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その夢は蝶の羽ばたき  作者: siki
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 最近よく夢を見る。

 他愛もない日常の夢。


 夢と言えば”胡蝶の夢”というものを、ふと思い出した。


 胡蝶の夢。

 人が蝶になった夢を見たのか、蝶が人になった夢を見ているのか。

 自分が人であるのか、蝶であるのか。

 これが夢なのか、現実なのか。


 夢か現実か分からなくなるなんて、想像するとちょっと怖い。

 怖くはあるけど、正直なところ夢は夢で、現実は現実なのだから、分からなくなることなんてないと思うんだよなぁ……。




※※※




 朝比奈あさひな 理恵りえ、ごく一般的なOLが居た。

 ごく一般的、が何を指しているのかはともかく、少なくとも当人も周囲も普通の枠に収まると見解を一致させる女性だ。


「今日も夢を見たんだよー。」


 事務所に出勤してきた理恵の声が響く。

 OLなんて洒落た言い方をしているが、普通の事務員だ。

 この会社は小さいと言うほどではないが、大企業に分類されるほど大きくは無い。赤字にはならずに地道に黒字を重ねるという点は、優良な企業であるが。


「また夢を見たの?」


 一緒に出勤してきた理恵の同僚である絵里えりが、理恵の話に付き付き合う。

 理恵と絵里、同じ”り”と”え”が名前にある者同士で気が合うようだ。

 名前の音が似ている二人だが、髪型が違うので外見で受ける印象は違う。理恵は黒髪のボブショートで、絵里はダークブラウンに染めた髪の毛をポニーテールにまとめている。


「そうなんだよ。何の夢だと思う?」

「分かった! あれでしょ、会社で仕事をする夢!」

「大正解ー!! よく分かったねー!!」

「すごいでしょ!」


 クイズ形式で楽し気に話し、笑いあっている。しかし、その質問はすでに何回目かも分からない。その回答も毎回同じ。

 そろそろマンネリ化しないのだろうか。しないから繰り返しているのだろうが、傍から聞けばそろそろ飽きる。


「でもさ、起きても仕事で寝ても仕事って、もうイヤになっちゃうな……。」

「あぁ、私も仕事の夢よく見るけど、疲れるよね。」

「やっぱり仕事の夢、見るよね!」

「見る、見る! ストレスが原因かな?」

「それは言ったらダメだって!」


 そう言って、理恵と絵里のコンビは仲良く笑う。

 どうやらこの会社の事務員は、ストレスから仕事の夢を見て、それによって疲れをさらに溜めているらしい。

 夢くらい自由にしたいものだが、出来ないから二人はこの会話を繰り返すのだろう。


 今日もルーチンワークのようなほぼ変わり映えの無い会話を終えた。



 ___




 仕事中、理恵は不思議そうな声をもらす。


「あれ? なんでこれが?」

「どうしたの?」


 理恵の声に反応し、絵里が会話を始める。


「なんか、昨日郵送したはずの書類があるんだけど、今日って水曜日だよね?」

「今日は……えっと、何曜日だ?」


 理恵と絵里が仲良く首を傾げる。

 すかさず、同僚で向かいの席に座る女子事務員が答えた。


「今日は火曜日ですね。」

「火曜日だって。そうだ、今日は火曜日だ。」

「え、火曜日? それなら今日が郵送する日か。」

「朝比奈さん大丈夫ですか?」


 理恵は笑って答える。


「あははー、たぶん今日見た夢で送ってたんだ。そんな気がする。きっとそう。

 ちょと混乱したみたいだよ。送り忘れてた訳じゃ無くて良かったー。」

「夢でも仕事して、現実でも仕事して……いつまでたっても終わらないねぇ。」

「もう、ほんと嫌になるなぁ。」


 冗談めかして言いつつも、疲れを覗かせる声だ。


「大変ですね。」

「仕事の夢もそうだけど、曜日感覚も時々狂うよね。私は今日が木曜日な気分だったよ。まだ4日も仕事しないといけないなんて憂鬱だぁ。」

「それは嫌ですね。私もそういう時が有りますけど、逆の火曜日だと思ったら木曜日だった時とか、得した気分になります。」

「確かに! そういう時もあるね!」


 頷きあって同じ課員ある女子3人は笑う。

 

「大体は、感覚の曜日より、実際の曜日の方が休みから遠いけどねー。」

「そうですね!」

「確かに!」


 そう言って、さらに笑う。

 楽しそうに話しているが、楽しいのだろうか。彼女達は疲れているようだ。


 一応だが、この後3人はすぐに仕事に戻った。

 多少の私語は、上司が聞いていても特に注意はしない。女子社員が仲良くやってる方が、事務所は平和なのだ。



___

 



 昼休み。1時間の休憩時間も、デスクでお弁当を食べる女子社員たちの声が響く。


「そういえば、今日の夢は仕事でミスをしてた気がする。」

「あー、嫌だねぇソレ。」

「今急に思い出したんだけど、1000で発注しないといけないのに、10000になってて大変なことになってた。」

「千と万! それはダメだ!」


 絵里の返事に、頷く理恵。

 確かに、たった一桁の千と万の違いは大事だ。

 1つが100円だと、千で10万円、1万なら100万円。90万円も余分な発注になってしまう。そんなことになっては大変だ。


「そういえば、昨日その発注したんだよね。不安になってきた。」

「もう一回チェックしたら? 今なら間に合うでしょ?」

「そうだよねー。なんか不安だから確認するよ。」


 休憩時間はあと10分ある。

 しかし、理恵はガサガサとファイルを開いて発注書を探し始めた。

 絵里も話しかけずにその様子を見ている。

 この課の一角だけ、理恵が発注書をめくるペラペラという音だけになり、隣の課の女子社員の声が大きく聞こえた。


 この課にも男性社員はいる。彼女たちの上司も男性だし、他にもう1名居る。あまりしゃべらない上席者につられてなのか、女子社員の会話を邪魔しないように気を使っているのか、私語は非常に少ない。

 ともかく、物静かなだけで居るのだ。近くで話していれば、聞こえる。しゃべっていない人も、案外聞いているものだ。

 そして、そんな金額の大きいミスの可能性があるとなれば、思わず課一体となって見守ってしまうもの仕方が無い。


 そして、理恵は見つける。


「あ、ウソ……。一、十、百、千、万。どうしよう、やっちゃった……。」


 小声の独り言で、何が起きたかは明白だ。

 あいかわらず隣の課の女子社員の声も聞こえるが、この一角の静まり返っていた課員にはこの独り言が聞こえていた。

 理恵はもう一度発注数の桁を数え直すが、印字された文字は変わらない。


「大丈夫だって! お昼終わったら、電話しようよ! まだ間に合うでしょ!」

「うん、そうだよね。そうだといいんだけど。」

「発注したのは昨日ですよね? それならまだ変更出来ますよ! 納期は短く無いですよね?」

「急ぎにはしてないよ。大丈夫かな?」

「いけるよ、いける!」

「大丈夫ですよ、たぶん!」


 二人の女子課員に慰められているが、理恵は涙目だ。

 休憩時間の残り数分は重い沈黙で過ぎ、休憩終了のチャイムと共に理恵が発注先に電話をする。


「―――数量変更、大丈夫ですか? ……良かったです! ありがとうございます!」


 電話中の声が、明るくなる。間に合ったことが分かる。

 凍ったような課の雰囲気がいつも通り戻る。

 

 電話を終えた理恵が受話器を置き、深い安堵の吐息をこぼした。


「間に合ったよー。よかったー。」

「よかったね、間に合って!」

「良かったです!」

「二人ともありがとー。冷汗掻いちゃった。昨日、2回チェックしたのに間違ってるなんて……。」

「人間、間違えることもあるよ! 今回はセーフだったから大丈夫!」

「そうですよ! 間に合ったから大丈夫です!」

「そうだね。間に合って良かったー。」


 理恵はやっと笑った。

 仕事だから、ミスは駄目だ。それでも、ミスをすることもある。何度確認したつもりでも、間違ってしまうこともある。

 今回は間に合ったが、もう少しでミスになったという肝を冷やした経験で、今後の理恵のチェックの集中が上がるだろう。

 だから、今回はこれで良い。会話が聞こえていた上司も、ホッと胸をなでおろして沈黙のまま業務を始めた。


「それにしても、正夢? タイミング良かったよね。」

「そうですね。こんなことがあるなんてスゴイです。」

「そうだねー。私もびっくりだよ。でも、ミスの夢って時々見たりしない?」

「あー見るかも。」

「私も、見たこと有ります。」

「だよねー。前にミスの夢を見た時は不安で朝一に再チェックしたけど大丈夫だったから、今回本当にミスしてるなんて思わなかったよ。」


 ミスをした夢を見たことがある。そして翌日にで再チェックをしたこともあるのか、2人とも「あー。」と同意の声を漏らした。


「やっぱり、不安だから夢で見るのかもしれないですね。 今度夢で見たらきちんと再チェックするようにします。」

「私も夢で見たら、絶対もう一回確認するよ。」

「夢、侮れないね。今日の夢も仕事の夢だったけど、感謝しかないよ。」


 ただの夢。そう割り切ってしまうには、現実に影響が有った。

 

 神妙に頷く三人。そして、ひっそりと会話を聞いていた男性課員も、ミスをする夢を見たら必ず再確認することを心に決めた。

 もしこの課の社員が朝一で唐突に書類を漁り始めたら、そういう夢を見たということだろう。




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