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第91話

 目を開けると2人の可愛らしい天使達が私の両側からこちらを見つめていた。・・・ここは天国かな。私天に召され・・・。


「ジゼル・・・!良かった目が覚めたのか!」


ドンッ


「ジーゼールゥゥゥゥゥ!!!怖かったよね?怖かったよね?あぁぁぁ!可哀想なジゼルぅぅ!!」

「きゃっ!お、お兄様!?」

「てめ、人をつきとばすんじゃねぇよ!」


 プレアデスを押しのけ、お兄様が思い切り私を抱き締めてきた。へ?何故ここにお兄様が?っていうか、ここはどこ?私はジゼル。うん!意識と記憶はちゃんとあるわね。


 私が目覚めた場所は学園の救護室であった。お兄様に突き飛ばされて仏頂面のプレアデスが私の身に起こった事を話してくれた。

 倒れた私とアンジュをプレアデスとアルド様が救護室に運んでくれたそうだ。

 そしてアンジュが一足先に目覚めて、私が目覚めるまでアンジェロと一緒にずっと側で寄り添ってくれていたとの事だ。で、我先にとお兄様が私に抱き着いてきた所を見るに、お兄様もつきっきりで居てくれたみたいね。


 フェルナンドの所在を尋ねたら、フェルナンドはプレアデスとアルド様の目の前で急にフッと姿が消えてしまったそうだ。

 そして彼が消えた場所にはこの、小さな種の様なものが残っていたとの事。

 私がアンジュを(とら)えていた鳥籠の鍵を開けてアンジュを解放したからなのだろうか?


こちらに戻ってくる時に聞こえたフェルナンドの言葉は聴き間違いや空耳じゃ無かったんだ。あれはフェルナンドの本当の気持ち・・・。


 小さな種。手のひらに乗せられたそれは、ガラスみたいにキラキラしていてとても綺麗で、それはまるでフェルナンドが必死に隠していた心の内側の純粋な部分を表しているかの様だった。黒いモヤモヤは、この種とアンジュを守っていたのかもしれない。

 

 彼が不変を望んだのはアンジュと共にエンディングを迎えるいつか来る日の為。例えそこにアンジュの愛は無かったとしても、アンジュと恋人同士になるのが順番待ちでも彼は満足だったのだろう。


 でもね、フェルナンド。貴方がもう少しだけ自分に芽生えた自我を認めていたら、貴方がもう少しだけアンジュに愛を伝えていたら違った結末になったかもしれない。アンジュとエンディングを迎える事が出来たかもしれないのに・・・。


 「たら」「れば」や、「かもしれない」なんてもしも(IF)の話をしてもどうにもならないし、今となっては彼に伝える(すべ)も無いのだけれど。


「ジゼルが目覚めたのか!?」

「ジゼル嬢!」

「ジゼルちゃん、良かった」

「ジゼルさん、頭は痛くないか?気分はどうだ?」

「ミューズ!心配したよ」

「ジゼル様は悪運強そうで羨ましいです」

「プーックスクスクス。お嬢様はジルドラ様と血がお繋がりですのでタダではどうにかなったりしませんよ。プクククッ」


 アルド様を始め、スティードとカミーユ様、ルシアン様、エリク様。ついでにハルジオンさんにイアンさんまでもが救護室に入ってきた。うぅ、ハルジオンさんだけ当たりがキツイ。イアンさんに至ってはまぁ普段通りかな。


「皆さんまで・・・」


 部屋が一気に密度が高く窮屈になった。でも、これだけの人が駆けつけてくれるなんてなんて幸せ者なんだろう。


「もう!プレアデス殿下と探しに行ったら、ジゼルとアンジュが倒れているし、パニックになってアチコチかけ回ったんだから!」

「アマルシス!」


 皆の後から涙をポロポロこぼしたアマルシスが顔を出した。アマルシスが皆を呼んでくれたのね。


「皆ありがとう、ありがとうございます!」


 私は集まってくれた皆に心からお礼を伝えた。


「私、この種を育てます」


 それまでずっと何かを考えている様な顔をしたアンジュがきっぱりとそう言った。


「この種は、私が育てなくちゃいけないと思います。・・・ちゃんと愛情を注いで育てます・・・っ」


 アンジュはアンジュなりに思うところがある様子だった。うん、でも私もアンジュが育てるべきだと思う。その種はフェルナンドがアンジュを愛していた証だと思ったから。


 卒業間際に起こった、この世界での自分の立ち位置など色々考えさせられた事件だったけど、アンジュももう鳥籠の中の鳥じゃない。エンディングを迎えてもその先の未来へと、これからいくらでも自分の意思で羽ばたいていけるのだ。



◆◇◆◇◆◇◆



 卒業式が終わり、私は学園の中を一人歩いていた。プレアデスに校舎裏の薔薇の広場・・・では無く、教室に呼び出されていた。これは、ゲームの中の設定とは違う場所にしようというプレアデスの計らいである。少しだけ、もしかしたらこの日々が終わってしまうのではないかと不安に感じているのと、3年間共に過ごしてきた友人達との別れという寂しさもあって、ちょっぴり遠回りをしながら教室をめざす。


 思えば色んな事があったなぁ。転生して、大好きなアドアンの世界で過ごす日々。屋敷を襲撃されたり、攫われたりしたけども、ここにはかけがえのない、大切な出逢いが沢山あった。

 この世界は現実のアドアンとは違うから、『主人公』『攻略対象者』『ライバルキャラ』『サポートキャラ』『モブ』なんて役割は無かったのだ。


 誰もが『主役』であり、誰が誰を好きになるのも自由だって事を皆が教えてくれた。誰よりもアンジュが教えてくれた。


『ジゼル、待ってください』


『ジゼル、あそこの男子生徒二人、なーんか怪しくない?』


『ジゼル!あの、その・・・今度ルシアンと博物館行く事になったんだけと・・・、き、着ていく服を選んで欲しい』


 アンジュにアマルシス、そしてアンジェロの3人との思い出が現実の私を追い越し、楽しそうに駆けていく。


 この教室へ続く廊下も、アンジュやアマルシス、アンジェロとともに毎日歩いたなぁ。制服のリボンを直しあったり、時には恋バナをしたり。私達はいつも一緒に居た。


『ジゼル、そんな下品な奴より俺にしておけ』


『ジゼル嬢!好きだって言ってたパン持って来たよ、一緒に食べよ?』


 アルド様の凛とした声とスティードの優しい声もだんだんと想い出になっていくのかな・・・。いや、別に卒業したら会えなくなるって訳じゃないけどね。アルド様は王位を継承する為の準備として、今以上に更なる執務や公務とかあるし、スティードも実家のパン屋を継ぐ為に修行に入るし、忙しくなるだろうけど会おうと思えば会えるから・・・少し寂しくなるだけ。


 カラフルだった学生の私達は、だんだんとセピア色になって味わい深くなっていくのだろう。


 私は教室の前で一度立ち止まり、大きく深呼吸をしてから教室のドアを開けた。


「よぉ、ジゼル。想い出巡りは堪能したか?」

「えぇ。いつか懐かしく思う日が来るのだと思うと胸がいっぱいになっちゃったわ」

「おいおい!今から胸がいっぱいじゃ俺様の約3年分の想いが入んないじゃねぇかよ」

「ふふ・・・。プレアデスは前世で沢山生徒を見送ってきたのよね?」

「あぁ。手のかかるやつも居たが、全員笑顔で卒業してったな」


 プレアデスの顔が大人びて見える。生徒達を見送った日に思いを馳せているのだろう。


「ジゼル。ようやくお前は俺のもんになるんだな・・・」

「うん・・・。待たせちゃってごめんね」

「コホン。ジゼル、俺と付き合ってください!!」

「えっ!なんか普通・・・」


 プレアデスの告白は、意外にも直球なものだった。右手をこちらに差し出して、下を向いている。これ、昔のテレビ番組で見た事があるわ。


「わっ悪ぃかよ。卒業式の日は素の俺で告ろうって決めてたんだよ」

「ううん。意外だったから。嬉しい・・・。私で良ければ・・・って、わっ!!」


 私がプレアデスの右手を両手で握ると、グイッと引っ張られて抱き締められた。


「ようやく人前で「俺の女」って堂々と言えるんだな!マジですげぇ嬉しいっ・・・」

「プレアデス・・・。あれっ?泣いてんの!?」

「ばっ!な、泣いてなんかねぇよ!」


 だって、私のほっぺたに雫が落ちたもん。多分、ううん。絶対こんなのシナリオに無いよね。という事は、この先も私達は私達の道を歩いて行けるんだ。


 ホッと安心したら私の目からもポロッと涙の雫が落ちた。



 アンジュ、今私が好きな人の腕の中でこんなにも幸せな気持ちを感じられるのも、貴女が祈ってくれたから・・・。

 だから私達もアンジュの為に祈ろうと思う。一応私達も、『()』と『冬()』で二人合わせて“アンジュ”だから。・・・あ、今こじつけって思ったでしょー!うん。でも、きっと、この世界の優しい神様が聞き届けてくれるんじゃないかなぁ。

 私とプレアデスはお互いに手を握り合って祈った。



 “この世界がどこまでも永く続く様に”と“アンジュの想いがフェルナンドに届きますように”と。

令和初の更新です。

ここまでお読みくださいましてありがとうございました。


次回で最終話となります。後もう少しだけお付き合いくださいませ(*Ü*)ノ"♡

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