第53話
お母様去りし後、部屋に残された私はエスコート役がイアンさんだという事実をどう対処すればいいのかを考えていた。
あんなイタズラ好きで人の事をからかってばかりのあの人が大人しくエスコートをしてくれるかしら?私が6つの時に我が家にやってきてからずっと我が家の執事として仕えていたイアンさん。お兄様付きとはいえ、お兄様は私にベッタリだったので、イアンさんとはそこそこ同じ時間は共有しているのだけど。いまいちイアンさんの性格はいまだに掴めない。
という訳で再びボニーとユミルを部屋に呼んで対策会議を始める事にした。
「ボニー、ユミル。イアンさんて確か男爵家の次男よね?」
「はい、そう伺っていますが。ほとんどジルドラ様と一緒に視察や領民達への説明会へ出向いたりと何かとお忙しい方ですからほぼ彼とは話す機会がございません」
そうよね。私ですらここ数年はあまりイアンさんと話す機会が無いもの。ボニーだってそれは同じよね。
「イアンさんの実家について何か知ってる?」
「んー、イアンさんの父親が地方でアヴォカをしているというのと、お兄さんが父親の後を継がれているという事しか知りませんけど・・・」
ユミルも小首を傾げて他に何かないかと思案しているようだ。
「へぇ・・・。そもそも何故家の執事になったのかよね」
「あぁ、それは私達と同じですね。私達メイドや執事は行儀見習い・花嫁修業で奉公に来ています。特にジゼル様やアンジュ様のお屋敷は王家の親族という家柄なので人気の奉公先ですよ。私もいずれは嫁ぐ身、その際にはジゼル様のお傍からお暇させて頂きますけど・・・」
「イアンさんの場合は縁談もお断りになっているみたいなので、もしかしたら何か訳があるのかもしれません」
「うう、わかっては居たけど、二人ともお嫁に行って幸せになってほしいけど離れるのは嫌~~!!!複雑よぉ!」
「お嬢様!」「ジゼル様!」
「「私達はいましばらくはお傍を離れませんから!!」」
私達は3人で抱き合って改めて出会いに感謝した。我が家に来てくれてありがとう、二人には感謝しかなかった。
しかし、イアンさんは何故結婚せずにこの屋敷に留まっているのだろうか。まぁ結婚するしないについては大きなお世話なのだが。まさか本当にお兄様とデキてるんじゃないでしょうね?
『あ・・・、ダメだよイアン・・・』
『抵抗してはいけませんよ、ジルドラ様。私は貴方の身体の全てのケアを任されていますので』
『や・・・、そんなトコ・・・』
『私にお任せください。決して辛い思いはさせません・・・』
ふぉぉぉぉ!!めくるめく夜!!私の脳内で二人は仲睦まじく一緒のベッドでイチャイチャしている。そっか、そういう事なら仕方がないわよね。ふふ、お幸せに。
私は脳内妄想と現実を無理やり同一のものとし、不足分の情報を補うという間違った情報処理をした。
「とりあえずは隣国の王妃様主催のお茶会ですし、旦那様と奥様もご一緒なのですから、いくらイアンさんでも滅多な事はしでかさないとは思いますから安心なさってても大丈夫ではないでしょうか?」
ボニーが紅茶のお代わりを淹れながら私を励ましてくれた。
「そ、そうよね。最近はいたずらしてるとこしか見てないけど、イアンさんはキレ者だものね!」
あんまりおどおどしているのもおかしいわよね。よーっし、為せば為る!!よね!結局のところ、具体的な対策案も出ずにこの日の作戦会議は終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、私は厨房でジョセフと一緒に皆に配るお菓子作りに励んでいた。ふぅ。私はお菓子作り初心者なのにアップルパイとか難易度の高い物に挑戦してしまった事を多いに後悔していた。単純に私が自分で食べたかったのだけど。
パイ生地を作り、カスタードクリームを作り、りんごの皮むき&カットとか工程が非常に多く悪戦苦闘していた。
「お嬢、リンゴの皮剥きは俺がやりますから・・・あぁっ!!」
「だ、大丈夫!!・・・・・・ほらっ!」
「ほらって、剥いた皮の方が身がありそうですよ。すももみたいな大きさになっちまったじゃないですか」
「ふぅ・・・。私ってば何をやってもダメね・・・。意地になって食材を無駄にしてしまってごめんなさい」
練習あるのみなのだろうけど、練習していたら食べ物を粗末にしてしまう。あぁ・・・。ピーラーがあれば・・・。ショボン。
「お嬢!そんな事はないですぜ!この剥いた皮はアップルティーにしやしょう!贅沢なやつが出来ますぜ!で、こっちの小さなリンゴは半分に切って芯をくりぬいて、そこにカスタードを詰めて2つを合わせてパイ生地で包んだら・・・ほら!まるごとリンゴパイだ!」
「まぁ!ジョセフってば天才ね!ジョセフの手は魔法の手だわ!」
ジョセフは私が生み出した見るも無残な残骸を素敵な素材にしてくれた。美味しくて素敵な料理が作れる素敵な手。私の手よりも大きなジョセフの手。
「お嬢のこの小さな手だって、今はまだ思う様に動かないかもしれないけど練習すればなんだって出来ますぜ!魔法の手見習いってトコですかね」
「本当?」
「ええ。このジョセフが保証しますぜ」
ふふ。ジョセフは私のもう一人のお父さんみたい。実父とは間違っても一緒にお菓子作りなんて出来ないけどね。
私は焼き上がったアップルパイを一つ一つ分けて、冷めたら袋に入れてリボンで縛った。
まるごとアップルパイをジョセフにプレゼントすると、ジョセフは
「お嬢が一生懸命剥いたリンゴで作った、こんなにも美味しそうなアップルパイは初めてだから、食べるのがもったいねぇです」
と言って喜んでくれた。お世辞でもその気持ちが嬉しかった。我が家の使用人達は本当に出来た人達ばかりで我が家は恵まれていると心から思った。
ジョセフにお礼を言って厨房を後にすると、お兄様がイアンさんと一緒にセジュールでくつろいでいた。テーブルの上にチェス盤が置かれており、お兄様が白(先手)の様だ。見るからに嫌らしい手でイアンさんにじわじわと追い詰められている。性格が出るわね。
「あー、ジゼルー!もうお菓子作りは終わったのー?」
「はい。今しがた。あ、そうだ。これ、お兄様とイアンさんに」
私はカゴの中からアップルパイを2つ取ってそれぞれに渡した。
「わー!ありがとう、ジゼル!上手に作れたね!」
「これはこれは、私にまで、わざわざありがとうございます」
あれ?もしかしてイアンさん甘いもの嫌いだったかしら。
「イアン、要らないなら僕が食べるから頂戴!」
「いえ、私が頂いたものですから」
「だってあんまり嬉しそうに見えないしー!」
「今は対局中ですので表情を崩す訳にはいきません。それに、これでも喜んでいるんですよ」
そう言ってイアンさんは一瞬だがフッと微笑んだ。喜んで貰えているなら何よりだ。
その笑顔は、いつも私達兄妹をからかう時に見せる笑顔とは違う感じで優しい笑みだった。うわぁ!一瞬だったけど、あんな表情も出来るのね。
アップルパイは上手く出来たかどうかはわからないが、ジョセフにつきっきりで完成まで見届けてもらったのだから、問題ないと思いたい。
「お蔭様で、こういった心理戦で戦うゲームは得意ですがね」
「うわぁぁぁぁ!動かせる駒がいつの間にか無くなってる・・・!」
「チェックメイト、ですね」
「わぁ!お見事!」
まぁ、お兄様は顔に出やすいというか、戦い方も猪突猛進な感じで策略もへったくれもないからなぁ。かといって別にチェスが弱いという訳ではなく。むしろイアンさんが上手すぎるのだ。
お兄様とイアンさんはすっかり冷めてしまっている紅茶を啜り、私が作ったアップルパイを食べてくれた。
「ジゼルは天才なのかもしれない・・・。こんなに美味しく作れるなんて」
「プー!クスクスクス。はいはい。お嬢様は天才です。お顔が粉まみれなのも天才ゆえに、ですかね。クスクス」
「えっ!?やだ!私この顔で何人かの使用人とすれ違ってしまったわ!」
急いで部屋に戻って鏡を見たけど、粉なんてついていなかった。もう、私ってばまたイアンさんに騙されてしまった。
むぅ。本当にこんな感じで無事にお茶会を終える事が出来るのかしら!
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました(^^)




