家族の家。
その家族の家長であるクリスはこの仕事に誇りを持っていた。
森の安全のための管理計画を立てたり、
路網の計画、実行、
野生動物による森林被害の管理など仕事は多岐にわたった。
また街の子供たちの校外学習の場でもあったので、
森の歴史を教えたり遊び場までの案内をしたり、
自然がいかに素晴らしいものかを教えたりもしていた。
自然が我々を生かしてくれている。
それがクリスの口癖だった。
森の中で家族と暮らそうと考えたのは
1人目の子供が生まれるよりも前、結婚する前からだった。
クリスは結婚当初から妻エレーニによく言った。
「自然は本当にたくさんのことを教えてくれる。
子供たちも街での勉強よりも、より多くのことを学ぶんだ。
実際の経験ほど多くを学べるものはない。
自然は人生をより豊かにする。
だからいつか、僕はあの大森林の管理人になりたい。
森を守り、みんなに自然の素晴らしさを教えていきたいんだ。
もちろん、将来生まれてくる自分の子供たちにもね。」
クリスの妻エレーニも自然が好きだった。
息子のレオも娘のアンナもクリスの自然に対する熱心な心に感化されて
自然が好きになり、森を愛していた。
クリスは森の管理人になってはいたが、
森の家が完成したのはレオが15歳、アンナが9歳のときで
日中と夜の気温差が大きくなり広葉樹の葉が色づき、
徐々に枯れ落ちてくる時だった。
「レオ、アンナ、これが私たちの新しい家だよ。大きいだろう?」
「すっげー!今までの家よりも全然大きい!!」
「すごーい!」
「パパは昔からこういう家に住むのが夢だったんだ。さあ、中に入ってみよう。」
「うん!アンナ行こう!!」
「待ってー!」
家に入ると子供立ちは大騒ぎしながらあっちこっちに走り回っていた。
その様子は見ていてとても微笑ましいものでクリスとエレーニは
つい頬が緩んでしまうほどだった。
「エレーニ、このキッチンなら料理もしやすいだろう?」
「えぇ、あなた。高さ、広さ、申し分ないわ。ありがとう。」
「おまえも喜んでくれてよかった。」
「あたりまえでしょう?こんなに素敵な家に住めるなんて喜ばないはずないわ。」
エレーニも相当喜んでいるようだった。
あまり感情を強く表にださないが、この時はうきうきしているという感じが
強く伝わってきた。
「レオ!アンナ!2階に行ってみよう!お前たちの部屋もあるんだぞ。」
「え!別々の?やったー!」
「えー、部屋はお兄ちゃんと一緒がいいなぁ。」
今度は対照的な反応だった。
「ははは、まあ見に行ってみよう!おもしろい仕掛けもあるんだぞ?」
クリスはレオとアンナを連れて2階の一番奥の部屋へ向かった。
「さ、ここがレオの部屋だ。どうだ?」
レオは新しい家に出来た自分一人の部屋に入るなり驚きを隠せなかった。
真新しい机、椅子、それにベッド。
本棚まであった。
全てが自分の背丈に合わされて作られているのが分かった。
「これが俺の部屋?…これ全部パパが作ったの?」
「ああ、そうだよ。亜人の人達も手伝ってくれたから
こんないい家になったし、こんな部屋も作れたんだ。
気に入らなかったか?」
ブンブンと首を振り、クリスを見る目は微かに潤んでいた。
「そんなわけないよ!最高だよ!!ありがとうパパ!!」
「そんなに喜んでもらえたなら頑張った甲斐があったな。
ほら、どこにおもしろい仕掛けがあるかわかるか?」
「よし、アンナ。一緒に探そうぜ!」
「うん!!!あ、見つけた!」
「はっはっはっ!早いなアンナ!」
「えぇ?どこだよ?」
「ここだよ、お兄ちゃん。ほらここに小さい凹みがある。」
「そこは隠し扉なんだよ。開けてごらん。」
レオは隠し扉を開け、アンナと隣の部屋に入った。
「あー!ここ私の部屋だ!!ほら!
タンスが私の好きな熊さんになってる!」
アンナが目を輝かせて喜んでいると
ガチャリと扉が開き、クリスとエレー二が入ってきた。
「どうだい?アンナの部屋もなかなかいいだろう?」
「アンナの好きな本も揃えておいたのよ。楽しく勉強できるように。」
「うん!ありがとう!パパ!ママ!大好き!!!」
クリスもエレーニもレオもアンナも皆、
これからこの家で毎日をもっと楽しく過ごすことができる、
ちょっとやそっとの嫌なことなど家族が力を合わせればなんの問題にもならない、、
そう信じて疑わなかった。
それからしばらく経った。
寒さが厳しくなってきて森の動物たちは
寒さをしのぐため大きい樹の幹の中や土の中で
長い眠りにつき始めた。
森はとても静かで、それでいてとても穏やかな空気が流れていた。
クリスの息子レオは剣術を街の道場で習っていたが
森に住むようになってからは森の中で1人稽古をするようになっていた。
剣術はレオ自身が強くなりたいからと両親に申し出て始めたものだ。
レオは背も特別高くはない、運動神経も普通。
ただ年頃の男の子の特有の、強さへの憧れから言いだしたものだった。
しかし王国直属の騎士になりたかったわけではないし、
冒険者として世界に蔓延る魔物や悪人を倒したいというわけでもない。
ただちょっと強くなって好きな女の子を守れるくらいになりたい、
そんな軽い気持ちから始めたのだった。
しかし基礎を習い、徐々に体力がつき、練習ではあるが相手を打ち負かしたりできるようになると
おもしろさがますますわかって、さらに強くなりたいとも思うようになってきていた。
森の中では樹を人に見立てて打ち込んだりすることがほとんどで
狼や熊などの危険な肉食動物たちにはあまり近寄ることはなかった。
それは多少強くなったからといっても野生動物を倒すのは
まだまだ危険だと自分でも思っていたし父クリスからも厳しく言われていたからだった。
自分がもう少し強くなれば父の仕事の手伝いももっとできるようになると
レオは考えていた。
レオは家族のことが大好きだった。
父のことは尊敬していたし、母のことも妹のことも深く愛していた。
そう、レオはとても家族は愛していた。
登場人物紹介 https://ncode.syosetu.com/n1955fz/1/