第55話
家に帰ってからもずっと、私はプレアデスの事を考えていた。あんな顔面蒼白になったプレアデスの表情は初めて見た。
いつも飄々としていて自分に自信を持っていて私が何を言ってもめげずに明るかったのに、たった一度の失敗であんな風になるなんて・・・。違う。たった一度とか関係ない。彼は自分で決めたルールを破ってしまった事に傷付いているのだ。みんなの前で宣言したルールをやぶると言う事は即ち・・・。
私を諦めるという事。
なんだ。私がフラグを折らなくてもちゃんと折れるんじゃない。なら、アルド様もスティードもカミーユ様も今は私を好きだと言っていてもいずれは自然にフラグが折れるんだわ。
そうだ。そうだわ。やっぱり攻略対象者が私を好きになる事自体がバグだったのよ。
・・・・・・・・・っ。本来あるべきカタチになったのに、なんで私の心は晴れないのだろう。
なんで、私の目から涙が零れているのだろう。
「お嬢様、プラネタリアでのお茶会の事ですが・・・」
「は、はい。今行きます」
イアンさんが部屋のドアをノックして、要件を伝えに来てくれたので、私は返事をするとグイッと涙を拭い、深呼吸をしてドアを開けた。
「お嬢さっ・・・どうしました?ご気分が悪いのですか?」
「いいえ、大丈夫です。それより何か?」
「奥様より衣装について打ち合わせをしておく様にと仰せつかりまして」
「あぁ、そうね・・・。あまり派手では無い色が良いわよね。淡いグリーンなんてどうかしら?」
「了解しました。では、その様に奥様に申し伝えます」
「イアンさん、当日は宜しくお願いしますね」
「この様な大役を仰せつかりまして、身に余る光栄であります」
「ん?なんかちょっとイアンさん、いつもと違いません?言葉遣いとか。執事みたい!」
それまで顔色一つ変えずに私と淡々とした会話をしていたイアンさんが、私が放った言葉に少しムッとした様な表情を見せた。
「私だって仕事のオンオフは使い分けておりますが」
イアンさんは右手でメガネをクイッと上げながら、冷ややかな視線を私に寄こした。
うぅ、扱いづらい。いつもの様にからかわれて笑い飛ばされた方がいくらかマシだと思った。
つまりは、イアンさんが“出来る執事”たる所以はこうした切り替えが出来る、という事なのだろうか。
お兄様と一緒の時は、ほぼほぼオフなのに。と言いたかったがなんとなく言うのはやめておいた。
「まぁ、ジルドラ様相手でしたら常日頃普通にオフ状態で充分ですけどね」
私の顔にでも出ていたのだろうか、聞かれても無いのにイアンさんは私のクエスチョンに対してのアンサーを口にした。
・・・という事は、お兄様はお仕事の相手にもあんな感じなのだろうか?少し、いや、かなり不安になった。まぁ、クレーム等がくればお父様が対応なさるだろうから大丈夫か。
「それでは、失礼します。お嬢様」
「えぇ」
“お嬢様”かぁ。イアンさん、昔は私の事も“ジゼル様”と名前で呼んでいたと記憶しているのだけれども。いつからかお嬢様と呼ばれるようになったなぁ。なんでだっけ?
私が考え込んでいると、またもコンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「ジゼル様、少し宜しいでしょうか?」
「あ、ボニー。いいわよ、入ってちょうだい」
「では、失礼します」
部屋に入ってきたボニーは丸めたタオルを数本持参していた。タオルからはホカホカと湯気が出ているので、温かいのだろう。
「どうしたの?ボニー」
「イアンさんから、ジゼル様の目が腫れてらっしゃる様だからきちんとケアをする様にと連絡がありまして。あぁ、本当に目が腫れて赤くなってらっしゃる・・・」
ボニーはそう言うと、私を椅子に座らせて顔を上に向かせ、丁度いい温度まで下げた温かいタオルを私の目の上に乗せた。じんわりとまぶたに熱が伝わってとても気持ち良い。それに、アロマオイルでも染み込ませたのだろうか、ラベンダーのいい匂いがする。
やっぱり私が直前まで泣いていたのバレていたのね。しかし、イアンさんが・・・?あのイアンさんが?私の事など気にも留めていないものだと思っていたけれど。普段からお兄様に同行して一緒に居る機会が少ないから気付かなかったけど、こうしてお兄様の事だけではなく周りにも気を配れる人なのね。
「・・・失礼ですが、ジゼル様が泣いてしまわれるほど心を痛めてらっしゃるのは、何が原因なのでしょうか?」
目の上にタオルを乗っけている状態なので表情は見えないが、ボニーが凄く心配してくれている事はその声から伝わってきた。
「・・・少し。もどかしい思いをしてしまって」
「もどかしい・・・とは?」
「傷ついた友人を元気づけてあげたいのだけど、私の存在自体が友人を悩ませているのだとしたら私が何かをするのは返って逆効果なのではないかと・・・。でも黙って見ているのも辛くて。もしかしたら私の周りに居る人達も私をそう思ってるんじゃないかって思ったら・・・っ」
「ジゼル様・・・。私はジゼル様でも、ご友人でも無いのでざっくりとしか言えませんが、ジゼル様は何かご友人の期待に答えたくても答えられない事で悩んでおられるのでしょう?」
「え、えぇ」
「ならばお互いに歩み寄れるポイントを話し合わなくてはいけないと思います。ジゼル様の思っている事を全て相手にお話になって、それでもご友人が納得されないのであれば暫く時間が必要だとは思いますが」
「相手が私を避けた場合はどうすればいいの?」
「その時は、お手紙などを認めてはいかがでしょう?明日、ご友人の対応を見てからお考えになっても遅くはないと思いますよ」
「そうね・・・。まだわからないものね・・・」
「それに、ジゼル様のご友人方は、ジゼル様がお相手の事を思って心を砕いて何かをする事を嫌がる方々では無いでしょう?ジゼル様が疑心暗鬼になり、自分の気持ちを伝える事を封印してしまっていたら上手く行くものも行かなくなってしまいますよ」
ボニーの言う通りだった。この期に及んでまだ私は自分の気持ちに蓋をしてアルド様達を攻略対象者としてしか見ていなかったのだ。自分の気持ちに素直になったら私は・・・。
「ボニー・・・。ありがとう。話を聞いてくれて。とても心が軽くなったわ」
「いえ、次はジゼル様の恋のお悩みでもお伺いしたいですね」
「あはは・・・。善処するわ」
ボニーはメイドとはいえ歳も近くお姉さんみたいな存在だ。お母様には相談をしにくい事も彼女とユミルになら相談出来てしまうのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日の朝、教室に入るとプレアデスの姿は無かった。今日は休みなのだろうかと心配していたが、始業ギリギリになってから登校してきたので少しホッとした。
休み時間になり、私はプレアデスと話をしようと話しかけようとしたが、プレアデスは休み時間になると、すぐにスィッと教室を出て行ってしまった。やはり、避けられている様だった。
その後昼休みもすぐにどこかへ行ってしまい、さすがにアルド様やアンジュも怪訝そうな顔をしていた。
ええい、このままじゃラチが開かないわ!放課後授業が終わる間際に私はフライングをして後ろに居るプレアデスの制服を掴んだ。
プレアデスはやはり授業終了と同時に帰ろうとしていたのか、カバンに手をかけていた所だった。まさか私が強引に捕まえに来るとは思わなかったみたいで、ギョッとした顔をしていた。
「ちょっと顔貸してもらえるかしら?」
「あぁ?上等だ!!・・・っておい、お前・・・その言い方ぁ」
あれ、もうちょっと言い様があったんじゃないかしら?不機嫌そうなプレアデスを見たら、なんでかタイマン勝負を挑む時みたいなセリフが出てしまった。しかし、元ヤン(仮)のプレアデスはその言葉に間髪いれず反応した。すぐに我に返ってバツの悪そうな顔をしていたけども。
このやりとりに、アルド様やスティードが驚いた顔をしていたが、なんとかプレアデスと話し合いに持ち込めそうなので、結果オーライである。
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。
。+*・。Merry Christmas。+*・。
平日ですが、素敵な聖なる夜をお過ごしください♪




