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自殺スイッチ

作者:尾崎末 久楽
 私たちの首筋にはスイッチがついている。このスイッチが何なのか、そんなものは幼い子供だって知っている。
 生命維持機能活動停止装置……通称、自殺スイッチ。自らの命の機能を停止させるためのスイッチだ。
 私たちはいつでもどこでも、このスイッチを押せば簡単に死ぬことが出来る。
 このスイッチが私たちの首筋に付いたのは、ほんの10年前だ。
 ナントカ銀河系のナントカ星団のナントカって惑星から来たという宇宙人達が、一晩のうちに地球の全人類の首筋にこのスイッチを取り付けた。
 何故、何の目的で、どうやって。それら一切の説明など勿論なされなかった。ただ一言、その宇宙人達は満足の行く仕事をやりきったとでも言うような態度で、その仕事の成果物である私達人類に対してこう言い放った。

「おめでとう! 君達を縛る鎖は消えた!」

 それからの地球は大混乱。
 面白半分にスイッチを押して帰らぬ人となってしまう者、他人のスイッチを故意に押して殺す者、幼い我が子とじゃれ合っているうちに誤ってスイッチを押されて死んでしまう者、そして勿論これがダントツに多いのだが、明確な意思を持って自殺スイッチを押す者。そういった死亡者が後を絶たなくなってしまった。
 面白半分でスイッチを押して死んでしまう事故は流石に最初の三日で激減したのだが、それ以外でのスイッチによる死者数は増加の一途を辿っている。
 事態を重く見た一部の偉い人達は自殺スイッチに関する法整備を急ぎ、スイッチを保護するための専用のカラーを、各服飾ブランドは医療メーカーと共同開発した。
 しかしそんなものは焼け石に水だ。そんな程度で死者が減るというのなら、こんなに簡単にスイッチで死ねる時代になる以前から増加傾向にあった死者だって減っていたはずだ。

 そんな事をぼんやりと考えながら、私はストールで適当に隠されたスイッチを撫でた。
 季節は夏。いくら通気性の良い素材だとは言え、首筋はじっとりと汗ばんでいた。
 待ち人はいつものごとく遅れている。もしかしたら来ないかもしれない。なんせ今日は軽い気持ちで出かけられる様な用事ではない。いつものデートだったら、この待ち時間さえ愛おしかっただろうに。
 だが、こんな昼間の時間に待ち合わせをするのは初めてだ。たったそれだけのことでも、今日が本当に特別な日なんだと実感する。
「お、もう来てたのか」
 声のする方へ視線を向ける。私とお揃いのストールを首に巻いた彼がどこか安堵したような顔でこちらへと近づいてくるのが見えた。私もそんな彼を見て同じくらい安心した。
「今日も遅刻?」
「別に今日だからって早く来るのも変だろ?」
「わざと遅れたってこと?」
 私の質問に彼は曖昧に笑う。
「……ごめん、一応今日くらいはって思ったんだけどさ、上の子が……」
「……別に、いつもの事なんだから怒ってもないって。むしろ早く来る方がなんか不気味」
 彼の言わんとする所を察して、私はその手を取りながら無理やり歩き出した。
「今日はどうするんだ?」
「まずは映画。昨日公開されたやつで、前からめっちゃ気になってたの」

 良かった。控えめに言って最高だった。
「……お前まだ泣いてんのか?」
「だって……私弱いのよほんと……こういう頑張り物語……」
 映画館前のベンチに腰掛けて、私は彼に貸してもらったハンカチで目頭を押さえながら鼻をすすった。
「頑張ったことが報われるって当たり前のことがこんなに尊いなんて……」
「しかもまさか続編が製作中とはな」
「ほんとだよ、死ぬに死ねない」
「じゃ、やめるか?」
 私はまだ少し熱いまぶたをゆっくり開けて彼の方を見る。
「やめたい?」
「聞いただけだ」
「やめたいならやめるよ」
「……未練はあるけど。……やめたいわけではない」
 少しだけ物憂げに微笑みながらうつむいた彼の頬を私は思はず両手で包み込み、そのまま唇を重ねた。
「……いこっか」
「……ああ」
 私達はお互いの手を握り、立ち上がる。次の目的はお洒落なカフェでランチと決めているのだ。

 ランチは美味しかった。
 動物園は楽しかった。
 ディナーをしたホテルのレストランから見る夜景は美しかった。
 私は自宅のベッドの上に彼と裸で寝転がりながら、今日一日の出来事をゆっくりと反芻した。いつも以上にゆっくりと互いを確かめ合うような先程の情事も含めて。
「起きてるか?」
「ん」
「そっか」
 彼は体を私の方へと向けて、腕を肩に回してギュッと抱きしめてきた。
「もういいか?」
「ん」
「そっか」
 彼は腕を緩めて少し体を離すと、じっと私の目を見つめてゆっくりと唇を近づけてきた。私もそれに応えて目を閉じて彼の唇を受け入れる。
 いつもより長いキスの後、私達は互いの首筋のスイッチに手を伸ばした。
「今度生まれ変わるときはね」
「うん」
「同じくらいの歳で、お互い誰かに出会う前に出会うの」
「うん」
「それで、普通に恋愛して、結婚して、最後まで一緒にいるの」
「そうだな」
 きっとそうなるさ、と彼は呟く。私はその言葉に頷いた。
「じゃあ、またな」
「うん、またね」
 おやすみの代わりに私達は別れの挨拶を交わし、そしてお互いの首筋のスイッチを押した。



 人間の首筋に自殺スイッチが出来てから30年後、スイッチを無効化するための研究が完成した。
 研究の成功には一人の女性が大きく関わったという。
 その女性はある男性と心中を図ったが、何故か彼女だけはスイッチを押しても死ねなかった。半狂乱になって助けを求めるその女性を近所の住人が見つけて通報。
 警察が駆けつけると、男性の遺体の傍で泣き叫びながら自身の首筋のスイッチを何度も押す彼女の姿があった。
 その後、医療機関に運ばれ詳しい検査がなされ、彼女のスイッチにはバグが存在することが分かった。そのバグを詳しく解析をしたところ、自殺スイッチを無効化する機能に行き着いた。
 何故彼女だけにそのバグが発生したのかは分からない。研究者や世の中の人々は彼女を奇跡だと讃えた。
 そんな奇跡だと讃えられた女は、ベッドだけの真っ白な病室で、今でも自分の首筋のスイッチを押し続けているのだという。

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