第83話
アンジュとアンジェロの姉妹の再会から数日が経ち、私は凄まじいプレアデスロスに陥っていた。
なによ、プレアデスのやつ。『二人きりでどこかに行こう』なんて言っておきながら一向に誘いに来ないじゃないの。
あんまりほったらかしにしてると、アンタの顔なんて忘れちゃうんだから!
・・・嘘。アマルシスから貰ったアルド様とプレアデスの絵を穴が開くほど眺めてるもの、忘れるはずなんて無かった。
はぁ・・・。
「ジゼル、どうしたの?具合でも悪いの?」
廊下でぼんやりと外を眺めていると、通りかかったお兄様が私に声をかけた。
「あ、お兄様。いえ、余り休みが長くても困りものだと思いまして。新学期が早く来ないかと待ち遠しく・・・」
「ジゼル・・・。そうだ!久々に僕と街に行かないかい?」
「・・・せっかくですが、遠慮しておきます」
「ジゼル・・・」
私はその場を離れ、自分の部屋に戻った。
お兄様だってお仕事があるのだから、私の事で手を煩わせる訳にはいかないわ。
近々また両親と共に領地の視察に行く事が決まったお兄様はその準備や王都でしか出来ない仕事をこなしているので、私に割く時間など無い筈だった。
前回屋敷が襲撃された事があるので、今度は両親も私も一緒に連れて行くと言う事になりかけたが、今回もアルド様が間に入ってくれて“護衛の者を増員し、屋敷の警備の強化をする”と言ってくれた事で渋々ながら両親も承知した流れとなった。
さらには“この俺が命に変えても守る”とまで言ってたなぁ・・・。ありがたいけど申し訳ない。
そのアルド様といえぱ・・・。なんだかあのお茶会からシャルロッテ様からの呼び出しが多いのよね。アルド様を交えて刺繍をしたり、お茶を飲んだり、街に行く際に同行したり・・・。
結果、プレアデスよりもアルド様の方が一緒に居る日が多い。アルド様の気持ちを受け取れずお断りしたとはいえ、プレアデスが現れるまではアルド様が一番の推しキャラだった訳で。アルド様の攻略を最後に取っておいた事でアルド様との卒業式のエンディングが一番鮮明に覚えている。
正直全くアルド様に対してドキドキしない訳ではない。
その事がどうしてもプレアデスに後ろめたく感じてしまうのだ。
しかし、そうは言っても私はこの先もアルド様や他の誰かを選ぶ事なんて無い。私の胸がこんなにも焦がれるのは・・・プレアデスだけだ。
会いたい。プレアデスに会いたい。
・・・そうよ、会いに行けばいいんだわ!待っているだけなんてそんな受け身じゃ会える確率なんて半減よ!それに時間は有限なのだから。お互いが会いに行く努力をしないとだわ。
幸い今ならお兄様もお仕事が忙しいので私を気にかけてばかりはいられない筈だし。
もう、頭の中のプレアデスで妄想しているだけじゃ我慢できない。
私は思い立ったが吉日とばかりにテキパキと出かける支度をし、ボニーとユミルを連れて馬車に乗った。
目指すはプレアデスの屋敷だ。うわぁ、久々過ぎてなんだかドキドキしてきた。プレアデス、驚くかな?どんな顔するのかな?
『うぉっ!ジゼル!?会いに来てくれたのか?』
『えぇ、あなたに会いたくて・・・』
『やべぇ。超嬉しいんだけど。ジゼル・・・俺もすげぇ会いたかったぜ』
『きゃっ・・・!もうっ!』
『ハハハッ。もう離さないぜ、俺のお姫様』
『ま、また、乙女ゲームごっこするぅ〜・・・』
私に会えた事を心から喜んでくれて、満面な笑みで私をお姫様抱っこしたプレアデス。いつもの調子で私をからかったりするのかしら。
「ジゼル様、着きましたよ」
「えっ?あっ!・・・えぇ、行きましょうか」
「ふふ、お嬢様とても嬉しそうですね」
妄想から帰還した私にユミルが日傘をさしながら微笑んだ。私はドキドキしながらプレアデスの屋敷の立派なドアノッカーをたたいた。
「はい。あ、ジゼル様。ご機嫌麗しゅう存じます。生憎ですが殿下は只今出掛けておりましてお帰りは遅い時間なるかと・・・」
「あ、そうですか・・・では、また日を改めて来ますとお伝えください」
「かしこまりました。お気を付けてお帰りくださいませ」
なんとも肩透かしをくらった気分である。会えるとばかり思っていたから、留守のパターンは想定していなかったわ。
せっかく気合を入れておしゃれをして出てきたのだから、このまま帰るのは勿体無い気がする。
うーん、ここからならアンジュの屋敷が近いから、アンジュの屋敷に行ってみようかしら。
私は御者に行き先を伝え、アンジュの屋敷を目指した。
「生憎ですがお嬢様には先客がおりまして」
「そ、そうですか。では、また・・・」
プレアデスに続いてアンジュも都合がつかず。今日は日が悪かったのね。こんな日はきっと何をやってもうまく行かない日なんだわ。おとなしく家に帰ろう・・・。
ん・・・?あれ?この馬車は・・・。
アンジュの屋敷のエントランスの端に止めてある馬車のエンブレムを見て心臓がバクバクと大きく脈打ち始めた。
「あ、あの、先客って、プレアデス殿下ですか?」
「それは私どもの口からはお答え出来ません。申し訳ございません」
「あ、そうですよね。こちらこそすみませんでした。では」
そりゃそうだ。主人のプライベートをベラベラ喋る使用人など居ないわよね。
馬車のエンブレムは王冠を上に掲げた月桂樹のリースの中にユニコーンが描かれた『プラネタリアの王家の紋章』であった。立派な馬車だなぁとは思っていたけど、まさか王族の馬車だったとは。
そんな・・・。何故?でもでも、訪問者がプレアデスだとすれば、辻褄が合う。プレアデスは出かけていて、アンジュは来客中なのだから。
プラネタリアで行われたお茶会はアンジュではなく私が招待された事からして、アンジュと接点の無いケフェウス様やベガ様が直々に来る訳がないもの。いや、これもうプレアデスで間違いないでしょ。
「ジゼル様・・・」
「だ、大丈夫よ。とにかく家に帰りましょう」
ボニーとユミルも察したらしく、私を気遣って悲しそうな顔をしている。
よろける足で踏んばってなんとか馬車に乗り込み、我が家を目指す。
大丈夫・・・。大丈夫。悪く考えたらダメ。
もしかして夏休みはこうしてちょくちょくアンジュと会っていたから私に会いに来なかったのだろうか?
えっ?アンジュに会いに行く暇はあっても、私に割く時間は無かったという事だろうか・・・?
プレアデスを信じたい心とは裏腹に頭の中では悪い方へと考えてしまう。
痛い。胸が、痛い。こんなにも狂おしい程人を愛する事が出来たのかと我ながら驚いた。同時にアンジュに嫉妬してしまいそうな醜い自分の存在にも気付いてしまった。
アンジュが私を傷つける事をするはずが無いし、プレアデスだって私よりアンジュの事が好きになったのならキッパリ白黒つけるはずだ。な、何か訳があったのよね。
でも。
そうなったら物語はシナリオ通りになったと言う事になる。アンジュとプレアデス、本来結ばれる組み合わせだ。
うわぁー!やだやだやだやだやだ!!ダメだ!このままモヤモヤしてたら気がおかしくなりそう。
明日!明日こそプレアデスに会って確認しなくちゃ。ちゃんと話して真相を聞いて判断しよう。
「ジゼル様、失礼致します。プレアデス様がお見えになりました。今ジルドラ様が対応なさっています・・・」
家についてからずっと部屋にこもって悶々としていた時に、ボニーがプレアデス来訪の知らせを告げに来てくれた。
はぁ!?明日会いに行こうと思っていたのに予期せぬ事態だ。まだ、なんの心の準備も出来ていないのに!
・・・そうは言ってもこのまま部屋から出ない訳にはいかないので、私はよろよろと重たい身体を引きずりながらサロンへと向かったのであった。
あんなに会いたくて堪らなかったのに、今はプレアデスに会うのが少し怖かった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました((〇┓ペコリ
次回更新は、4月10日(水)になります。




