第6話
翌朝、私は蜜油の効果を実感していた。凄い、髪の毛が全くキシキシしていない。それどころかツヤツヤしていて若干ふわふわが治まっているかな。
「おはようございます、ジゼル様」
「おはようございます、お嬢様」
微妙な違いだけど、私の事をジゼル様と呼ぶ方がボニーで、お嬢様と呼ぶ方がユミルである。
二人がかりで私の髪を編み込みにしてアップにセットしている。うぅ。大変そう。私は杏もジゼルも不器用なので、器用な人が羨ましい。こんな事を言っては何だが、不器用で何も出来ない私は貴族に産まれて本当に良かったと思う。
「出来ましたわ、お嬢様」
「ありがとう!完璧ね。後はこの伊達眼鏡をかけて・・・と。地味になった?」
「いえ、ジゼル様から溢れんばかりのオーラは消せませんけど。せっかくのオッドアイですのに、メガネなんかでお隠しになられたら勿体無いです」
「ちっちっちっ!ボニー、今の主流は控えすぎるくらい控えめに控えて存在を気付かれるかどうかってドキドキ感を楽しむ事よ」
私はボニーに向かって人差し指を左右に振り、さも本当の事のように得意げに語った。
「まぁ、そうなのですね!確かに大勢の中で目立たぬ格好をしているのに気づいてくれる方が居たら恋をしてしまいますよね!さすがジゼル様!恋の楽しみ方も上級者ですね」
「そもそもお嬢様は好きな殿方いらっしゃるのですか?」
ゔっ、痛いとこを・・・。そして私は断じて恋愛上級者などでは無い。ただ、目立ちたくないだけの話である。
「魅力的な殿方が沢山居て、目移りしてしまうもの」
「ジゼル様もお若いとはいえ、そろそろご結婚を意識なされてもいい年頃ですからね」
「そうねぇー・・・。私はまだ屋敷の人達と一緒に居たいわ」
「お、お嬢様っ。私、私感激ですっ」
「ユミル、泣いている場合では無いですよ!アルド様がいらっしゃる前にジゼル様にご朝食を」
「は、はい!」
結婚相手ねぇ。アンジュの結婚相手は攻略対象者の誰かって決まっているけど、私は・・・。誰かと出会えるのかしら?
さて、朝食を食べないと本当にアルド様が来てしまうわね。今日は不機嫌では無いといいけど。
今日の朝食は、スクランブルエッグとソーセージとサラダとパンだ。あぁ、お米が恋しいよ〜!食べられないと思うと余計に食べたくなってしまうから厄介だ。こんなワガママを言ってはいけないのだけど。
今日は零さず残さず朝食を食べ終えて、今はサロンにてアルド様を待っている所だ。
「お嬢様、先程のお相手の話ですけど、アルド殿下ならお嬢様が隣に並んでもお似合いだと思うんですけど♪」
「何を言うの!アルド様にはもう相応しい方が居るじゃない。私とアルド様は決して結ばれない運命なのよ」
「ほぅ、その話詳しく聞かせてくれるか?」
「えぇ、良いわよ。アルド様はね、ある時に身近に居る可憐で控えめな女性がとっても魅力的だという事に気付き、やがてそれはいつしか恋に・・・ってうわぁぁぁぁぁぁ!!!」
後ろに振り向くと両手を組んで仁王立ちしているアルド様が立っていた。この屋敷には殿下がどこの部屋に勝手に入ろうとも拒める者など居ない。身長183cmのアルド様は立ち姿もビシッと決まってらっしゃる。私は150cm程なのでアルド様の顔を見上げる感じになる。アンジュは157cmなので、私よりは首が疲れないかもしれない。
「随分と楽しそうな話をしているじゃないかジゼル」
「わっ・・・わぁ。アルド様おはようございます。お迎えに来てくださってありがとうございます」
「別に礼など要らない。お前の顔が見たかっただけだ。さて、馬車の中で先程の話をもっと詳しく聞かせてくれないか?その、決して結ばれない運命だとかのくだり・・・」
「ひぇっ!一体どこから聞いて・・・?」
「お前がサロンに入っていく所から見ていた」
つまり最初からって事ね。アルド様の笑顔が、笑顔なのに怖い。決して結ばれないとか、まんま貴方は私の結婚候補者としてはあり得ませんよって言ってるもんね。さぞ上から目線な発言に聞こえたに違いない。それはプライドの高いアルド様には物凄く失礼な物言いだったのだという事を私は反省をしなくてはならない。でも、アルド様本人が聞いてるとか思わないじゃないー!
「「行ってらっしゃいませ。お嬢様」」
「あぁ。帰りも俺が送って帰るからジゼルの迎えの者は寄越さないでくれ」
「はい!かしこまりました!」
えっ!帰りもアルド様と一緒なの!?帰りはアンジュも誘わなくては!ニッコニコしたボニーとユミルに見送られ、アルド様と学園まで暫しの馬車の旅です。
ジーーーーーッ
う、なんか凄い視線を感じるけど。
「その髪」
「あ、ちょっと気分転換に染めてみました。その、おかしいですか?」
「いや、よく似合っている。こういう色も似合うのだな。それに今日の髪型もいい」
アルド様が微笑んでいます。スチル!スチルが欲しい!!くぅぅ、この笑顔は最強すぎる!思わず見惚れてしまう。
アルド様は編み込みアップが好みなのかな?後でアンジュにもこの髪型にしてもらおうっと。あぁ、でもせっかくのサラサラヘアーを隠すのは勿体無いわね。
「ククッ。お前はいつも突拍子な事をするな。見ていて飽きない」
「もう、そんなに笑わないでください!」
「で、俺とお前は結ばれないとはどういう事だ?」
あれ、忘れてなかったの?うまい事流せてるみたいで安心していたのだけど。
「あ、えぇと、それはですね・・・。あっ、そうです。こないだ占いで出たんですよ!」
「占い・・・?」
「えぇ!アルド様にはいずれ、運命のお相手が現れます。だから私とアルド様は結ばれないのです」
「・・・そうか。占いで出ただけで、お前の気持ちでは無いという事だな。俺は占いなど信じていない。人生は己の力で掴むもんだ。だから、ジゼル。よく見ておけよ。本気になった俺を」
「はぁ。わかりました」
なんか、前半はブツブツ言っていて良く聞こえませんでしたが、アルド様の瞳にメラメラと闘志の炎が宿った気がします。アルド様がアンジュに本気のアプローチをするのね!そして私はそれの見届け人・・・任せて!!協力するわ!
◇◆◇◆◇◆
学園に着いて、アルド様と登校をした所、私がジゼルだと気付かなかった人々がアルド様に寄り添う謎の少女として噂を広めており、お昼休みの頃にはすっかり教室にまで見物人が来るほどになっていた。・・・なんかかえって目立ってしまったわ。
「スティード、そういう訳だから温室に行きましょう。ここでは落ち着いて食事も出来ないから」
「あぁ。構わないけど・・・。ははっ。本当にジゼル嬢は毎日見ていても飽きないなぁ」
はい、本日二度目の飽きないもの発言頂きました!こっちは大真面目にやっていて、決して人を楽しませたい訳じゃないのだけど!
「アンジュ、行きましょう」
「えぇ。ジゼルは本当に有名人ね。その髪型もとても可愛らしいわ」
「そう?今度お揃いにしましょうよ!」
きっと可愛い。絶対に可愛い。どんな殿方だってメロメロになるに違いない。
温室は、いろいろな花が咲き乱れており、椅子とテーブルが用意されていて紅茶とか食事を楽しむ事が出来る人気の場所だ。
こんなとこで権力を使うのもアレなのだが、アルド様の席というものが用意されていてそこはいつも空席になっているのだ。だから、私達は大抵ここでアンジュの手作りのお弁当を食べているのだ。
たまに、学食も利用したりするので食べる前にアルド様とアンジュと今日はどうするかを話し合うのだが、昨日は二人の話を全く聞いておらず、気を利かせたつもりが逆に私が約束をすっぽかした形になってしまい、アルド様に怒られたと言う訳であります。約束したのにそれを破ったら怒られて当然よね。
私達は、アンジュと私、アルド様とスティードがそれぞれ向かい合う様に席についた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました(^^)