第57話
私は恐る恐るプレアデスの背に腕を回した。華奢に見えて結構しっかりがっちりとしている。以前の私ならこうして抱き合う事はおろか手を繋ぐ事すら恥ずかしくて出来なかったというのに。
あの時、元カレの背中を追いかけていればこうして触れ合えていたのかもしれない。でも、あの時の私は諦めてしまった。むしろ、今から思い返せば、諦めきれる程度の恋だったのだ。中途半端だったのは、他の誰でもなくあの頃の私。長い間トラウマになっていたけど、それは中途半端な自分を隠し、正当化していた罰だった。
“もっとゆっくり私に合わせてくれればいいのに”
“どうして私の気持ちわかってくれないの?”
“我慢してまで相手に合わせなくちゃならないの?”
自分勝手な考えで元カレの手を自ら離してしまった事を自分は悪くないのだとどこかで思いこんでいた。だからこそ、夢にまで見るほど深く私の心に引っ掛かっていたのだ。
もう、同じ過ちは犯したくない。
今はこうしてプレアデスの温もりを感じていたい。もっとくっついていたい。
「好き・・・。プレアデスが、好き」
好意を口にしてみても、ほんの少ししか伝えられない様でもどかしい。もっと何か、自分の気持ちを伝える術は無いものか。
「俺も・・・、俺もお前が好きだ。ジゼル」
プレアデスが私を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。あぁ、お互いの気持ちが通じあって、触れ合う事ってこんなにも心が満たされるものだったんだ。
プレアデスが少し身体を離し、私の頬に触れ、もう片方の手で優しく髪を撫でた。
私は見つめ合う事が恥ずかしくなって、ギュッと目を瞑ってしまった。
そして、唇に柔らかいものが触れる感触がした。それがプレアデスの唇だと言う事に気付くまでそう時間はかからなかった。
信じられない。私が、男の人とキスをしている。恥ずかしいけど嫌じゃなかった。むしろ、唇を重ね合う事でプレアデスの気持ちが伝わってくる様な気がした。だから、私の気持ちもこのまま伝わればいいと思った。
トサッ
そのままベッドに押し倒された。制服のリボンがシュルッと解かれ、胸元のボタンを外されそうになった所で我に返った。
「だ、ダメェ!!!!!」
「うをっ!?」
私はどこからそんな力が出たんだという位、両手に力を込めてプレアデスを押し上げた。
「こ、これ以上はダメ。そこは、約束を守ってからにして」
「約束?」
「うん。卒業したら改めて告白してくれるってやつ・・・」
「あ、あー・・・。マジかよ。それまでおあずけって事か」
「だって、やっぱり気になるもの。その、私達が卒業を待たずして恋人同士になってしまうのは・・・」
「・・・仕方ねぇなぁ」
私はやっぱり変わらないのか、また自分勝手な事を言ってしまったのかと、プレアデスの仕方ないという言葉にビクッと反応してしまった。
プレアデスは私を抱いたままクルッと、回転して今度は私がプレアデスに乗っかる体勢になった。
「きゃっ」
プレアデスは私の頭を、自身の胸に押し付けるとそのまま私の背中を赤ちゃんをあやす様にトントンと軽く叩いた。
トクントクンとプレアデスの心臓の音が聴こえる。それは少し早めに脈打っている様な気がした。
あ、ちゃんとドキドキしてくれているのだと思ったら胸がキュンとなり、ジワリと涙が出そうになった。
元カレの時の、“好きだけど、仕方がない”ではなくて、“好きだから、仕方がない”というニュアンスなのだと態度で示してくれた。良かった。今度はちゃんと間違えずに気持ちを伝えあう事が出来たんだ。
「一度約束を破ってしまった俺がこんな事を言うのは信用が出来ないかもしれない。俺はお前が望む事はなんでもしてやりてぇ。だから、今度こそお前の気持ちを優先にすると誓う」
「プレアデス・・・。私も、決めたわ。私皆に自分の気持ちをちゃんと伝える。私がプレアデスを好きだって事を」
「ジゼル・・・」
「だって、皆に嘘をつくのは嫌だわ。皆が私に伝えてくれた気持ちに真剣に向き合いたいから」
これが実際にゲームならば、逆ハーレムプレイを楽しんだかもしれない。しかし、こうして私の気持ちにプレアデスが答えてくれている様に皆だってプログラムで動いているとは思えない。ちゃんと心の通った人なのだと。だからこそ、いつまでも気を持たせる事はしてはいけないと思った。
これはバグで、いつか元のルートに戻るのだろうと思っていたがもしかしたら違うのかもしれない。彼らが本気で私の事を好きだと思っていてくれているのなら、いつまでもこうして宙ぶらりんにしていいはずがない。
「よし!そうと決まったら帰るわよ!」
「えっ!?」
プレアデスが私に再び抱きついてイヤイヤという様に顔をぐりぐりとした。
「もう少し・・・お前と一緒に居たい。せめて、後5分・・・」
ドキン
な、なんだろう。気持ちが通じあったからかいつもより余計にプレアデスの乙女ゲームごっこの台詞にドキドキする。
「じゃ、じゃぁ、後もう少しだけ」
「ん。サンキュ」
プレアデスの頭の包帯の隙間から垂れている髪の毛にそっと触れてみると、柔らかくてサラサラしていた。私を見上げ、優しく目を細めている姿が愛おしくて堪らなかった。
私は暫くプレアデスと触れ合ってから家に帰った。なんだかポーッとなってしまってお兄様の話も上の空で聞いていた。
「ジ、ジゼルがおかしい・・・」
「とうとう無視されるまでに至りましたか・・・。プッ!クスクスクス」
「ねぇ、ジゼル、ジゼル!ジーゼールーってば!」
「え?あ、お兄様ご機嫌よう」
「もー!ご機嫌ようじゃないよ!一体全体どうしちゃったのさ?」
「え・・・?どう、とは?」
「帰ってきてもなんにも喋らないし、何かあったの?」
「何か・・・・・・っ!!」
ポッ
やだ、思い出したら顔が火照ってきてしまったわ。わぁぁぁ。プレアデスの顔を思い出すだけでこんなにもドキドキするなんて。
「やっぱりおかしい!熱があるんじゃないの?」
「い、いえ。大丈夫です。あ、お兄様、後でトランプでもやりません?」
「え?本当に?僕と遊んでくれるのかい?わーい!じゃぁご飯食べたらジゼルの部屋に行くからね〜!」
「クスクス、はぐらかされているのに単純な人ですね」
「イアンさん、シーッ!シーッ!」
私はイアンさんに向かって唇に人差し指を当てて口止めのジェスチャーをし、上手くお兄様を部屋に連れて行ってもらった。なんだか、家族に話すのはまだちょっと恥ずかしいから・・・。もう少しだけ言うのは待っててね。ごめんね、お兄様。
「ジゼル様、なんだか嬉しそうですね」
「恋する乙女って感じがしますけど?」
ずっと一緒に居るボニーとユミルには隠せないみたいで、部屋に入るなり二人が声をかけてきた。
「実はね、私プレアデスと両想いになったのだけど」
私が二人にそっと打ち明けると二人は目を見合わせて、とても喜んでくれた。
「おめでとうございます!お嬢様!」
「ジゼル様。昨夜のご様子を心配してましたけど上手くいったのですね」
「ありがとう。お互いに気持ちが通じ合うって事はとても奇跡みたいに素敵な事なのね」
「それではお嬢様は未来の王妃様ですね!」
「あ・・・。それは、忘れてたわ」
「お嬢様・・・」
そうか。万が一プレアデスと結婚した場合はプラネタリアの王の妃となって、プレアデスを支えていかなくてはならないんだわ。うわー!荷が重い!私に出来るかしら?
「ジゼル様、それではこれからはより一層花嫁修業に励まなくてはなりませんね!おまかせ下さい!私とユミルがジゼル様を王家どころかどこに出しても恥ずかしくないレディにしますので!」
「うわぁ。ボニーさんのスイッチが入っちゃいましたよ、お嬢様」
「そ、そうみたいね。とても頼もしいわ、ボニー・・・」
「私達のジゼル様が王妃様に・・・あぁ、なんて素晴らしいのでしょうか!」
いつもなら冷静なボニーなのに、王妃というキーワードでガッツリとやる気スイッチが入ってしまったみたい。私とユミルはそんなボニーを、ただただ見ているしか出来なかった。
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。
今年から小説を書き始めまして、読んでくださいました皆様には大変お世話になりました。
また、来年も宜しくお願い致します。
よいお年を!!




