第80話
アンジェロから催促の手紙を貰った私は翌日、急いでアンジュに会いにアンジュの屋敷を訪ねた。
「ジゼル様、今アンジュ様をお呼びして参りますので少々お待ちくださいませ」
アンジュの家のサロンで紅茶を頂きながらアンジュを待っていると、アンジュは慌てた様子でやってきた。
「ジ、ジゼル!ようこそ。昨日の今日でまたお会い出来るなんてとても嬉しいです!お待たせしませんでしたか?」
「大丈夫よ。そんなに急がなくても」
「いえ、早くジゼルにお会いしたくて」
ハァハァと頬を紅潮させて息切れしているアンジュ。もしかして走ってきたのだろうか?くぅーっ!なんて健気で可愛いのかしら!!
「今日は日差しがとても強いので、私の部屋でお話しましょうか」
「そうね。少し重要な話があるの」
「重要な、話ですか?」
「えぇ。とりあえずアンジュの部屋へ行きましょう」
「はい。とっておきのお菓子を頂きましたので、紅茶と一緒に頂きましょう」
にこにこと私を部屋まで誘うアンジュ。この笑顔が曇るかどうかは私の説明にかかっている・・・気がする。
アンジュの部屋でテラスの前のスペースに置かれたテーブルの椅子に腰をかけた。開け放たれた窓から風が入ってきてうだる様な暑さをいくらか和らげている。
私はどうやって切り出そうかと考えながら、暫く風に揺れる真っ白なレースのカーテンに見入っていた。
「ジゼル・・・?どうしました?もしかして話とは私に言い辛い類のものでしょうか?」
「えっ、あぁ!ごめん!少しぼーっとしてしまったわ」
ひぃぃ!早速アンジュの表情を曇らせてしまってるじゃない!しっかりしなくちゃ。
「アンジュ、これから話す事は・・・私は良い事だと思う。でもね、あなたにとっては余計な事で知らなければ良かったと思うかもしれない事なの。正直私が決めていいものではないと思うけど・・・」
「ジゼル、それならば是非話してください」
「アンジュ・・・」
「ジゼルが私に嫌な思いをさせるはずがありません。ジゼルが良い事だというならば、それは私にとって良い事なのだ、という事に間違いありません。ジゼルから何を聞かされるかは想像がつきませんが、ジゼルが私の事で心を割いてくださった事だけで・・・それだけで私には既に良い事なのですから」
う・・・。うわぁぁぁぁぁぁ!眩しい!穢れの無い笑顔が眩しい!なんて・・・なんて心の澄んだ娘なの!マジ天使!私のアンコン(アンジュコンプレックスの略)がますます悪化してしまいそうよ。もう既にどこぞの馬の骨に嫁に出したくない気分になったわ。
っていうか、そんな事言ってる場合ではなかったわね。アンジュの私に対するこの絶対的な信頼に答える為にも私は毅然とした態度でこの問題を切り抜けなくてはいけないのだ。私は気持ちを整えて、言葉を選びながら話し始めた。
「あのね、アンジュ。実はね、あなたの出生に関する事実が判明したのよ」
「私の出生・・・ですか?あ。もしかして、ヴァルスティン家の事でしょうか?」
「えっ!!!?な、な、なんで、それを・・・?」
出鼻をくじかれた私は、一気に動揺してしまった。紅茶を持つ手が震えてしまう。一体何故アンジュは本当の実家の事を知っているのだろうか。
「ふふ。それでジゼルは頭を悩まされていたのですね」
「あぁ・・・う・・・あぅ・・・」
最早気が抜けて生ける屍みたいになった私にアンジュは優しく穏やかな顔で何故自分が出自を知っているかの問いに答えてくれた。
「私がこのお屋敷に来て間もない頃に、私の“本当の両親”と名乗る夫妻が尋ねて来た事がありました。お義父様やお義母様はまともに取り合わず、早々に追い返してしまいました。私は部屋の窓から馬車に乗って帰っていく夫妻を見ていました。私は、二人に自分の面影がある事に気付いてしまったのです」
「アンジュ・・・」
そりゃぁ、いくら優しい伯父様と伯母様でも、アンジュを捨てた癖にのこのこと現れた両親を見たら話も聞かずに追い返したくもなるわよね。
「私は今のこの優しい義両親とジゼルの傍に居られる事が何よりも幸せだったので、今まで両親に関する事を調べたりとか、それ以上の追求をする事はしませんでした。でも、私ももうすぐ16・・・。人の親になってもおかしくはない年頃になります。自分の事に向き合ういい機会なのかもしれません。それに他の誰でもなく、ジゼルの口から聞けるのならば本望です」
「アンジュ!絶対にアンジュの悪い様にはしないからね!何があっても私が責任取るからね!絶対に幸せにするから!」
「ジゼル・・・(ポッ)」
私は思わずアンジュの手を両手で握り締め、プロポーズ紛いの言葉を口にしてしまった。しまった。何か言い方を著しく間違えた気がする。け、けど、本心はそう違ってないからセーフよね。
「先日のプラネタリアのお茶会でね、アンジュの双子の姉というアンジェロに出会ったの。アンジュ、あなたには姉が居たのよ。とてもあなたに似ていたわ」
「まぁ・・・!!私にお姉様が・・・!それも双子の・・・っ」
アンジュは驚いた顔を見せた後に、満開の笑顔で喜んだ。良かった・・・。ちょっと拍子抜けしたけど、私の杞憂で良かったわ。
「ええ。それでね、新学期からこちらの学園に通う事になったので、夏休み中に是非あなたと会って話したいとの申し出があってね・・・」
「もっ、もちろんそのお誘いお受けしますわ!もう、ジゼルったらもっと早く言ってくだされば良かったのに」
「えぇっ!?いや、これでも私この話するの、すっっごい悩んだんですけどー・・・」
とかいいつつ、暫くアンジェロの事忘れてた事はここだけの秘密。
「ふふ、冗談ですよ。それにしてもなんて素敵なんでしょう。早くお会いしたいとお伝えください」
「え、ええ・・・。わかったわ」
めちゃくちゃ喜んでるわね。良い事だわ。良い事なんだけども・・・。問題があるとすればアンジェロの病気(中二病)!!素直に喜んでいるアンジュには悪いけど、アレを理解できるかどうかよね。
「でも不安じゃないの?」
「いいえ。少しも。もし姉に不審な所があるとすれば、ジゼルが私にお話を持ってくるはずが無いですもの」
うん。それは保証する。もしアンジェロがアンジュに害を為す存在であったならば、私はお茶会でアンジェロと出会った記憶はアルド様とプレアデスにも、きつく口止めした上で墓場まで持っていくわ。でも、実際に会ったアンジェロは、ちょっと変わった娘だけど、悪い子では無いもの。アンジェロがくれた催促の手紙からも、心からアンジュと会うのを楽しみにしているのが伝わってきたものね。
それに。アンジュを捨てたのはヴァルスティン一族と両親であって、アンジェロのせいではない。アンジュはそこのところを良く理解しているのだ。だから、両親の事は、その存在を知っていてもスルーし、姉の存在は素直に喜んだのだろう。
アンジュは今までどんな気持ちで本当の両親の存在を知りながら育ってきたのだろうか。私にはその複雑な気持ちを理解しようなんておこがましい事は言えないけど、少しでも心の支えになる事が出来たらいいなと思った。
「ジゼル。私は本当の両親の事は別に恨んだり憎んだりしていません」
「アンジュは偉いわね。私なら恨んでしまいそうだもの」
「私は、こう思うんです。両親の手を離れたからこそ、神父様やお義父様、お義母様の愛情を沢山頂いて育つ事が出来たのだと。そしてジゼルやアルド様とも出会えました。私は両親に捨てられましたが、それ以上のかけがえの無いものを手に入れる事が出来たのですから、感謝の言葉しかありません」
「あ、アンジュ〜〜〜!!!産まれてきてくれてありがとうぅ〜〜〜!!」
「じ、ジゼル!何故泣くのですか・・・!」
駄目だ。感動しすぎて涙が出てきた。どこまで天使なのか。正に神に愛された少女だわ。
「じゃぁ、アンジェロとのお茶会の話を進めておくわね」
「はい、お願いします」
私はハンカチで涙を拭い、善は急げと席を立った。
こうして、生き別れのアンジュとアンジェロの姉妹の再会が果たされる事となった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました((〇┓ペコリ




