第75話
アマルシスが自分の想いを貫くと決心した。プレアデスに想いを告げた私自身も、正直卒業式の後の事とか、これで本当にいいのかとか不安に思う事もあるけど、何よりもアドアンの公式設定に怯えて暮らすよりも好きな人の傍に居る方がずっとずっといい筈だと思うから。だから、私もアマルシスの恋を応援するよ。アマルシスが悩んだり落ち込んだりした時はいつだって全力で“大丈夫だよ”って背中を押すから。
「・・・出来たっ!」
アマルシスの刺繍も順調に終わり、カミーユ様の応援幕が出来上がった。黙々と作業を進めていたら、完成した頃にはすっかり日が沈んで月と星が夜空に浮かんでいた。
「わぁー!私が縫い付けた所ボロボロー(笑)」
私の作業の遅さとクオリティの低さは本当に申し訳なく思う。応援幕は、ほぼアマルシスが手がけたと言っても過言では無い。
「気持ちがこもっていれば大丈夫よ」
「そ、そうよね!ガンバレーって気持ちは込めたわ」
それと、アマルシスの恋が成就します様にって想いもめちゃくちゃ込めまくった。
「後は確か、レモンのハチミツ漬けと栄養ドリンクも作って持っていくのよね」
「わ、今からとっておきのハチミツを取寄せなくちゃ!」
「アマルシス、頑張ってね!」
「本当にありがとう、ジゼル。ジゼルのおかげで私、前向きになれたわ」
「そんな。私だってアマルシスが居てくれてどんなに心強いか。アマルシスは前世からずっと私の尊敬する人よ」
「ふふ、もの凄い口説き文句だわ。前世からずっと、なんて運命の出逢いみたい」
「えへへー、私の愛は重いわよ?」
「じゃぁ、私も同じ位の愛情をあげるわー」
「「あははははっ!重ーーーーーーっ!」」
二人で思い切り笑って、次会うのはカミーユ様大会の日だねと言って別れた後、そういえば私はアマルシスにアンジェロの事を報告するのを忘れていたという事を思い出したのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
・・・おかしいわ。夏休みだというのに、プレアデスと全然二人きりになれないんだけど・・・。
プレアデスと会う約束をした日はことごとく誰かしらが合流しているのだ。
お兄様にアルド様。時にはアンジュを交えて皆でわいわいと遊んだりした。学生とはいえ、プレアデスだって一国の王子様だ。夏休みといえども毎日が暇な訳では無い。プラネタリアに戻るまでに半日位はかかるのだ。
それでも全く会えていない訳ではないのだから良い方だって受け入れなくちゃなんだけど。
わがままを言って困らせたらいけないしね。
・・・って無理やり自分で納得してだらだらと過ごしていたら、あっという間にカミーユ様の大会が来てしまった。
え?あれ?なんか・・・私ちゃんと皆と平等に夏休みの日数ある?私だけ一週間位少なくない?
「ジゼル様、今日は動きやすい服装にしましょう」
「そうね、それと。ボニーとユミル。あなた達も私の夏休みの間、どこかで何日か連休を取りなさいな」
「そんな、私達が居なくちゃ誰がジゼル様のお世話を・・・」
「大丈夫よ!私だって自分の事は自分で出来るわ。あなた達、この屋敷が襲われた時だって実家に帰ってないじゃないの。お家の人だって心配してるわよ?二人いっぺんじゃなくてもいいし、他のメイドさん達とも相談して、皆で順番に連休を取る事!」
「お嬢様・・・!」
我が家は決してブラックではないのよ。休みを取りたい時は休んだらいい。けど、遠慮してか、不相応とでも思っているのか、誰一人として休みたいと申し出る者が居ないなら、こちらから有給を取る様にと働き方改革を推進していかなくちゃ。
ボニーとユミルだって年頃のお嬢さんなんだし、たまには思い切り好きな事をしてほしい。
「ありがとうございます。こんなにも私達の事を考えてくださるお屋敷はここだけでしょう。私達は幸せ者です」
「大袈裟よ。休みたい時に休みを取るということは当然の権利よ」
「わ、お嬢様!お時間が迫ってますー!お支度しないとアンジュ様が迎えに来てしまいますよー」
そうだった!今日はアンジュが迎えに来て、一緒に会場まで行く約束なのだ。アマルシスは現場直行で、待ち合わせをして、女の子3人で応援する事になっている。
私は慌てて日焼け防止の為、淡いオレンジ色の薄い長袖のワンピースとドロワーズとブーツに花のついた麦わら帽子というファッションで出かける事にした。
麦わら帽子とお揃いの麦わらで編んだポシェットにタオルやお財布をしまって玄関の外でアンジュを待つことにした。
程なくしてアンジュが迎えにやって来たので、アンジュの家の馬車に乗り込んだ。アンジュは水色のワンピースに白いレースのカーディガンを羽織り、白いつば広帽子を被っている。とても清楚で可愛い。
アンジェロと出会ってから、アンジュにアンジェロの面影が重なる時がある。あれから何度もアンジュとは会っているがアンジェロの事はまだ話せないままである。
流石に、アルド様やプレアデスもアンジェロの事を知っているとはいえ、アンジュの出生やアンジェロの境遇など皆の前で決して軽い気持ちで話していい話題では無い。プラネタリアのお茶会から帰る際に、アルド様とプレアデスには二人からはアンジュに話さない様にと口止めをお願いした。
なので、今日はせっかく女の子3人だけなので、カミーユ様の大会後にちゃんと二人に話そうと思っている。
そして、夏休み中にアンジュと一緒にプラネタリアのアンジェロの家まで行けたらいいなと。
「私の顔に何かついてますか?」
向かい合って座っているアンジュが顔を赤らめてこちらを見ている。
「うわ、また私アンジュをガン見しちゃってたわ。アンジュが可愛いから〜!」
「わ、私よりジゼルの方が可愛いですっ」
うをっ。ガン見してた事を誤魔化す為に言った言葉を全力で返されたわ。
「もう、こんなチンチクリンを可愛いなんて言うのはアンジュとプレアデスとお兄様位よ」
「そんな事ありませんよ。ジゼルはとても魅力があります。皆がジゼルの周りに集まり、もっと傍に居たいと思うのです」
「そ、そんな事・・・」
「私も出来ればずっとジゼルの傍に居たいです・・・」
「アンジュ?何言ってるのよ、私達は従姉妹なんだし、ずっと一緒よ」
「そうですね。ふふっ。嬉しいです」
アンジュがこんなにも意見を主張してくるのは珍しい。今は私しか居なくても、アンジェロ・・・実の姉の存在を知ったら変わるかもしれない。
血の繋がった姉妹同士、二人が仲良くなればそれはなんて素晴らしい事なのだろうと思う。
「そういえば、今日の大会の会場はサシャ公園よね。久しぶりねっていうかあの事件以来ね」
「・・・そうですね、まさかあんな平和な公園内でジゼルが暴漢に襲われるとは思ってませんでした・・・。本当に無事で良かったです・・・」
「私もどんだけトラブル体質なのかと悩んだわ。・・・今日は何も無いといいけど」
ラクロス大会は王都から馬車で1時間ほどのサシャの街にある、サシャ公園の敷地内にあるグラウンドで行われる。公園の敷地は広大で、グラウンドや武道館、多目的ホールや小さな動物園、更には湖まであり、ボートや釣りを楽しむ事も出来るので、貴族だけではなく一般市民にとっても人気のスポットなのだ。
アドアンでも休日に行けるデート場所は、好感度を上げるだけなら実は殆どここで用が足りてしまったりする。スチルやイベントをコンプするにはもちろん他の場所にも行かなくてはならないのだが。
ちなみに“あの事件”というのは私が前世を思い出すキッカケとなったアドアンの共通イベント、湖で暴漢に羽交い絞めにされた事件の事である。
湖は動物園や人が沢山居る場所から少し離れた所にある静かな落ち着いた場所で、人気が全く無い訳ではないがあまり人の手が加えられていない場所であるので、茂みが多く誰が隠れていても気がつかないかも知れない事を身をもって思い知った。私が被害者となった事件をアルド様が国王に報告し、自警団の見回りが強化されたみたいだから、私が被害にあった事もアンジュじゃなくて良かった、人の役に立ったのだと思う事にした。何事も無かったからそう思えるんだけどね。
とにかく今日は、カミーユ様やアマルシスにとっても大切な日、アンジュにとっても重要な一日となるだろう。
だから、今日だけは余計なトラブルに巻き込まれない様にと願うばかりである。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました(^^)




