第10話
放課後、私とアンジュはお米についての文献を探しに図書室に来ていた。
ルシアン様は定位置、窓際を背にして座って読者をしている。
「ルシアン様、ご機嫌よう」
「・・・・・・」
私は、ルシアンに挨拶を済ませてから本棚へと向かう。返事が無いのはいつもの事だ。
入学して間もない頃にアンジュの為の殿方の調査でルシアン様の元に暫く通っていたが、相手にすらしてもらえなかった。しかし、そんな事でめげる私ではないので変わらず通い続けた所、ルシアン様が根負けしてプロフィールを教えてくれた。教える代わりにもう読書の邪魔をするなと言われたが。
それでも挨拶をしても返事こそ無いが、目を合わせてはくれるのでさほど迷惑ではなさそうである。
私とアンジュは農作物の本を何冊か手に取り、ルシアン様が腰掛けてる机の隣の長机に座った。勿論私は、ルシアン様を背にして、アンジュとルシアン様が対面する様に配慮して座った。
ペラペラと本を開くと小麦はあるけどお米は載っていない。やはり、この地では馴染みの無いものなのだろう。
「あ、ジゼルここの所なのですけど、ちょっとこちらに来て貰ってもいいですか?」
「えぇ、何か見つけたかしら?」
私は、アンジュの横の席に座ってアンジュが開いている本を覗いた。
そこには色々な作物が書いてあった。その一部分に遥か東の地にKOMEという作物を育てている地方があると書いてあった。
「KOME・・・!これかもしれないわ!凄いわアンジュ!でも遥か東の地か・・・」
「でも、実際に存在する作物なのは間違いないとわかりましたね!」
「そうね!希望はあるわね!よーし!他にもKOMEについて載っているものがあるかもしれないから頑張りましょう!」
「ええ。私もう少し文献を探してきますから、ジゼルはこのままここにある本を調べててください」
「了解〜!お・こ・め♪お・こ・め♪」
アンジュは奥の本棚に文献を探しに行った。私は先程の文献にKOMEという作物が書いてあった事で少しKOMEに手が届く一筋の光を見出していた。少し浮かれていた。気付いたら鼻歌まじりに調べものをしていた。
ふと、視線を上げると対面のルシアン様と目があった。そのままだと気まずいのでニコッと微笑んでみたが、ルシアン様の視線はすぐにルシアン様の手元の本に移されてしまった。ヤバい。鼻歌うるさかったかな。・・・っていうか、これ。アンジュと私役割反対じゃないー!?ルシアン様の目にアンジュを焼き付けさせなくてはいけないのに、のほほんと鼻歌歌ってるうるさい娘という無駄な記憶を植え付けてどうするのよ。くっ!私とした事が、なんの考えも無しにアンジュの言うとおりにしてしまったわ。よし、今すぐ交代に行こう!!私は見終わった本を数冊持ち、アンジュの所へと向かった。
「アンジュ〜!交代しましょ。細かい字で目が疲れてしまったわ」
「それは大変です!もう今日はこのくらいにして帰りましょう!」
「え、いや。あの。調べもの・・・」
「ジゼルの方が大事です!!」
「でも、せっかくKOMEが・・・」
「ジゼルの方が大事です!!」
わ、わぁー。アンジュが頑固モードに入ってしまったわ。大失敗よ。意外にアンジュは一度思った事は曲げない所があるのよね。はぁ。今日は素直に帰るしかないわ。
「ごめんなさいね、アンジュ。心配してくれてありがとう。また明日にしましょうか」
「ええ。そうしましょう。また明日お付き合いします」
「じゃあ、机の上に広げた本を持ってくるわねっ」
私は手に持っていた本を棚に戻し、机まで向かった。
「・・・ジゼル。ごめんなさい。貴女の為なんです・・・」
「え?何か言った?」
アンジュが何か呟いたみたいだったので、振り返ってみた。
「いえ、何も」
「そう?じゃぁさっさと片付けちゃうわねー」
「はい。お願いします」
図書室をあとにして、帰りの馬車内にてアンジュの恋心を探ってみる。
「ねぇ、アンジュ。この学園て、素敵な殿方が沢山居るじゃない?お付き合いしたいって、殿方居たかしら?」
「え、私は・・・素敵な殿方は沢山居ますけど、私はジゼルと一緒にいる事が幸せです」
「むーっ、アンジュ。それはとても嬉しいけど、それでは貴女がお嫁にいけなくなるわ」
「ふふ、今はそれが私の幸せですから」
アンジュがニコニコと可愛らしい笑顔でそう答えた。私は昔からアンジュのこの笑顔に弱い。
「も、もう。可愛いんだからっ!じゃぁ、もう暫くだけ私のアンジュで居てもらおうかしら」
「はい、喜んで」
そこは喜ぶ所ではないのよ、アンジュ。ふぅ、アンジュってばなんだか恋愛にまるで興味が無さそうなのよね・・・。これじゃ乙女ゲームが成立しないじゃない。乙女ゲームの主人公なんて、清純なフリして、したたかに狙った殿方の好みリサーチは勿論、完璧なまでにその殿方の色に染まるのが鉄則じゃない!場合によっては複数の殿方の好みを把握する位隠れ肉食なのよ!あ、いや。アンジュはそんな腹黒な事は出来ないでしょうけど。それに乙女ゲームの攻略対象の殿方は、ほぼ受け身!!恋人一歩手前くらい親しくなるまでは受け身なのよ!だから最初は主人公から近付いて行かなくては始まる恋も始まらないのよ!あーでも、細かく言ったら乙女ゲームの主人公ではなくてプレイヤー側の話か。・・・ん?プレイヤー?プレイヤー=主人公の恋心とすると、プレイヤー無しの乙女ゲームの主人公って事?いや、・・・まさか、ね。流石にそれは考えすぎよね。
チラッ
ニコッ
アンジュは変わらずニコニコしている。先は長そうだけどどうにか殿方との接点を作らなくては。アルド様の事が好きなら話は早いんだけどな。
アンジュを送り、屋敷に帰るとボニーが信じられない事を言ってきた。
「ジゼル様、昨日もお伝えしましたが念の為・・・。来週の火の日にジルドラ様が戻られます」
「えっ!?何故!?」
「ジゼル様が暴漢に襲われたからです」
「あっ、あー、あれね。毎日何かと忙しくてすっかり忘れてたわ」
「ジゼル様・・・。そうですね、早めにお忘れになられた方が良いです」
ちょっと待って!?お兄様が帰ってくるですって!?わー!!この髪の色を見たら怪しまれるじゃないの!
「ぼっ、ボニー!今すぐ髪の毛の色元に戻すわよ!!」
「了解しました。ユミル、準備するわよ」
「大丈夫です!こんな事もあろうかと、髪色を戻す準備はしておりました」
「じゃぁ、夕食前に済ませてしまいましょう」
あぁ、出来るメイドさん達が居てくれて良かったわ。本当に。そして明日また学園の皆に特異の目で見られてしまうのよね。お前は一体何がしたかったんだよ、と。私だってこんなつもりじゃなかったわよー!大きな屋敷でいたれりつくせりの気ままな一人暮らしを満喫していたのに。さよなら、私の充実した日々よ・・・。
我が兄ジルドラは私と7つ歳の離れた23歳独身。今の所彼女も居ない様だ。兄もオッドアイだが、兄は右目が黄色で左目が緑である。見てくれは良い方だし学園だって首席で卒業するほど優秀だし、決してモテない訳ではない。歳も歳なのだから、お嫁さん貰って早く落ち着いたらいいのに。ただ、彼には大きな問題があった。それは重度のシスコンである事だった。
何をこじらせたのかは知らないが、“ジゼルを理想の女性に育てる”と、私の躾に目覚めてしまったのだから、厄介だ。
何をするにも私の側に常に寄り添い、行動をチェックしてくる始末。興味対象がさっさと違う女性に向かうと良いのだけれど。
わーん!お父様ー!お母様ー!戻らなくていいと、お兄様を説得してぇ!私の自由がー!私の趣味がー!
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました┏○))ペコッ




