まんねりからさよなら
田舎というほど田舎でもなく、都会といえるほど発展した場所でもない。
そんな場所にどこにでもありそうな私立の大学があった。
そしてそこで事務員という仕事を務める、物語ならばモブ間違いなしであろう男がいた。
これは、そんな男とその周りの生徒達の、波乱の多き物語である。
顔が怖いと言われてきた。更にいうならば目つきだと。
その目つきは、社会人になってから更に悪くなってきた気がする。ストレスで。
「毎日、毎日事務作業……しんどいったらありゃしねぇ」
やりがいがどうこうではない。生きるための作業になってしまってしまった。
俺――神代 優は、去年の十月に大学職員の中途採用試験を受けて、見事合格はしたものの、仕事に対してのモチベーションがいまいち上がらず、最初はきついと思っていた仕事も、今では慣れてしまった今は仕事にまんねり感がどうしても出てきてしまう。
自分以外の社会人は何を楽しみに毎日生きているのか知りたくもある。
「ユウ君あんた、元気出しなさいよー今日から入学式終えた子達が授業受けに来るんだから」
同じ職場の年配の女性である井上さんの声が聞こえてきた。
そうは言われてもここは学生支援課だ。
教授ともなれば、ゼミだ授業だと忙しいものだろうが、ただの事務職員である俺のところに生徒と関わる機会なんてほぼないだろうし、そもそも関わっていきたいとも思えない。
「新人ちゃんももうちょっとリラックスしていいんだからねー」
「はい。わかりました」
さっきの井上さんの質問の答えが自分のデスクの向こうから返ってきた。
仏頂面で端的に返事されたそれを聞いて、職場の空気がまた少し冷たくなった。
「…………………」
どこからかため息が聞こえてきそうになる。
自分の前のデスクに座っている彼女は、狐塚 葵。今年の新卒で入ってきた子で、その黒髪は肩くらいまで伸びており、顔立ちも整っている。身長は160くらいで、スタイルも悪くないといえるだろう。だが、問題は無愛想なこと。氷の女王というあだなを付けられていてもおかしくないだろう、誰も寄せ付けない空気を体中にまとっている。彼氏がいるかどうかも定かではないが、男どころか全人類に興味がないような素振りだ。
自分も目つきが悪いほうではあるが、この後輩も大概だろう。
前の職場ほどではないが、この職場もこの職場で問題はありそうだ。
俺は小さくため息を吐いた後、仕事に戻った。
いつも通りの日常だ。ただ過ぎていくだけの日々だ。
そんなことわかっているからこそ、いまさら落ち込むでもなく、ただただその時間は過ぎて行った。
午後の業務も後半戦にさしかかってきた。
今日から授業を始める生徒達もガイダンスを終え、各部活の勧誘に引っ掛かっていることであろう。午前中に何人か新入生が来たが、トイレの位置や授業の取り方など、基本的な質問なのでそつなく終わった。一番カウンターに近い席なので、生徒対応は任されているが、生徒に近付くたびに生徒に怯えられる。特に新入生だとここまでの目つきはあまりみないのだろう。午前に来た生徒皆一様にわかりやすくひかれてしまった。
うまくいかないなとは思うが、こういう顔なので仕方ない。
諦めきった同僚の方々から集まる視線を無視して、今日最後の仕事に取りかかろうとした時だった。
「せんせええええええええええええ!!」
元気の塊みたいな茶髪女子がカウンターまで突っ込んできた。
さすがに中までは入ってこなかったが、勢いが既におかしい。
自分の仕事もまだ残っているため、極力深入りしないように事務的に処理することに決める。
「新入生?用件はなんだい?」
出来るだけ易しめの仕事用言葉づかいに直した。うまくいっているのか、相手にいつものびくつく様子はない。
「はい!新歓で私が入りたい部活がないんで、作りたいんですけど!」
「何の部?」
「オカルト研究会!!」
そんなに元気に叫ぶ部活名でもない。
「とりあえず部活作るためのマニュアル本渡すから、それ読んで条件満たしてからまた来てね」
はい、とマニュアル本を渡す。と同時に、その学生はその場で本を読みだした。
「なるほどなるほど……顧問と副顧問となる大人二人と、部活であるなら部室を……」
「まあ、申請するには顧問となる教授の許可やら色々準備がいるんだから、ここは一度帰るとかだね」
「え?顧問ってここにいる先生達でもいいんですよね?教授じゃなければならないとかそんなこと書いてませんし」
「いや、顧問は『先生』にお願いすることって書いてるだろうちゃんと。俺達は大学職員であって――」
「大学の先生ですよね?教授でなくても、先生は先生ではないですか!」
なかなか説明が難しい。
高校で言う職員室みたいなものだから、新入生がそう思っても無理はないが。
それに、先生みたいな部分がゼロであるとも言い難い。大学のイベントの際には仕切ったり説明する機会もある。サラリーマンと先生の半々といえないこともない。そんな微妙な仕事が俺の職だ。
「えーっとだな、大学で先生というのは――」
「いいんじゃないですか優君?顧問をやってみても」
年配の女性の声が後ろから聞こえてきた。何を言っているんだこの婆さん。
「いやいやいや何言ってるんですか井上さん。一大学職員が顧問だなんて聞いたことないですし、教授にやっていただくのが通常でしょう」
『何言ってやがる婆。冗談じゃねえぞ教授にやらせろ』をオブラートに包んで言ったが、
「でも規定にはそんなものは書いてませんし」
ふざけるなババア。と頭を抱えたくなる。本当に有り得ない。
「いいじゃないですかユウ先生!ちなみに部室にできる所ももう見つけて確保してます!!」
「誰が先生だ!大体無断で部室候補だとかまずいでしょう井上さん!」
「そうですね……無断では少し困ります」
後ろで井上さんが困った顔をする。それはそうだ。
事前にやるべきこともせず全てが突発的すぎる。非常識というものだ。
これは彼女も流石に怒るべき。
「では歩君、その部室の候補となっている場所がどこになってるか見てきてくれますか?」
ババアーーーーーーーーッ!
ついに脳内でなく現実で頭を抱え込んでしまった。
だが叫びたくなる口だけは必死に自分の手で閉じた。間一髪とはこういうことだ。
「誰がババアですって?」
心の声が漏れていたのだろうか。ブッチギリアウトだった。
「じゃあユウ先生!ついてきてください!案内しますよ!」
「ユウ君、ちゃんと使えるところかしっかり調査してきてね。これが資料。それでこれが構内のカギ束ね」
井上さんから軽い冊子の資料とカギ束を受け取る。
やはり嫌な気持ちが先行してしまい、表情に思いきり出してみるも、井上さんは黙ってやれと言わんばかりの笑顔。さっきの暴言も見逃してもらってる以上、もはややるしかない状況にまで追いつめられる。
結局俺は、こんなわけのわからない生徒の問題に関わることとなり、バッグに関連資料だけ詰め込み、その生徒に着いていく形になってしまった。
「調査するだけだぞ。顧問は教授に頼めよ」
「かーらーの?」
「ぶっ飛ばす(あっはっはっは)」
「せんせーこわい!」
意図せず心の声と本音が入れ替わってしまった。
オカルト女子と二人で歩き、部室候補の場所に向かう。
高校生そのままのノリに対して嫌悪感を出しながら、スタスタと歩く。
「実際はそんな口調なんですねーユウ先生ってワイルドです!」
「あ?なんで名前……ああ、井上さんが言ってたか」
「そうですよ!私の名前は――」
「言わなくていい。どうせ覚えないから」
もう完全に素の性格が出てしまっているのは自覚しているが、このテンションに合わせていつもみたく優しい敬語を使ってやる体力は残っていない。
そもそも今の時間帯は定時を超えている。
サービス残業の時くらいはこんな態度でもセーフだろうと自分に言い聞かせ、さらには学内の自販機でジュースを購入。定時じゃないからセーフだ。
それを飲んで歩きながら、しつこめのテンションで絡んでくる女子大生の言葉を右から左へ流す。しばらく学内の奥に向かって歩いていると、そこには少し古びてはいるが、小屋のようなものが見えた。
「あ!あれですよあれ!」
「やっと着いたかよ……わりと遠かったな」
「一応新歓やってる他の部活の先輩達にも、この小屋どこかの団体が使ってないか聞いたんですけど、どこも使ってないっておっしゃってて!」
漫画などでもよく見る、外にある体育用具の倉庫の形をしていた。
窓から中を覗いてみると、古ぼけた椅子や机がある。だが、埃やゴミのたまり具合から、長い間使われていないんじゃないかということは容易に想像ができた。
だがそれでも、わりと立派な建物ではある。掃除して綺麗にすれば、快適な部室にできるのは学生から見てもわかる。こんな好条件の建物を、他の部活の生徒やゼミなどで使われることをしなかったのかと、少々疑問も残った。
井上さんからもらった資料を見て、他の団体が使っていないか確認してみる。
だがいくら調べても、この建物を以前に使ったという記録が残されていなかった。
「?おかしいな……一度も使ったことがないなんてありえねえだろ」
「あ、来た!おーい二人とも!こっちこっち!」
資料に疑問を抱いている中、目の前の女子が本校舎のある方向に手を振った。そこには走ってくる二人の男の姿があった。一人は派手な金髪。もう一人は男にしては少し長めの黒髪だった。
「お前行くのはえーよ!どこいったかもわかんなくなっちまったじゃねえかよ!」
「ほんといい加減にしてほしい……ん?この人誰?」
「私たちの部活の顧問の先生だよ!」
「いや,ちが――」
「お、まじでかよおい!ちなみに何の教科だ?理科?社会?算数?いや待て!顔で当てるぜ!」
「顔でいうなら生活指導じゃないか?目つき悪めだし」
「なるほど!こええしな生活指導!」
今どきの大学生はこんなに人の話を聞かないものなのか。あと算数はない。
ひとまず男子生徒二人を落ち着かせて、自分が大学職員で、オカルト研究会の部室にできるかの調査をしにきたことについての話をした。
二人の話も聞くと、なにやらオカルト女子を含めた三名でこの研究会を立ち上げるつもりらしい。三人は高校時代で部活は違えども仲が良かったのだとか。
「で、高校では部活違ったけど、大学では同じ部活で青春満喫しようぜってな感じで俺達は部活立ち上げを
決めたわけだぜ!」
さっきから頭が悪い感じのテンションで喋ってくる金髪男の名は堺尚虎。
算数とか言ってたのもこの男。
「その部活をオカルト研究会に決めたのはあいつの趣味です」
例の女子を指さしながらスマホをいじっている男が三方宗輔。
「ふふふ、その私の名は平野つぐみ!よろしくね!」
そして無駄にハイテンションな問題児女子だ。
そんなことよりも業務を早いところ終わらせたい。
「この建物のことだけどな、今のところどこかの団体が使っているということはないらしい。が、念のためもう少し調べたい。そこの金髪男子」
「へ?俺?」
「体力ありそうだな」
「もちろんだぜ!」
「教務課までこのメモもってダッシュ。事務職員の人に見せて、資料をもらってきてくれ」
「えー?なんで俺が――」
「いってきてくれるなら、これをやろう」
先ほど自販機で購入したジュースの缶をちらつかせてみた。
「任せろ!!」
堺はすぐに教務課に走って消えてしまった。安いなおい。
最も、俺は『飲みきった空き缶』を彼にあげるつもりなのだが。
誰もおごるとは言っていない。言葉通りこの缶をそのままあげるだけだ。
「とりあえずこの間に部屋の中調べるか」
預かっていたカギで該当するものを突き刺してドアを開ける。
中に入ると、外から見るよりもずっと埃まみれの部屋だった。
窓を開けて換気し、合わせて中の明かりをつける。
地面にもゴミがいくらか散乱しており、その中には古ぼけた本もあった。
部屋の隅に本棚がある。そこからとったものだろうか。
タイトルの文字を見たが、読めない。どこの国のものか見当もつかない。
「?ユウ先生!その本なに?」
「知らねえよ。いいから掃除してろ」
平野が絡んできたが一蹴して本を開く。
タイトルがわからない文字だ。中身も期待できないだろうと思っていたが、驚くことに一部は日本語で書いてあった。
わからない言葉もありながらも、なんとか日本語の部分を読んでいこうとしたが、内容がくだらないものだとわかるにはそう時間はいらなかった。
「身体能力を上げる魔術、炎の力を持つ魔術……へえ、すごいですね」
俺が読んでいる最中、後ろからそのページの分を読み上げる声がした。
少し暗めの長髪男子、三方宗輔だ。平野がその言葉に反応し、俺のところまで寄ってくる。
「え?なにそれなにそれ!私も見る!!」
「……先生はオカルト信じない人ですか?」
「自分で体験したことしか信じない性質なんだよ俺は」
興味津々に食らいついてくる平野に本を投げやった。
残念ですと三方は言うが、ちっとも残念そうではない。
「それぞれの魔術には魔方陣が必要。正しい魔方陣を体に刻むことで、その能力を発揮する。だって先生!」
「アホなのか。じゃあ出来るんならやってみせてくれ」
それだけ言うと、よーしやるぞと平野がポケットから取り出したペンで、本を見ながら自分の手に魔方陣を書きだした。
三方と俺は構うことなく掃除を続ける。
それからしばらくして、ようやく金髪男子の堺 尚虎が帰ってきた。
……一人の女性を連れて。
「先生!これ資料な!約束のジュースくれ!」
「……おい、なんで狐塚がいるんだ」
「神代先輩!学生をぱしらせるなんて、何考えてるんですか!?」
「いや、これには事情があってだな」
「事情も何も、貴方の仕事の範疇でしょう!?何故学生の子達まで巻き込んで――」
事務員1年目の新人にきつい目つきで睨まれ、説教が始まった。
ただの無表情な奴かと思いきや、俗にいう委員長タイプだったらしい。
俺と同じく職場では猫を被っていたのだろう。それか緊張しての無表情かどちらかだ。
「先生、ジュースは?喉乾いたぜ俺!」
俺が狐塚に言い寄られる中、隣で堺がうるさかったが、空き缶を渡せばまたこの後輩事務員に説教を喰らうのは目に見えている。俺は仕方なく後でおごってやると言って黙らせる。
俺もと便乗しようとした三方は叩いて黙らせた。
平野はというと、後ろでまだ怪しげな魔方陣に挑戦していたようで、
「書けた!よーっし!炎だすぞー!」
持っていた本とペンを三方に渡すと、平野は右手を突き出した構えをとる。
その右手の甲には、本でみた魔方陣が書かれてあった。
狐塚と堺は当然ながら状況がわかっていない。
「ちょ、ちょっと!ライターとか使うなら室外で!そもそもタバコは――」
「狐塚、問題ないから」
「この魔方陣の力を発揮し、出でよ炎!!!」
焦る狐塚を収めた直後、平野の大声が室内に響いた。そしてその右手からは炎が噴き出す――わけがなく、ただただその場に沈黙が続いた。
「……オカルト好きとはいってたが、流石にこれは恥ずかしいだろ」
「……………………ぐぬぅ」
俺の言葉に平野の顔が一瞬で赤くなった。いくらこいつでも大学生だ。流石に恥じらいはあるらしい。わけがわからなくなっている狐塚と堺に、今までの経緯を説明する。
「……本当にオカルトを信じているんですね。私にはわからない世界ですけど」
「あおいちゃんは夢がないなー!俺は信じてるぜ!おもしろそうだから!」
狐塚と堺は彼女が何をしていたか、納得はともかく、理解はしたようだ。
何故いきなり下の名前にちゃん付け……?と、けげんな顔をしている狐塚を尻目に、俺は掃除を早めにやるように学生三人に促した。
そこから作業を再開した彼らが、小屋の中を綺麗に掃除し終わる頃には、辺りはもうすっかり暗くなってしまっていた。
その間に狐塚が持ってきた資料で、さらに詳しくこの小屋の使用履歴を探ってみたが、どこにもその経歴は載っていなかった。そして現在も利用している団体がいるわけでもない、これはいよいよこの部室の使用を認める他なくなってくる。
「こんなことあんのかねえ……つーか何しに来たんだ狐塚は。業務時間過ぎてんだろ」
「他の職員が仕事を終え、皆帰りまして。私も帰ろうとしたのですがカギを閉めるにもあなたを待ってから閉めるように職員の井上さんから言われましたんで仕方なく呼びに来たんです」
「は?もうあいつら帰ったのかよ!くっそ!俺まだ仕事残ってんのに!!」
「……先輩いつもと口調とか違いますよね。というか態度が。いつも以上にがさつというか」
「それはてめぇもだろ。外でたら説教みたいなこと言ってきやがって」
「違います!ただ私は年上ばかりの職場では緊張しちゃうんで最低限のコミュニケーションしかとれないんですよ!それに説教させてるのは先輩のせいじゃないですか!学生に仕事の一部を押し付けて!どういう考えをもったらそんな――」
そんな風に大人同士でやんややんや言い合っていると、学生三人がこちらをじーっとみていることにしばらくして気が付いた。俺が気が付くのとほぼ同時くらいの時に狐塚も気が付いたのだろう。無理やり、きっちりとした顔をその場で作りだす。
「……コホンッ貴方達、今日は遅いしもう帰りなさい。部活創設に関してのことは明日やればいいです」
「大学生だぞ?ガキじゃねえしわかるだろ。俺達が無理に大人ぶる必要もねえよ」
狐塚がキッと怖い顔でこちらを睨んできたが、怯まず気づかないふりをして学生達と向き合った。まあなんにしてもいい時間だしねと、平野や堺が賛同し、帰りの支度を始めた。
だが、三方が動かない。俺が見つけた魔術のオカルト本をずっと読んでいた。
その暗そうな見た目に、怪しげな本は不気味なほどにあっていた。
「さっきのつぐみの魔方陣に関してだけど、あの魔方陣はどうやら他の世界にも魔方陣が書かれていないと効果を発揮しないみたいだね。炎をだすものにせよ。身体を強くするものにせよ」
つぐみ?ああ、オカルト女子の平野のことか。と文脈から判断しつつ、三方の言葉を聞く。
何を言っているのかは、まだわからないが。
「他の世界に魔方陣を作り、それと同じ魔方陣を体に作る。同じ人が魔方陣を書かなくてはだめらしいけど。そうやって魔方陣で自分と他の世界を繋げることで、『魔力』というものが発言し、その能力が扱えるらしいよ……だからつぐみは魔術を使えなかったのかもね」
「中二の妄想か」
何言ってるかわけわからん。
「つまりですね、つぐみが今手の甲に魔方陣が書いてありますが、それだけでは効果は発揮されないようです。もう一つ、魔方陣を異世界の地面か何かに書くことで、初めてその効果を発揮するということじゃないですかね、この本によると」
「なんだそりゃ。その異世界ってのがそもそも存在しないだろ」
「存在していること前提で書かれてますからなんとも」
「つまりデマじゃねえか」
三方の言うことに呆れながら、本を取り、早く帰ることを促す。支度日本語で途切れ途切れ書かれたその文に、うさんくささは増す一方。
カギをかけるため、狐塚と学生達の帰り支度を待つ。
「オカルト研究会……神代先輩は興味あるんですか?」
「微塵もないし信じてもいねえよ。お前は?」
「まあ私は学生達の味方ですからね。彼らが信じるものを否定まではしませんよ」
そうかよ、と適当に返事をしながら例の本に手をかけ、パラパラとページをめくった。
どこもかしこも読めないページばかりだったが、その最終ページには日本語のカタカナで書かれた言葉があった。そのページの他の文は読めないものばかりだったが、その一行だけは、読めた。ただ言葉を並べただけで、意味もないだろうその言葉を、俺は気まぐれに口にした。
そう、口にしてしまった。
「…………『ガムセディクト・ゲファムルク・メラディ』?」
直後、小屋の中から強烈な光が発せられた。部屋の明かりなんて比べものにならないレベルの溢れんばかりの光が。窓から漏れているだけでもわかるその光量に絶句する。
が、学生達の仕業だろうと狐塚と目を合わせ頷きあった。小屋のドアを開け二人で中に入る。
「「……は(え)?」」
そこで目に入ったのは、小屋の床いっぱいに広がって書かれた魔方陣だった。
確かに先ほどまで書かれてはいなかったソレが、強烈な光を発しているのがわかった。
どんどんその落書きから発せられる光は強くなり、視力が潰されないように腕で目の部分を覆い隠す。が、その光は収まる様子もなく、その勢いも増していく。
いたずらとかではないのかもしれないと、この状況でなんとなくだが感じる。
いたずらレベルの光量ではない。目を隠さなければ失神を覚悟するレベルだ。
「狐塚!大丈夫か!?」
「私は大丈夫ですが生徒たちは!?」
「なんとか大丈夫だぜあおいちゃん!」
「どうなってるのかわけわかんないすけど」
「なんかワクワクしてきたわね!」
狐塚もそれは同じだったらしい。いたずらでないとわかった次には学生の心配をしていた。
狐塚に続き、三者三様のテンションの声が聞こえ、一安心するも状況がわからないのは変わらない。その光がおさまるのをただただ俺達は待ち続けた。
それから数分後か。床からの光がなくなったことが、瞼ごしにだがわかった。
恐る恐る目を少しずつ開け、周りの様子を確認した。
俺の若干後方に位置する狐塚に、学生三人。それぞれまだ腕で視界を覆っている。
その変わらぬ様子に安心しながら、声をかけ、周りの状況を確認する。
「おい、もう目開けてもだいじょう…………あ?」
途中で言葉を失ってしまった。絶句というやつだろう。
まず自分がやったことは床に書いてあった魔方陣の確認だ。
そして、この光の原因は何か、危険物などはないかを確認し終え、残った仕事は明日に回して今日は帰ってゆっくり休む気満々だった。
だが、目の前に広がる出来事は、そんな考えを見事に木端微塵に砕いた。
床に先ほど見た魔方陣なんてもう残っていないことがわかった。
でも、そんなことすらどうでもよかった。
生まれたままの姿をあらわにしている少女が、床の上で眠っていたのだ。
すやすやと、隠すべきところを隠そうともせず。
そしてその背中には、よく漫画やアニメで見るような、カラスのような黒色の翼が。
悪魔を連想させるような翼が。小さくはあるが、その背中から生えていた。
「……は?」
少女は十三、四くらいの見た目だろうか。綺麗な金髪のロングで、顔立ちも整っている。
将来はさぞ美人だろう。そんなことを混乱のあまり冷静に考える。
脳が処理しきれていない。いきなり出てきた少女が誰なのかも。裸のことも。
背中に生えた翼のことも。
学生達三人も狐塚も、徐々に目を開け、その状況を各々確認し、脳内処理しようとする。
勿論、答えなんてみつかるわけはなかった。出てきたのは言葉。
全員顔を見合わせた後にようやくでてきたのは、
「「「はああああああああああ!?」」」「「えええええええええ!?」」
学内に響き渡る絶叫だけだった。