第33話
プレアデスの部屋は、どこか甘い様な匂いがする。それは、普段彼自身からも時折ふわっと薫る。
「ジゼルはイチゴの紅茶と、リンゴの紅茶どっちがいい?」
「あ、じゃぁ、リンゴで」
「へへっ。ジゼルが好きそうな紅茶を取り寄せておいたんだ」
「・・・ありがとう」
むぅ。照れながらそんな事を言うプレアデス。前世が近所の公務員のお兄さんて事で私と同じ境遇の人物だ。同じ日に同じ人物に殺された。そして、滝壺で溺れかけた瀕死の私を救ってくれた恩人・・・。
「ジゼル、それでな。日の日にあるお茶会なんだが、俺の国のバッセーロ伯爵家が主催なんだが、そこの娘が俺に惚れてるとかで断ってもしつこいんだよ」
「へぇー。流石王子様。モテモテです事」
「やめてくれよ。マジでヤバイんだから」
プレアデスが深刻そうな顔をしている。
「バッセーロ伯爵家の令嬢ミレーヌは俺達より2つ歳上の18なんだけど、断っても断ってもめげないっつーか。だから恋人同伴って事にして、お茶会に参加すれば諦めるんじゃねぇかなーって」
「なんだ、同族嫌悪なんじゃないの」
「ちげーって!!聞けよ。俺に近付く女に片っ端から何らかの方法で制裁を加えてるらしいんだ」
「は・・・!?」
「中には髪の毛を坊主にされた令嬢も居るらしい。手荒な連中とつるんでるって話だ」
「はぁーーー!?ちょっと!そんな危ない女が居るとこに私を連れてくなんてどういうつもりよ!!」
そんなヤバい女に目をつけられたらたまったもんじゃないわよ!!しかも恋人役とか。こっわー!!
「悪い。でもお前なら家の爵位がミレーヌのとこより上だし、アンジュには荷が重いだろう」
「そ・・・そうよね。アンジュを危険な目に合わせる位なら私の方が適任よね」
なんだ。つまりはそういう事ね。私の家と同等の爵位があれば誰でも良かったんじゃない。でも、アンジュよりは私の方が図太そうって消去法で選ばれた訳ね・・・。あれ、なんかムカムカしてきた。
「それに、アンジュを危険な目に合わせでもしたらまずお前に殺されるだろ」
まー、その通りなんですけど。
「わーるーいって。こんな面倒事押し付けちまって。そんな怒んなって」
「べっつに怒ってないですー!」
「じゃぁ、拗ねてるのか?」
ひょいっと私の顔を覗き込んできた。私はすぐさま顔を逸らした。
「・・・拗ねてない」
「おーい、ジゼルさーーん?」
「私、帰る!もう話は終わったでしょ!」
「お、おい、待てよ!!嫌だったら断ってくれていいから」
席を立った私の腕を、プレアデスが掴んで離してくれない。
「・・・私が断ったら誰を誘うの?」
「誰も誘わねぇよ。そもそも俺は・・・、お前だから誘ったんだし」
「え?・・・私だから?」
「そうだよっ!恋人役なんて頼めるのはお前しかいねぇだろ。もしお前に何かあっても、俺が絶対に守ってやるから」
「お・・・・・・」
「お・・・・・・?」
「お、お茶!おかわり注いでくれる?」
私は再び椅子に腰をかけた。け、決して腰が抜けた訳ではない。断じてない。ありえない。
「あぁ・・・。ったく王子に紅茶淹れさせるのなんてお前くらいだからな!」
プレアデスの淹れたお茶を飲みながら、いつの間にかイライラが収まっている事に気付いた。このお茶、鎮静効果でもあるのかしら。
「それにしても物騒ねぇ。そこまであなたに入れあげるなんて何かきっかけとかあるの?」
「いや、全然思い当たる節がねぇ。あ、いやちょっと待てよ?」
プレアデスは軽く握った拳を口の前に持っていき、何か考えこんだ。
「去年城主催で行われたお茶会の時にミレーヌ嬢が頭につけていたリボンを木の枝に引っかけていたのを取ってやった事があったけど、まさかそんな事ぐらいで惚れる訳ないよなー。そんなんで良ければ前世の俺もモテモテよ?」
「再現」
「ん?」
「それを私で再現してみてよ」
「あぁ、いいけど」
私とプレアデスは立ち上がって、私の髪飾りが木の枝に引っかかったと想定したイメージで再現してもらった。
「こんな感じで、こう、取ってやっただけなんだけど。で、『今日は風が強いから気をつけろ』みたいな事言った様な・・・」
プレアデスは背が高いので、楽々と木の枝のリボンを取ってあげたのだろう。困っている時に助けてくれたのはまさかの王子様ご本人で、しかもこの至近距離から見上げた王子様の整った顔。からのイケボ。うん、こりゃー恋するわね。ってか、私の心臓もバクバクよ。
「間違いない。それよ」
「マジかよ?」
「あなたは自分の声と顔の威力を分かっていないのよ!!大抵の女子は、そんな人にこんなに近付かれたら恋に落ちるわ」
「じゃぁ、今お前俺に恋したか?」
「すっ!するわけ無いじゃない!」
「だよな。なーんで惚れないんだろうなぁ?」
・・・それを言うなら、私だって、なーんでアンジュルートにいかないんだろうなぁ?って思ってるわよ。プレアデスに限った事ではないけど。
「あ、だいぶ遅くなってしまったわね。そろそろ失礼するわ」
「あぁ、じゃぁ馬車を出してもらうよ」
私はプレアデスに送ってもらった。馬車を降りた時に、プレアデスが私に向かってこう言った。
「当日は相手の陣地だからな。何が起きるかわかんねぇから、お前はずっと俺の傍に居ろよ」
「わかったわ。じゃぁおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
何が起きるかわからない・・・。何か対策出来る事とかあるかしら。私はプレアデスの馬車を見送りながらそんな事を考えていた。
しかし、ミレーヌって娘はエルミール嬢以上に悪役令嬢かもしれないわね。用心しなくては。
「あ・・・。ドレスコードを聞くのを忘れてしまったわ。まぁ、いいか」
屋敷の中に入り、ボニーとユミルに日の日のお茶会の事を報告して準備に入ってもらう事にした。
「あぁ、そうだ。明後日のダンスパーティーの衣装は出来てるかしら?」
「はい。スティード様のも仕上がっています」
「あ、じゃぁ明日届けておいてくれる?学園に持って行く訳にもいかないからね」
「かしこまりました。お嬢様、なんかご機嫌じゃないですか?良い事でもありました?」
「えっ?いつも通りの平凡な一日だったわよ。平凡・・・っ」
やだ、よくよく思い出したらなんかすっごい事ばかり言われていた様な・・・。プレアデスは、“好き”とは言っていないけど、ストレートな表現してくるのよね。
「ジゼル様?」
「なっ、何でもないわ!それより、今夜の夕食は何かしら?」
「ジゼル様のリクエストメニュー、キノコソースのオムレツとサラダとパンです」
「わー!やったぁ。楽しみ〜♪」
今夜も美味しいご飯をありがとう〜。本当はオムライスが食べたい〜。
その日の夜の事、私はいつもの様にボニーとユミルを部屋に招き、BL談議・・・では無く作戦会議を開いていた。
「日の日のお茶会で、プレアデスとはぐれた時の対策を練っておいて損はないと思うの」
「そうですね。対殿方と対淑女、複数の場合など色々なパターンを用意しておいた方がいいですね」
「冴えてるわ!ボニー。女性だけなら、そんなに危険な事は無いと思うけど、殿方の場合はどうするのが一番かしらね」
「やっぱり大声を出す、とかじゃないですかね?」
ユミルの提案は無難かつ準備は要らない。
「何か武器でもドレスに仕込んでおきますか?」
ボニーの提案は物騒だけど、ドレスの下に何か仕込むのはいい考えね。
「そうね!じゃぁ、何を仕込もうかしら・・・」
「言って下されば直ぐにご用意いたしますよ」
「ありがとう、ユミル。じゃぁ、あれと・・・あれ」
「わかりました!!」
こうしてあれやこれやとしている内に夜もふけていくのだった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました┏○ ペコリ




