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第84話

 プレアデスが我が家を訪ねて来た。なんでも、プレアデスが外出先から屋敷に戻ったら私が昼間訪れた事を使用人から聞いたから、その足で急いで会いに来てくれたとの事だ。

 わざわざ会いに来てくれるなんて、とても喜ばしい事だがアンジュの屋敷にさえ行かなければ、もっと手放しで喜べただろう。

 外は既に薄暗くなってきており、こんな時間までアンジュと居たのだろうか。


 私がサロンに着いた時、プレアデスは何やらお兄様に詰め寄られていたけど、きっといつものアレだろう。プレアデスの事が気に入らないお兄様が、色々難癖をつけていたのだろう。


 久々のプレアデス。妄想や絵などではない本物のプレアデス。ちゃんと動いていて、ちゃんと喋っている。それだけで、その姿を見るだけで“大好き”という気持ちと涙が溢れそうになって心がキュンとなる。


「よぉ、ジゼル!昼間は悪かったな」

「うっ、ううん。気にしないで」

「そか」

「・・・・・・・・・」


 私の方がめちゃくちゃ気にしてるくせに、我ながら“気にしないで”なんて良く言えたもんだわ。あれ?何から切り出せば良いのかしら。私は伝えたい言葉を考える為に沈黙してしまった。

 自分で日頃から“時間は有限だ”なんて言っておきながら、気まずいまま無言の時間が流れていく。


「な、なんか元気ねぇな。あ!久々に俺様に会ったから緊張してんのか?もっとこう、会いたかった!!みたいなの期待してたんだけど」


 ・・・昼間、私がアンジュの屋敷にさえ行かなければ間違いなくその対応だっただろう。


「だーかーらー、さっきも言ったけど殿下(笑)のせいでしょ。ジゼルはもう殿下(笑)なんて要らないんですー!!」


 お兄様・・・。『殿下』と口にする度に(あざけ)るような顔をするのはやめて・・・。この人は権力に弱いんだか強いんだか謎である。


「大体ね、こーんなに可愛いジゼルを放っておくとか君の気がし知れない!」

「ほっときたくてほっといた訳じゃねぇよ!こっちだって色々あんだよ」


 そうですよねー・・・。色々(・・)ありますよねぇー。あ、ダメだ。どうしても卑屈な考え方になってしまう。


「それより、昼間は何の用だったんだ?」

「べ、別にっ、用事が無くちゃ会ったらイケない訳?」

「そんな事はねぇけど・・・(っ!ただ俺に会いたかっただけか!?クソッ、可愛くて堪んねぇな)」

「ほら、何にも用事が無かったんだから、サッサとお帰りくださいー!」

「ジルドラ様、そろそろ引き際を覚えないと馬に蹴られて死んでしまいますよ!・・・それも面白そうですけどね!プークスクス!」

「なっ、なんだよっ!離せ!イアン!」

「お嬢様、ジルドラ様はこれから山の様な書類の整理があります故、これで失礼致します。お二人でごゆっくりじっくりと話し合ってください。では」

「あっ・・・!」


 い、いやぁぁぁ!二人きりにしないでぇぇぇ!イアンさんは渋るお兄様を引き摺るようにして退室してしまった。いや、いつもならばグッジョブなんですけど、今は・・・。

 静まり返るサロン。向かい合って座っている私達。そして沈黙。・・・うぅ、さっきから私嫌な態度ばかり取ってるからきっとプレアデスも良い気はしてないわよね。プレアデスにちゃんと聞いてハッキリさせよう!ってさっきまでの意気込みはどこにいっちゃったのよ!


スッ・・・スタスタスタ、ストンッ!


 ヒェェッ!!プレアデスがおもむろに立ち上がって私の隣に腰をかけた。ち、近いから!!


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 で!?


 な、何か言いなさいよー!何なの?この状態は一体何なの!?プレアデスは隣に座ったまま身動き一つせず。


 私はこのままじゃラチがあかないと、膝に置いた両手でスカートの裾をギュッ掴んで思い切ってプレアデスの方に振り向いた。


「あのさっ・・・!」

「わっ!」


 振り向いた先の、プレアデスの顔が思っていたよりも近くてビックリした。振り向いた先のプレアデスの顔は赤く、私と目が合うと焦った様に顔を背けた。


「・・・き、急に振り向くなよっ!」

「だ、だって・・・。プレアデス、照れてるの?」

「・・・悪ぃかよ!」


 プレアデスは顔を両手で覆って下を向いた。耳まで赤くなってる・・・。


「いつもの余裕はどこよ?」

「お前と久々に二人きりになったんだぞ?余裕なんてある訳ねぇだろーが」


 プレアデスは手の隙間からこちらを見て、ぶっきらぼうな感じでそう答えた。そんなプレアデスを目の当たりにして私は、感情を抑える事が出来なかった。


「だったら・・・」

「ん?」

「だったらなんで、私じゃなくてアンジュと会ってたのよー!!!」

「えっ!?お前、それどうして!?」


 プレアデスが明らかに動揺している。

 やっぱり。やっぱりプレアデスは今日アンジュと会っていたんだ。

 じんわりと視界が滲んでいく。泣きたくなんてないのに、ポロポロと涙が零れ落ちる。


「わ、わぁー!!なんで泣くんだよ!?確かに俺は昼間アンジュのとこに行ったけど、別にやましい事なんて何にもねぇからな!」


 プレアデスは私をグイッと自分の胸に引き寄せ、抱きしめた。あ・・・プレアデスの匂い・・・。その胸の温かさに、さらに涙が零れた。


「ふっ・・・、うぅ・・・。じゃ、じゃぁ、何しに行ったの?」


 私はやっとの事で声を絞り出した。


「えっ!そ、それは・・・っ」

「やっぱり言えないんじゃないぃぃ〜〜!私よりアンジュが好きになったんだ〜〜!」

「それはねぇよ!俺が好きなのは後にも先にもお前だけだ!!」


 私を抱くプレアデスの腕にグッと力がこもった。


「もうちょっとだけ待っててくれ。そしたら全部話す。だから・・・」


 プレアデスは腕の力を緩め、私の両頬にそっと触れて上を向かせると、ジッと私の目を見つめた。


「俺を信じろ!!」

「はっ、はぃぃぃっ!」

「・・・よしっ!」


 うぁぁ!ついうっかりと反射的に返事を返してしまったよ。プレアデスはそんな私の返事を確認して、もう一度私を抱き締めた。

 あーね、これさ、なんだかうまく誤魔化されてないかな?

 ・・・でも、もういいや。こうして私に会いに来てくれて、好きなのは私だけだと言ってもらえたのだから。

 我ながら現金だとは思うけど、好きな人が信じろって言うんだから、信じてみようと思った。


「・・・泣きやんだか?」

「なんでそんなに嬉しそうな顔してんのよ?」


 プレアデスはにっこにこの笑顔で、とても嬉しそうだった。


「いんや、なんかお前にヤキモチ妬かれんのも悪くねぇなぁ、なんて」

「じょ、冗談じゃないわよ!こっちがどれだけ悩んだと思って・・・」

「へへっ。そうかそうか、そんなに俺様が好きなんだ?」

「すっ・・・好きじゃない・・・」

「へぇ?」


 にっこにこのまま、私の頭を撫でてくる。この男、自分が優位に立つと余裕を出してくるのが気に入らない。

 それでも惚れた弱みなんだろう。どうであったとしても、先ほど口に出した言葉とは裏腹に、私はこの男の事が好きで堪らないのだから。


 だから、このままじゃ悔しいので私も仕返ししようと思い立った。

 私はプレアデスの顔をガシッと掴むと、そのまま自分の唇をプレアデスの唇に寄せた。


「ジゼッ・・・!?」


 驚いたでしょ?ざまぁみろ!・・・とはいえ、自分からプレアデスにキスするなんてとんでもない事をやらかして、当然自分も無傷では済まなかった。


「・・・めちゃくちゃ恥ずかしい」

「おまっ、俺の唇奪っておいて・・・」

「い、嫌な言い方しないでよ!勢いで出来ちゃったんだからしょうがないじゃないの」

「ハハハ。ずっと勢いづいてればいいのに」

「もうしない!!」

「あっ、ごめん!謝るからまたお願い!」

「知らない!ふーんだ!」

「ジーゼール!ジゼルちゃーん!ジゼル様ーーー!(むくれた顔も堪んねぇな)」


 私達はしばらくこうやってふざけあっていた。うん、いつも通りに戻れたかな。



 結局今日プレアデスがアンジュの屋敷を訪れた真意は教えてはもらえなかったが、浮気とか心変わりでは無さそうだし(そもそも私達は交際してはいないんだけど)、後で話してくれるらしいので、もう少し様子を見てみる事にした。

 

 心配なんてしなくても数日後に思いがけない形で真意を知る事が出来るという事は、今の私はまだ知らない。

ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました(^^)

改めまして、目を通してくださった方、また、ブクマしてくださった方々に

この場で厚く御礼を申し上げます。


次回更新は4月13日(土)になります。

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