第7話
温室のテーブルでランチを愉しむ私達。スティードが用意してくれたパンはどれも美味しそうで、目移りしてしまう。
アンジュも手作りのお弁当を持ってきていたのでお弁当交換イベント発生中なり。・・・この場合私とアルド様の存在が邪魔ですが、アンジュのお弁当を食べたスティードの好感度を上げるのが目的なので大した問題では無いでしょう。
「うわぁ、これ、アンジュ様が作ったんですか?」
ん?あぁそうか。アンジュにはまだ敬語かー。もうちょっと仲良くならないとタメ口は無理かー。
「はい、お口に合うといいのですが」
アンジュは料理得意なのよ!お菓子だって作れるんだから!あ、でもたまにうっかりミスするけど。
「はむっ。・・・美味しいです!アンジュ様お料理上手なんですね」
「まぁ、ありがとうございます。スティード様のお家のパンもとても美味しいですわ」
「俺も早く親父の様に上手くパンが焼ける様になるといいんですけどね」
「スティード様はお父様の跡をお継ぎに?」
「はい、俺の作ったパンを食べた人が笑顔で幸せになってくれたらいいなってのが俺の夢なんですけど。あ、ほら。あんな風に」
アンジュとスティードの話も盛り上がっている様なので、私はアルド様とスティードの持ってきてくれたパンをご馳走になっていた。私が選んだのは昨日頂いたピーナツクリームのコッペパンだが、アルド様の選んだクロワッサンも美味しそうだ。
「あ、アルド様、その、はんぶんこしません?私クロワッサンも食べてみたくて」
「フッ。お前は食いしん坊だな。ほら」
アルド様がクロワッサンを半分にちぎって私にくれたので、私もコッペパンを半分にちぎってアルド様に渡した。
まずはコッペパンを一口。うんまぁぁぁい♪やっぱり美味しい。このピーナツクリームだけ売ってくれないかしら?パンケーキにも合うと思うのよね。そして、未知なる味クロワッサンをパクリ。
「ふわぁぁぁぁ!美味しいぃぃ♪サクサクしていてミルキーな味わいがなんとも絶妙〜!ね、ね、アルド様!スティードのお家のパンは美味しいでしょ?」
「そうだな、これは驚いた。これ程の味を出すには大変な苦労をしただろうな」
いや本当に。今まで食べてきたどのクロワッサンよりも美味しかった。私がパンを頬張っている間、アンジュとスティードがこちらを見てクスクス笑っていたのだが、それはきっと、私の食い意地が少しはしたなかったからだろう。
「私もジゼルの美味しそうな顔を見るのが好きで、ついお料理を頑張ってしまいます」
「はは。アンジュ様はジゼル嬢の事が好きなんですね」
「はい。ジゼルは昔から私の1番大好きな人です。小さくて、ふわふわしていて可愛くて。でもしっかりしていて頼りになるんです」
「あぁ、わかる気がします。ジゼル嬢は人を惹き付ける力がありますよね・・・ライバルが多そうだな(ボソッ)」
「スティード様、ジゼルは押しに弱いですよ」
「えっ?あっ、あーーー・・・。はい。頑張ります」
「ふふっ。応援しています」
こうして見ると、アンジュはスティードの隣に並んでも良くお似合いだと思った。
楽しい昼食を経て、午後の授業のチャイムが鳴った。私はというと、昼食時の紅茶の飲み過ぎでトイレに駆け込む始末。
ヤバいわね。これは間に合わないわ・・・。後から入ったら目立ってしまうし・・・。仕方が無い。こういう場合はサボるに限るわ!(※良い子は真似をしてはいけません)だってまだトイレから出れないしー!わーん!
ふぅ。まだ少しお腹が痛いけどなんとか歩けるわね。私とした事が不覚・・・っ!またアルド様に怒られそう。授業の時間は既に半分程過ぎていた。
外は良い天気で、ポカポカと暖かそうだったので学園の裏庭に来てしまった。
裏庭には、体育館みたいな建物があり、その脇に薔薇に囲まれたちょっとした憩いの広場がある。
ここなら、死角が多いからベンチに座って日向ぼっこしていても気付かれなさそうね。誰も居ないし。
私は、奥の方のベンチに座り薔薇を堪能しつつぽかぽかとした陽気に包まれていつしか眠ってしまった様だ。
◆◇◆◇◆◇
「・・・信じられねぇな。ここに通ってるのは皆お嬢様なんじゃねぇのか?」
転入手続きの為に訪れた学園の裏庭の薔薇の広場のベンチで、ラベンダーみたいな紫の髪の毛をきっちりと纏め髪にした眼鏡をかけた女子が無防備にも眠っている。この学園は貴族が殆どで、士官学校を卒業したこの国の王子も通っている。この少女だって身だしなみもキチンとしており、ちゃんとしたとこのお嬢様の様に見えるが、何故授業中にしかもこんな場所で眠っているのだろうか。
なかなか面白い女子も居るもんだ。少しだけ興味が湧き、眠っている女子の隣に腰をかけて、しげしげと女子を眺めた。幸せそうに良く眠っている。・・・ん?髪の毛の根元が少しピンクの色をしている所があるな。染めているのか?確か、国王の息子のイトコにピンクの髪の毛でオッドアイの令嬢が居ると聞いていたがまさか・・・。こちらに来る際に、この国の大体の貴族の名前や特徴を覚えさせられた。末端の貴族とかまではうろ覚えだが、国王周りの貴族はほぼ覚えた。確か名前は・・・。
「ジゼル・・・?」
その名を口にしてみると、少女はガバッと跳ね起きた。
「わぁぁぁぁ!!すみませんすみません!サボってしまいましたぁ・・・っ!・・・・・・あれ?」
目が合うと眼鏡越しの少女の瞳が黄色と青のオッドアイなのに気付いた。やはりこの少女はジゼル嬢で間違いなさそうだ。
「あ、あなたは・・・?」
「俺はプレアデス。隣国プラネタリアから来た。こちらの国に滞在してこの学園に通う事になっている」
「プレアデス・・・。あぁ、『昴』ね!」
「・・・今、何て言った?」
「え、プレアデスの日本・・・語って・・・あぁっ!なんか、えっと、そう!外国でそんな呼び方するとか聞いた事あって!!」
「あぁ、そうなのか」
「あ、私自己紹介もしないで。アルド様に怒られてしまうわ。あの、私は・・・」
「ジゼル。ファレイユ公の娘のジゼル・オーランシュ、だろ?」
「えぇぇぇ!?何で知ってるんですか!?」
「秘密♪」
「うぇぇ?なんかミステリアス~~!!」
「ぷっ!随分と君は人懐っこいんだな。君が無防備で寝ている間に襲っていたかもしれないのに」
ジゼルの表情がくるくると変わるのが面白くて、違う表情も見たくなってつい意地悪な事を言ってしまった。
「襲っ・・・!?いやいやいや!え?襲・・・・・・」
お嬢様には少し刺激が強すぎたらしい。真っ赤になったまま固まってしまった。
「ハハハ、本当にからかい甲斐のあるお嬢様だな」
「も、もう~!あんまり免疫がないので勘弁してください!」
「へぇ・・・。そんな事聞いたら余計に責めたくなるのが男だと思うぜ?」
「え?・・・ちょちょちょ!本当に本当にもうダメです!!」
俺のイタズラに必死に抵抗するのが可愛くて可愛くて、ジゼルのストップが無ければ本当にキスをしてしまいそうだった。・・・何やってんだ、俺。いくらなんでも初対面の女子に対してやる事ではないだろ。
しかし、ジゼルの潤んだオッドアイや、首まで真っ赤に火照ったとこを見てしまった途端、理性が吹っ飛びそうになった。
「わりぃ。やりすぎた。今度会った時に何でもジゼル嬢の言う事聞くって条件で許してくれないか?」
「い、いえ、そんな、」
キーンコーーンカーーンコーーン
「約束、な!チャイムも鳴ったみたいだし、またな。次の月の日から登校するから宜しくな!」
俺は少しでも彼女との次に繋がる何かが欲しくて強引に約束をとりつけた。彼女は顔を真っ赤にしたままペコリと一礼して校舎へ消えていった。
さて、先ほどジゼルは“昴”、“日本”と確かにそう言った。明らかに焦って狼狽えていたあたり、もしかしたら俺と同じ・・・。
まぁ、どちらにしてもつまらないだけだと思っていた学園生活も、ジゼルのおかげで楽しいものになりそうだ。
ここまでお読みくださいまして、有難うございました(^^)