第1話
「うっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!遂にアルド様を落としましたよ!!」
私は乙女ゲーム「Adorer un ange 」を全クリした所だった。
年末年始の休暇を利用して、買ったはいいが忙しくてやる暇が無く積みゲーになっていた乙女ゲームを片っ端から食うものも食わずに熱中してプレイしていた。中でもこの“アドアン”は一番楽しみにしていたゲームなので、一番最後にそして一番丁寧にプレイしたのだった。因みに私は好物は最後までとっておくタイプである。
ピローン♪
『オールクリアおめでとうございます!クリア特典が開放されました』
あぁ、そうだ。全クリ特典として隠しキャラのエピソードが開放されるんだっけか。まだまだ終われない・・・。
“Adorer un ange”、通称アドアンは中世ヨーロッパを舞台にした恋愛ゲームで主人公は教会の神父様が運営する孤児院で育てられ、お手伝いの買い物先で馬車に轢かれそうになったこどもを助けた。これをたまたま見ていた公爵夫人が自身に子が居なかったのもあって是非自分の養女にと主人公を引き取る事を決意したのだった。
主人公はそれまでの暮らしから一変した生活を送る事になったが、決して驕る事無く今まで育ててくれた神父さんの教えを忠実に守り、真面目で素直な娘に育っていった。しかし、義父が国王の弟という大変高い身分なのにその娘は出自不明だと馬鹿にされ、学友から酷い虐めを受けてしまう。そこに助けに現れたのが義理の従兄にあたる国王の息子のアルド様であった。良くも悪くも悪目立ちしてしまう主人公にいつしか引き寄せられる攻略対象者達。
良き協力者の主人公の義理の従姉妹と共に、充実した学園生活を送り3年後の卒業式に告白されるまでをプレイするのだ。
はぁぁぁぁ。このアルド様ってのが凄いいい男なのよねぇ~!正に王子様って感じで。攻略も最後まで取って置いたほどお気に入りのキャラだ。と言っても王子様なので攻略難易度も一番高いのだけれど。
さて、隠しキャラ攻略前に腹ごなしでもしようか・・・。ずっとゲームをやりっぱなしだったので、目がショボショボするしいい加減何か食べないとヤバイ気がする。
私は台所へ行き、冷蔵庫の中身を見て愕然とした。・・・無い。食べ物が何も無い。私は一度冷蔵庫を閉めてまた開けてみたが、何度見ても無い物は無いのだ。あるのは牛乳とわさびやカラシ等の調味料だけだった。
「・・・嘘ぉーん。どんだけ乙女ゲームに没頭してたんだって話だよね」
私は独り言を呟き、コンビニに出かける準備をした。コートを羽織れば部屋着のままでもいいよね。と、なんとも女子力ゼロの思考で財布を持って家を出た。
外に出ると夜間なのもあり、空気がピリピリと剥き出しの顔を容赦なく冷やしていく。うぅぅ、寒いなぁ。何か温かいもの・・・、あぁそうか。今日は大晦日だっけ。じゃぁ、年越し蕎麦位は食べなくては。私は験担ぎも好きである。
ピロリンピロリン
コンビニ内はほんわかと暖かく、眼鏡が一瞬で曇ってしまった。店内は大晦日という事もあってか、夜も遅い時間だというのにいつもより人が居る様な気がする。ふふ・・・。独身のオタク女子なんて私くらいよね、と自虐的な事を考えながらお弁当コーナーに向かった時に、
「動くな!!!」
という野太い男の声が後ろから聞こえてきた。訳がわからず後ろを振り向こうとした瞬間、後ろから男に羽交い絞めにされてしまった。
「きゃ・・・!」
「おっと、騒ぐんじゃねぇ!騒いだらこの喉を切り裂くからな!!」
私の喉元に刃物を押し当てて、お弁当コーナーを背にした男は店員に金銭の要求をした。酒にでも酔っているのか、アルコールの匂いが凄い。てか、ど、どうしよう!?怖い・・・。怖い・・・!!
男が店員に声をかける為に後ろを向いた隙に、店内に居たカップルの男性が果敢にも男に向かって飛びかかり、刃物を取り上げようと男の腕を掴みましたが、男は更に逆上して物凄い力で私を締め上げて暴れだした。
「く・・・苦しいっ」
男の腕が首を締め付けて息が出来ない・・・。誰か・・・。誰か助けて・・・。
酸欠により意識が朦朧とした瞬間、
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
と男の野太い悲鳴がこだました。と、同時に私の喉を圧迫していた男の腕の力が緩んで私は開放されたのだった。
男はそのままドサッと地面に崩れ落ちた。・・・一体何が起きたのだろうか?
とはいえ、私も呼吸をするのに必死で男を気にしている場合ではなかった。
「ごほっ・・・ごほっ!はぁっ、はぁっ・・・」
「おい!!大丈夫か!?」
助けてくれたと思われる男の人が、なんだかアルド様みたいだったけど、私の意識はそこで途絶えてしまったのだった。
◆◇◆◇◆◇
朝日の光が差し込んで、私の顔を照らしたので眩しくて目を開けたら、そこは見覚えの無い天井だった。
まさか、あの犯人に拉致られたのかな!?私は思わず跳ね起きた。
辺りをキョロキョロと見回してみると、部屋の家具は白とピンクで統一された可愛らしいアンティーク調の家具で、このベッドだって天蓋付きの高そうなものである。・・・こんな部屋が犯人の部屋な訳が無い。じゃぁ一体誰の・・・。
コンコン
私が熟考していると、ふいに部屋のドアをノックする音が聞こえた。私を助けてくれた方かも知れない。私は元気ですとお伝えせねば。
「はーい」
ガチャッ
私が返事をすると、ドアが開いて一人の女性と共にアルド様に良く似た人が入ってきた。女性の方は控えめで可憐な感じの可愛らしい少女だ。腰までのサラサラとした長い栗色の髪の毛が特徴的だ。
「あ、あ、アルド様・・・!?」
「なんだ?意識はハッキリしているようだな。ジゼル」
えっ?私がアルド様と言うと、返事をしたよ?ジゼル・・・って私の事を言っているのかな?こ、声まで声優さんと同じ声とか!うぉぉぉ・・・。ヤバイ。萌え死ぬ。が、しかし私はジゼルでは無いのでここはちゃんと否定しとかないとね。
「あの、人違いでは・・・?」
「ジゼル・・・?アルド様の事も、私の事も忘れてしまったのですか?」
「え・・・?」
私はこの少女を見た事がある・・・?どこで・・・。そしてアルド様も・・・知ってる・・・?
その瞬間、色んな映像が頭の中に流れ込んできた。
目の前の少女は自分の義理の従姉妹にあたり、親友でもあり、幼き頃から一緒に居た事。
アルド様と自分は従兄妹同士である事。
幼き頃の3人の思い出がどっと波のように押し寄せた。
え・・・っと、これはつまり。乙女ゲームのやり過ぎでとうとうアドアンの世界に入った夢を見ているのかな?きっとそうだ。でもどっから?コンビニ強盗は?あれも夢?
そうだ、もう一回寝よ?ね?そしたらいつもの部屋の中に戻るわ!私はそう思って再びベッドにダイブした。
ボフン・・・モフン・・モフ・・・
違う違う!私の布団はもっと、こう、固い筈。こんなにふわふわじゃないの!!もう一度ガバッっと跳ね起きたが景色は変わらず。ポカンとしたアルド様と少女がこちらを見ている。
「ジゼル・・・。あんな事があったんだもの、混乱しててもしょうがないわ。あぁ、でも貴女が無事で本当に良かった・・・っ」
そう言って少女は私の元へ駆け寄り、ぎゅっと私の手を握った。少女の手は少し冷たく、私が少し冷静になる位の効果はあった。
ベッドの感覚もあるし、少女の手の冷たさもちゃんと感じる。では、私は本当にアドアンの世界に来てしまったのだろうか?じゃぁ、沢渡 杏は?コンビニ強盗に襲われて命を落としたのだろうか?
目の前で心配そうに私を見ている少女だって、アルド様の事だってちゃんと知ってる。しっかりとここでの世界で暮らしてきたという記憶もちゃんと存在する以上考えられる事は・・・。
『転 生』
その二文字が脳裏をよぎった。まさか。そんな小説みたいな事があるものか。では今のこの状況をなんと説明すればいいのかもわからない。
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございましたm(__)m
10/25 アドレ様⇒アルド様に修正しました。うう、主要人物の名前間違えてごめんなさい!




