第73話
お茶会の日の夜、アルド様の別荘の一室でベッドに寝かされていた私が目覚めると部屋にはアルド様とお兄様とイアンさんがチェス大会をしていた。
え、この人達人が眠っている横で何してんの?っていうか、話し声や物音で起きない私もなかなかのものだが。
「あの・・・」
「あぁ、起きたかジゼル」
「皆さん何故ここでチェスを・・・?」
「俺はジゼルについていたかっただけだ」
「僕はアルドがジゼルと二人きりになるのを阻止する為に」
「私は面白そうなので」
「はぁ・・・」
各々が自分の思い通りに行動したって事か。窓の外を見るとすっかり日が暮れていた。
「あの、プレアデスは?」
「あぁ、まだ来ていない様だ」
「そうですか」
まぁ、ゲストの対応が長引いているのかもしれないしね。夕食後に来るかしら。
・・・なんて考えてたら、夕食もお風呂も終わってしまったのだけど。やっぱり今日は抜け出せなかったのかしら。ここはお城から少し離れてるしね。
「ジゼル、海にでも行かないか?今日はもう来ないのだろう」
「アルド様・・・。今日は何だか疲れてしまったのでもう寝ます」
「・・・そうか。では、明日朝食前に行こう。迎えに行くから準備しておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
アルド様も心配してくれているんだよね。しかし、アルド様。ブラウスにズボンというラフな格好も似合うわね。改めて私がこんな素敵な王子様と従姉弟だなんて、凄い事よね。プレアデスと出会うまではアルド様が私の1番の推しだったのよね。
「・・・そんな顔するな。抱き締めたくなるだろう?」
「えっ!?だ、抱き・・・って!?」
「フフ。冗談だ。ゆっくり休め」
アルド様はそう言うと、私の頭に手をポンと乗せた。えっ?そんな顔ってどんな顔?私どんな顔してたの!?冗談が、心臓に悪い。
「あーっ!アルドってぱ、少し目を離すとジゼルと二人きりになろうとするんだからっ!」
「はいはい、ジゼルは疲れてるんだから今日は寝るとしようじゃないか。ジルドラ。出来る兄ならこういう時は身を引くものだよな」
「そ、そんなの分かってるよ。勿論だとも!ジゼル、おやすみ」
「はい。おやすみなさい。アルド様、お兄様」
向こうからこちらに走って来たお兄様をアルド様は上手く連れて行ってくれた。私の周りは機転が利く人達ばかりでいつも助けられてばかりだ。私も自分一人でも上手く立ち回れる様になりたいな。私は小さく溜め息を吐いて部屋へと戻った。
部屋は2階の海側にあり、窓から浜辺が見下ろせる様になっているので私は窓を開けて潮風にあたっていた。目を閉じて潮の香りと波の音に意識を傾けるととても穏やかな気分になった。
「・・・ゼル」
あぁ、ほら波の音に混じってプレアデスの声も聞こえてくる様な気さえする。
「ジゼル」
え?気のせいじゃ・・・ない?私は月明かりしかない薄暗い窓の外を見下ろした。
「・・・プレアデス!?」
余りの会いたさに遂に幻覚でも見だしたかしら。でも確かにそこに愛しい人の姿がある。
「受け止めてやるからそっから飛び降りろよ」
「えっ!やだ!怖いわよ」
「大丈夫だ!俺を信じろ!」
「っ・・・。も、もう!どうにでもなれっ!」
大好きな人の大好きな声で『俺を信じろ』って言われて信じない人なんて居る!?私は窓から思い切ってプレアデスめがけて飛び降りた。
「ぅ、うわぁぁぁっ!」
「よっし、捕まえた!」
一瞬の出来事だった。私は見事にプレアデスの腕の中に抱きとめられたのだった。はぁぁぁ。怖かったよぉぉ。心臓がバクバクいってる。
「ちょっと!何でこんな時間に無茶な事を!」
「ハハハ。こうでもしねぇとお前と二人きりになんてなれねぇと思ってよ」
「帰りはどうするのよ?」
「・・・わりぃ。考えてなかったわ」
「ちょっと!」
強引すぎるし、破天荒すぎる。なんて人なの。・・・でも、ちゃんと会いに来てくれた。それだけでこんなにも胸が高鳴るなんて。
「とりあえず、このまま海辺の散歩と行きますか?プリンセス」
「ひっ、一人で歩けるわよ!」
「ダメだ。離してやんねぇ」
ドキッ
月明かりに照らされたプレアデスの悪戯っぽい表情に不覚にもキュンとしてしまった。や、やだぁ。こんなラブラブな感じは慣れてないから恥ずか死にそう。
プレアデスに抱かれたまま浜辺を歩いて、岩場まで辿り着いた所で降ろしてもらった。
「海、綺麗ね。昼間もキラキラしてるけど、夜もまた月の光が反射してキラキラしていて」
「あぁ。すげぇよな。街灯とか無くてもこんなにも明るいんだからな」
ふと、横のプレアデスを見るとキラキラ輝いて見える。うわぁ。これって・・・“ラブフィルター”よね。
“ラブフィルター”とは、意中の相手とのデートの時に発生する演出だ。気持ちが盛り上がった時に発生する。
て事は・・・。わ、私ちゃんとプレアデスルート辿ってるんだ!
嬉しい反面、やはりこれは決められた設定を辿っているだけなのかと思うと手放しでは喜べない自分が居た。
「どうした?なんか浮かない顔してんな?」
「ううん、何でもない。あ、私プレアデスの前世の事をもっと知りたいな」
「別に良いけど、面白くもなんともねぇぞ?」
「すっ・・・好きな人の事は何でも知りたいのよ」
「そっ、そうか(マジか、マジか!?こいつすげぇデレてんだけど?)。まぁ、じゃー座るか」
プレアデスはそう言うと、私を先に座らせてから後ろから私を抱き囲うように座った。これは恥ずかしい。背中にプレアデスの体温を感じる。夏だと言うのに海辺は、海風が吹き夜は少し肌寒いので心地良いが。
「何から話すか?」
「えぇと、じゃぁ名前!」
「須川 冬樹。冬の樹木でとうじゅ」
「とうじゅ・・・。冬生まれだったんだ?」
「あぁ。冬の樹木の様にどんなに厳しくても逞しく育つ様にって」
「次は、職業。公務員とは聞いていたけど」
「中学の体育教師だったよ。剣道部顧問。剣道は昔からやってたからな」
「へぇ!だから、姿勢がいいのね。後は・・・教師になる前はヤンチャしてた?」
「う・・・。・・・してた」
プレアデスはバツが悪そうに答えた。やっぱりね。職業は意外にも教師だったんだ。て事はガッチリした体型だったのかしら?
あの時強盗が来なければ、もしかしたらすれ違っていたかもしれなかったわね。あの時、同じ時間に同じ場所に私達は居た。
もし、あの時すれ違っていたら、私に運命を感じてくれたかしら?まぁスッピンだしパジャマだし、『もしも』なんて無かったわよね。
「俺さ、思うんだけど。あの時、もっと早く強盗に気付いていれば刺される事も無かったし、コンビニの店内で意識不明のお前を救助出来たかもしれねぇって」
「プレアデス・・・」
「でも、こうしてこの世界でお前と出逢って、滝壺で溺れたお前を助ける事が出来た。だから、俺が死んだのも意味があったって事だよな」
「じゃぁ、私が死んだのはプレアデスに助けてもらう為?」
「バカ。ちげぇよ。俺様と出逢う為だよ」
じゃぁ・・・。じゃぁ、プレアデスとの恋は正に命懸けの恋ってやつですか?
それよりも、プレアデスも前世での私達の『もしも』を考えてくれてたんだと思ったら、堪らなく嬉しかった。
「なぁ、名前。前世の名前で呼んでくれないか?」
「と・・・冬樹?」
「おう」
「冬樹・・・、冬樹!」
「ハハ。好きなやつに名前を呼んで貰えるのはいいもんだな」
「わ、私も・・・その、杏って呼んで欲しいな」
「あん・・・か。杏。好きだよ、杏」
「うわ・・・。本当だ。好きな人に呼ばれるとくすぐったいけど嬉し・・・っ」
チュッ
まだ言い終わらない内に、プレアデスの唇が私のほっぺに触れた。
「わ。急にはズルいわ!心の準備がっ!」
「うぉぉ。好きだって気持ちが溢れたぜ」
夜の浜辺で私達は暫し前世の名前で呼び合った。こうして、前世の事を話すシーンは流石にシナリオには無いわよね。これからもこうして、ゲームのシナリオ通りに人生を歩んでいく時があるだろう。でも、定めだからじゃない。自分達で決めた結果だと胸を張って言える人生をこの人と送りたいと思った。
私は後ろから回されたプレアデスの腕にそっと手をあてた。
繰り返し繰り返し寄せては返す、波の音が優しく私達を包んでくれていた。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました((〇┓ペコリ
いつも、ありがとうございます.*✿




