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第15話

 “いいかい、ジゼル。食事をする時は、いくらお腹が減っていてもがっついてはいけないよ。大きな口で沢山頬張るのもダメ。パンはかぶりつかずに少しずつ千切って食べなさい。あぁ!そうやって舌なめずりをしてはダメだよ。手についたのも舐めちゃダメ!ちゃんとナプキンで拭く事”


 お兄様にダメ出しをされ続けたお陰で“してはいけない事”を沢山学んだわ。どう考えても“すべき事”を覚えた方が早いのだが、私の頭はそんなに柔軟には出来ていないらしい。

 はぁ。どうにかレディらしく振舞えたと思うけど、こんなチビチビと食べてもなんだか食べた気がしない訳で。せっかくの美味しいグラタンもよく味わえなかった。


 うーん。アルド様とお出かけはいいんだけど、申し訳無いけど気を遣ってしまって、ちょっと窮屈に感じてしまう。なんだかお兄様がもう一人増えたみたいで・・・。私アルド様推しなんだけどなぁ。こうして見ていてもとても男前で素敵なのだけれど、手を繋いでいてもドキドキしない。元々恋愛対象とは思ってはいないけど、なんでかな。私と一緒に居るアルド様じゃなくて・・・アンジュ(主人公)と一緒に居るアルド様に萌えるのかも。この場にアンジュが居れば、そしてアルド様と手を繋いでいるのがアンジュであったなら、また違ったのでしょう。


 その時どこからかふわっと美味しそうなパンの香りがした。辺りを見回すと一軒の可愛らしいメルヘンチックな木造のパン屋があった。匂いはここから流れてくるのだろう。

 看板には『カラスのパン屋』と書いてある。へぇ、面白い名前ね。


「アルド様、私少しあのお店を覗いてみたいのですが」

「あぁ、構わないぞ。行ってみるか」


 あの、そろそろ手を離して頂きたいのですが・・・。わかってる。王子様が手を繋いでくれるなんて、こんなチャンスは滅多に無い事とか、贅沢だとか。でも、パン屋なのだから、両手は空けていたい。


 店内に入るとパンのいい匂いが濃くなり、なんだか幸せな気分になった。うわぁぁぁ。並べられたパンはどれもこれも美味しそう!

 ん?このコッペパンは、スティードのくれたパンじゃない?カラス・・・、クロー・・・!あっ!ここがスティードの家のパン屋なんだわ!


「いらっしゃいませって・・・殿下とジゼル嬢!?」


 奥から焼き立てパンが乗ったトレイを持ったスティードが出てきた。やっぱり!


「まぁ、やはりここがスティードのお家のパン屋さんだったのね。美味しそうな匂いに誘われて来てしまったわ」


 白い調理服に身を包んだスティードは、トレイを陳列棚に置いて私達の元へ来た。


「殿下とジゼル嬢は・・・今日はデートですか?」

「へっ?」


 あぁ、手を繋ぎっぱなしだからか。


「えぇと、今日はアルド様のつきそ・・・い」

「そうだ。ジゼルが好きそうなパンを適当に見繕ってくれ」

「はい。少々お待ちください」


 ぎゃぁ!なんか繋いだ手をグイッと引っ張られて、アルド様にピッタリくっつく体勢になってしまったわ!ち、近くない?流石にこれは恥ずかしいんですけど。てか、アルド様、デートと聞かれて肯定してなかった?それより、自分で選びたかったなぁ。しょぼん。


「お待たせしました。ジゼル嬢の好きなコッペパンとクロワッサンにナッツが入ったデニッシュ等甘めのパンをチョイスしました」

「あぁ、ありがとう。さぁ、帰るぞ。ジゼル」


 スティードからパンの入った紙袋を受け取り、またも強引に私の手を引っ張って外に向かうアルド様。どうしたのだろうか?アルド様がエスコートを忘れるなんて・・・。


「スティード、また月の日にね!私の好きなパン入れてくれてありがとう」


 私は繋がれていない方の手でスティードに手を振ると、スティードも私に手を振ってくれた。


「・・・お揃いの服で手を繋いでるのはどう見てもデートだよなぁ・・・はぁ。」

「どうした、スティード?」

「親父。・・・なんでもない」

「明日から大口の仕事が入ってるんだからシャンとしろよ!」

「わかってるよ」


 パン屋の少年は窓の外の二人を見送るとそうな独り言を呟いた。そして、先程のアルド殿下の優越感に満ちた眼差しに多少の苛立ちを覚えていた。アルド殿下は間違いなく自分の気持ちを知っている。だからあの時わざとジゼル嬢とくっついてみせたのだと。

 少年はこの後、苛立ち紛れに乱暴にパンを扱ったのを父親に咎められるのであった。



「アルド様、手が痛いです。そんなにギュッと握られては」

「あ、あぁ。すまない」


 アルド様の私の手を握る力が少し緩んだ。といってもまだ私を解放する気は無いらしい。

 この後も手を繋いだまま数件の店に寄って、迎えに来た馬車で帰路に着いた。


「では、アルド様。今日は色々ありがとうございました」

「礼を言うのは俺の方だ。俺に付き合ってくれてありがとう」

「いえ、楽しかったです」

「そ、そうか!お前が楽しかったならいいんだ。また、付き合ってくれ」

「はい。今度は是非アンジュも一緒に。ではおやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 ふぅ。とても疲れたけど、アルド様がご機嫌で帰られたので良しとしましょう。


「お帰りなさいジゼル様」

「お帰りなさい、お嬢様!」

「ただいま、あぁボニー。料理長に今夜はグラタンが食べたいとお願いしてちょうだい。あ、出来れば魚介が乗ったものを」

「はい、かしこまりました」


 もちろん昼間のリベンジである。思い切り味わって食べるんだーい。


「あっ、そうだ。もう!今日の服、アルド様と被っていたじゃない!かろうじて兄妹に見えたからいいものの」

「えっ、お嬢様・・・。それわざとですが」

「えっ!何で!?失礼じゃないの」

「いえ、アルド殿下は喜んでいらっしゃいましたよ。今朝だって私達に(ねぎら)いの言葉を・・・」

「えっ、そんなに兄妹ごっこがしたかったのかしら・・・」

「アルド殿下・・・不憫」

「えっ?何か言った?」

「いえっ、何でもないです」


 私はユミルがずっと微妙な顔をしているのが気になったが、それよりもスティードが選んだパンの紙袋に何が入っているのかということの方に興味があった。

 スティードとロクに話もせずさっさと店を後にしてしまって悪い事をしたわね。

 場所も覚えたし、後でゆっくりとパンを買いに行こうっと。



「お嬢様、お食事の用意が整いました」

「はーい。もうお腹ペコペコよ〜」

「え?アルド様とお食事したんじゃないんですか?」

「うー、食べたけどあんまり、食べた気がしなかったのよー」

「胸がいっぱいでですか?」

「そんな訳無いじゃない。テーブルマナーと凄い気を遣ってしまって」

「アルド様お可哀そう・・・」


 再び微妙になってしまったユミル。でも、ジョセフが作ったグラタンもきっと美味しいだろうなぁって事で頭がいっぱいな私だった。家の料理長のジョセフだって味ではお城の料理長に負けていないと私は思っている。パンはスティードの家の方が美味しいけど。

  


 食事と湯浴みを終えて、明日の準備をする私。えっと、滝に打たれる時は・・・肌着でいいわね。あんなとこ誰も居ないでしょうし。

 タオルと、着替えと・・・、後お弁当とおやつも持って行こうっと。きっと体力使ってお腹が空くわよね。


「ボニー、ユミル。明日は、教会の先にある滝まで行くわよっ」

「ピクニックですか?」

「いいえ、修行よ!己の精神を鍛えに行くのよ!!」

「え?しゅぎょ・・・?」


 先程までニコニコしていたボニーが一瞬で真顔になった。


「ジゼル様、危ない事はやめてくださいね」

「大丈夫!!準備万端だから!」


 やる気満々準備万端のこの主を誰が止める事が出来るだろうか。お互い顔を見合わせて溜め息をついたボニーとユミルの二人であった。

ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました(^^)

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