第82話
アンジュ一人を中庭に残して内緒話みたいな事をするのは正直気が引けるが、実の両親の死を知ったアンジュだって少なからずショックを受けているだろう。
余計なお世話かもしれないが、少しの時間だけでも心の整理がつけられる時間を作ってあげたいと思った。
そしてその上で、私の助けを必要としてくれるのであればいくらでも手を差し伸べたいと思う。
「ここが私の部屋よ。さぁ、入って」
「う、うん」
私の部屋に入った時にアンジェロはキョロキョロと私の部屋を眺めた後、私の机の引き出しに注目した事を私は見逃さなかった。
「アンジェロ、その引き出しの中気になる?」
「えっ!いや、ボクは別に・・・手帳なんて知らない」
「どうして、中に入っているのが日記だと言うならまだしも、“手帳”だってわかるの?」
「はぅぁっ・・・!!ぼ、ボク位になると透視くらい出来るんだよ!」
どうやら、“ビンゴ!”らしい。アンジェロはジゼルの引き出しの手帳を間違いなく知っているわ。
「・・・アンジェロ。もうぶっちゃけるわよ?あなたAdorer un angeってゲームを知っているわよね?」
「えっ!!そ、ソテイラ・・・。な、何故ソテイラがそれを・・・?ま、また違うストーリーだ・・・」
アンジェロは話が違うと、ガクガクと震え、困惑した様子である。私みたいに何の悩みも無い公爵令嬢に転生したならまだしも、産まれ落ちたその時からハードモードな人生を歩んできたアンジェロはどんなに心細かっただろうか。
さらに自分の知っているシナリオ通りに、進まないんだもの、そりゃ怖いわよね。この上まだ自分を苦しませる何かが起こるのだろうか、と不安に思ってもおかしくはないわ。
「あのね、アンジェロ。私もあなたと同じ、前世の記憶があって、アドアンがゲームだって事を知っているのよ」
「えっ!?」
「私の前世の名前は、杏。アドアンが大好きだったOLよ」
「ぼ・・・ボクも!ボクもアドアンが好きだった・・・。せっかく大好きな世界に転生したのに、アンジェロの役だったけど・・・。でも、結果を知っていたから・・・アンジュと会えればボクは一人ではなくなるから、どんだけ辛くても寂しくても耐えてきた・・・」
やはり、アンジェロもまた転生前の記憶を持つ者であった。もはや3人目ともなると驚きはするが、段々と慣れてきていたのも事実である。・・・結構この世界に転生している人居るのねぇ。もしかして覚醒していないだけで周りの人々も転生した人なのではないだろうか?今度注意して人々を観察してみようかな。スピリチュアル的なものはわからないが、実際に生まれ変わりってものがあるのはこの身を持って実証済だからね。
私は話を続けた。
「そうだったのね。でもお茶会に来たのはアンジュではなく、その親友のジゼルだった。とても驚いたでしょう?私もお茶会に呼ばれた時は驚いたもの」
「でっ・・・でも、ストーリーは違っていたけどソテイラは優しかったし、こうしてちゃんとアンジュとも合わせてくれた・・・。けど、ボクはプレアデスを好きになってアンジュと取り合わなければならない・・・」
「アンジェロ・・・」
やはり、アンジェロもこの世界で自分の『役割』を演じようとしていたのだ。
アンジェロは私のカミングアウトによって頭の中が混乱しているみたいで、ブツブツと何やら呟いている。
「その、信じられないかもしれないけど、実はプレアデスも前世が日本人なのよ。でね、付き合ってはいないけど、私と両想いなの。だから、お茶会に誘われたのがアンジュではなく私だったって訳で・・・」
「ふぁっ!?で、で、で、では、ボクは、ソテイラとプレアデスの取り合いをしなければいけないのか!?」
「あのさ、それなんだけど、アンジェロはプレアデスの事好きなの?」
「すっ、好きじゃない!私の推しキャラはルシアンだ!」
「えっ!あぁ、そうなのね。なら、無理にシナリオ通りにしなくても大丈夫よ。・・・多分」
シナリオ通りにしなくても良いとは言ったが、私自身、自分の気持ちに正直になり、プレアデスと両想いになった事で、シナリオを無視してしまっている訳で。だから、この世界のエンディングの後の事を心配してはいる。まず、エンディングを迎えられるかどうかすら不明なのだ。でも、私はアマルシスの言う“パラレルワールド説”を信じたい。私の恋とアマルシスの恋、そしてこの双子姉妹の幸せ。それぞれが上手く行かなければ転生した意味が無い様に思うのだ。
それにしても、アンジェロがルシアン様推しだったとはねぇ・・・。
「ソテイラがそう言うなら安心だ・・・。ボクはアンジュと一緒にソテイラの傍に居たい」
窓から差し込む日の光に照らされた笑顔のアンジェロは、とても綺麗だった。まるで、堕天使が昇天する様な・・・。
「なら、ソテイラじゃなくて“ジゼル”って呼んで?」
「えっ・・・!だって、ソテイラは本当にソテイラなんだ!」
「私そんなに感謝される程の事なんてもしてないわよ?」
「お茶会の時に優しくしてくれた・・・。ボクのファッションを分かってくれたのもソテイラだけ・・・。親身になってくれて嬉しかったんだよ。あの時ボクはソテイラだけが唯一の味方だと思ったんだ」
そりゃぁ、ゴスロリファッションはまだこの世界には根付いていないもの。アクセサリーとして用いた包帯や眼帯なんて『大怪我して可哀想』以外の感想なんて無い。
「アンジェロ、あなたは一人じゃないわ。私の他にもアンジュも居るし、あなたを受け入れてくれる仲間が沢山居るわ。もう安心していいのよ」
「ジ・・・ジゼル・・・」
アンジェロが照れくさそうに、たどたどしく私の名前を呼んだ。
「まぁ!私の名前を呼んでくれたのね!ありがとう!」
「うっ・・・(この顔だ・・・。ボクはジゼルのこの笑顔を見ると胸がキューッてなる。なんでだろう。ルシアンを攻略している時と同じ様な・・・)」
「さ、そろそろアンジュの所に戻りましょうか。あっ!アンジュは私の前世とか知らないから、私達だけの秘密ね」
「秘密・・・。アンジュも知らない、ボクとジゼルの秘密・・・。ふふ、ふふふっ。嬉しいな」
うん、アンジェロもどうやら安心したみたい。私もアンジェロが恋のライバルにはならない事がわかったので、とても気が楽になった。
新学期が始まって、アンジェロが周りの皆に慣れた頃にアマルシスの事も話してみよう。アマルシスが、大好きなアドアンの絵師さんの生まれ変わりだと知った時にどんな顔して驚くだろうか。少し先の楽しみができたわ。
「あ、そうだ。これ、プラネタリアでアンジュの為に買ったお土産なんだけど私とアンジェロの二人からって事にしましょうよ」
「えっ、でも・・・」
「いいのいいの。私はお土産を用意する係で、アンジェロはそれをアンジュに渡す係。ね!」
「う、うん・・・」
アンジェロを無理矢理納得させて、私とアンジェロは再び中庭のガゼボに向かった。私達が着く頃に、アンジュも丁度ガゼボに戻ってきた所だった。
「お待たせ、アンジュ。ちょっとプレゼントを取りに行っていたのよ。ね、アンジェロ」
「うっ、うん。アンジュ、これ・・・。ぼ、ボクとジッジゼルから・・・」
「まぁ!開けてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「っ・・・!!素敵・・・!」
私がアンジュの為に選んだお土産は、プラネタリアの浜辺で取れる星の砂と色の付いた砂、小さくて綺麗な貝殻が入った小瓶である。プラネタリアの海をギュッと詰め込んだような綺麗なガラス玉が付いた紐が小瓶に括ってあり、バッグなどにぶら下げる事が出来る。
『願いが叶う砂』として有名なんだそうだ。効果はさておいて、なんて可愛らしいのだろうと一目で気に入った代物である。
「ありがとうございます!大事にしますね」
「改めて見ても可愛いわね。自分の分も買えば良かったわ。そうだ!アンジェロ、後で私達もお揃いにしましょうか?」
「うん!皆でお揃いなんて初めてだ!」
アンジェロの詳しい前世の事までは聞かなかったけど、アンジェロのペースを優先したいから、話してくれるなら聞くし、話す気になれないならばそれはそれでいいと思う。いつか、アンジェロから話してくれるだろうか。
私達はアンジェロが帰る時間ギリギリまでお喋りをした。
アンジュとアンジェロもすっかり打ち解けたみたいだし、これで新学期が来ても大丈夫だろう。
今年の夏休みはなかなか充実した濃い思い出が作られているなぁ。なんて思いつつも、まだ肝心のプレアデスとの思い出が作れていない事に気付いたのであった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
次回更新は4月7日(日)になります。




