第8話
「ジゼル・・・?」
名前を呼ばれた気がして慌てて起きると、私の隣に見知らぬ殿方が座っていた。名前を聞いてみるとプレアデスと名乗った。プレアデス・・・確か牡牛座の中にある星団だったかしら?
「・・・あぁ!昴ね!」
「・・・今何て言った?」
「え、プレアデスの日本・・・語って・・・あぁ!なんか外国でそんな呼び方するとか聞いた事あって!!」
ヤバい。日本とか言っても理解してもらえないだろうし、頭がおかしい人って思われちゃうよね。
プレアデス様は隣の国からこちらの学園に入学してくるようだ。何か入学式には間に合わない事情があったのかしら。
それよりも!プレアデス様の声は尾てい骨に響くような私の大好きな声優さんと同じ声だった。という事はプレアデス様が隠しキャラって事なのかな?だとしたら、ますますクリア特典未プレイだった事が悔やまれる!
黒い髪に、黒い瞳。耳に燃える様な赤い色をした宝石がついたピアスをしている。日本を思い出す外見で、少し釣り上がった目が特徴的である。そのなんでも吸い込んでしまいそうな漆黒の目で見つめられると、背中がゾクゾクする。ふわぁぁぁ、ど。どうしよう。私、アルド様推しだったけど、この人も推したい。アルド様とは違うタイプだが、見た目と声がドストライクだった。あ、アルド様といえば!私、人に尋ねておいて自己紹介していないじゃない!あぁ〜・・・私のこんな醜態を見たら、淑女としての振る舞いがなっていない!とまたアルド様に怒られてしまう。
「あ、私自己紹介もしないで。アルド様に怒られてしまうわ。あの、私は・・・」
「ジゼル。ファレイユ公の娘のジゼル・オーランシュ、だろ?」
ズッキューーーーーーーン!!!
ふわぁぁ。名前を呼ばれただけで腰がくだけそう・・・。ヤバイ!私ゆでダコみたいになってないかな?何で私の名前を知っているのかわからないけど、そんな事はもうどうでもいいほど胸がドキドキと高鳴ってしまっていた。
その後も意地悪なからかい方をされて大変困ったが、キスをされそうになって初めて正気に戻る事が出来た。
わぁぁぁぁぁ!この人手が早そう!でも、この顔、この声でせまられたら本当にヤバイ!!
私をからかったお詫びになんでも言う事を聞いてくれるそうだが、今は頭が沸騰していて何も考える事が出来ない。
チャイムが鳴ったので、プレアデス様と別れ教室に戻ってきたがまだ胸がドキドキしている。私はプレアデス様の事が気になっていた。教室に着き、アルド様とアンジュに授業をサボって何をしていたんだと問われたが、何て答えたのかも覚えてない。
『約束、な!チャイムも鳴ったみたいだし、またな。次の月の日から登校するから宜しくな!』
そう言ってたっけ。ちょっと強引な人だったけど、嫌じゃなかった自分に驚いている。今日はまだ火の日かぁ。次の月の日が待ち遠しくて仕方が無い。・・・って、ちょっと待って!?ダメよ!何恋しちゃいそうになっているのよ。プレアデス様はアンジュのお相手かもしれないんだから!私とはフラグも立たない相手かもしれないのよ!
そうよ。攻略対象とはフラグは立たないのだから、私はアンジュの縁結びに励まねば。恋なんてしてる暇は無いわっ!
帰りはアルド様の馬車で送ってもらう事になっていたので、アンジュを誘ってみたが、既にアンジュの家の馬車が来ているので二人で帰ってと、断られてしまった。えーーー。アンジュが居ないんじゃ意味がないじゃないのー!それに明日は早くも水の日、明日こそアンジュと殿方を巡り合せなくては。
明日は図書室にでも行ってみようかしら。お米の記述とか書いてある本があればいいんだけども。
「ジゼル。最近のお前はなんだか落ち着きが無いが、何か悩み事があるなら聞くぞ?」
「え?そうですか?」
マズイ。お嬢様としての嗜みが無かったかしら。
アルド様本人の前でアルド様の恋バナ⇒アウト!
お茶の飲み過ぎでお腹を壊した⇒アウト!
授業をサボッた⇒アウト!
完璧に3アウト!チェンジ!!な状態だった。うぅ。細かいものも入れたら3アウトどころでは済まないけど。
「悩みと言えば・・・。金の日にダンスパーティーのお相手を決めなくてはいけないのですが・・・」
「あぁ。その事か。安心しろ、俺はお前と・・・」
「アルド様、是非ともアンジュと組んで頂けないでしょうか?アンジュはご存知の通り、控えめなのでパートナーを決める事が出来ないのではないかと心配出心配で」
「いや、俺は、えーーーーっと。・・・・・・わかった」
「ありがとうございます!これで私も安心できます!」
「・・・・・・はぁ」
アンジュとアルド様のダンスが見れるなんて、きっとお似合いの二人だわ!なんて素敵なの!想像をするだけでも胸熱過ぎる!アンジュがバランス崩したりして、それを支えるアルド様・・・、そして密着する二人・・・高鳴る鼓動・・・っ!あぁぁ、ご馳走様です!!!
めくるめく妄想に夢中になっていた私は、アルド様が吐いた深い溜め息に気付く事は無かった。
「それでは、アルド様、今日はありがとうございました」
「いや、お前が良ければ毎日でも・・・」
「とんでもないです!そんなに毎日アルド様を煩わせる訳にはいきませんので!お気をつけてお帰りくださいませね。おやすみなさい♪」
「あ、あぁ・・・。おやすみ」
心なしか元気の無いアルド様が乗った馬車を見送った私はダッシュで屋敷の中に入り、先ほどの妄想をノートにしたためるのに励んだ。ふっふっふっ。アル×アンネタでロマンス小説を一作書いてみましょうかしら。乙女ゲームもマンガも薄い本も私の好きな娯楽が何も無いこの世界でアンジュと殿方のロマンスを妄想する事は、私の趣味になりそうだった。無いなら作ればいいのよ。自分で。
はっ・・・!!!流石にアンジュでいかがわしい妄想は出来ないから、BLとかどうかしら・・・?BLも、妄想するだけなら合法よね?アル×スティ・・・。いやここはスティ×アルとか・・・下克上?俺様受け?きゃぁぁぁぁ!!はぁ、はぁ・・・ちょっと落ち着いて?他の殿方とのカップリングとかもいいわね・・・。
ネタ探しの為・・・ゲフン!アンジュの未来の結婚相手探しの為にももっと積極的に攻略対象者とお話しなければなりませんわね!
「ウフフフフフフフッ!アハハハハハハッ」
あらゆる殿方のカップリングの可能性について妄想して、テンションが上がった私は声高々に笑い声を上げた。
「まぁ・・・。お嬢様とても楽しそうですね」
「きっと、学園で何かいい事があったのでしょう」
「それに、次の火の日にはお兄様のジルドラ様もお帰りになりますしね」
「ジゼル様が暴漢に襲われたって事で帰省を早めたらしいわ。視察に行かれる際も、ジゼル様も一緒に連れて行くおつもりだったみたいだけど、長期間だし、ジゼル様の学業も大事だというアルド様の説得で泣く泣くジゼル様を置いて出かけた感じでしたしね」
「まぁっ!なんて妹思いの優しい方なのかしら!」
「帰宅の際にジゼル様にお伝えはしたけど、ジゼル様のあの様子では多分もうお忘れになってらっしゃるでしょうね・・・」
妄想をノートにしたためる手が止まらない!今の私はノリにノッているわ!ふふ。これは絶対にお兄様には見せられないわね。あの妹命のそれでいて躾に厳しいお兄様にこんなの見られたら診療所送りにされてしまうもの。でも、私のこのイマジネーションは誰にも止められないわよっ!
大きな大きなお屋敷でたった一人残された少女は、新たなる野望を胸に抱き、興奮で眠れぬ夜を過ごしたのであった。
翌火の日に迫るジルドラ帰宅を知りもせず・・・。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました(^^)