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やどりぎ  作者: あおい
02
8/31

02-3


 ――じ、神社ッ!


 途中の道で多少迷いはしたが、悠真は小さな鳥居を見つけた。


 間もなく夕日が沈もうとしている。

 空はほとんど紺色となり、森の中はもう真っ暗だ。


 でもよかった。

 僅かでも見えるうちに鳥居を見つけられて。


 疲れきった身体で歩く。

 あと数百メートルで神社の敷地内、と言う所まで来た時。


「何者だ、お前達!」と言う怒声が上空から降り注ぎ、声と同時にふたりの男が目の前に現れた。


 ――な、なにっ?


 武装している。

 鎧を纏った無骨な青年だ。


 悠真は瞬時に、彼らが現代人ではないと思った。

 つまり〈人間〉ではない、と。


「地元の者ではないな! どこから来て、どこへ行こうとしている!」


 悠真はヴィヴィアンを脇に抱えたまま、戸惑った。

 何をどう言えばいいのか、迷う。だが。


 悠真は住所を素直に告げ、この子を狙う者達から逃げている。と言った。


「だがそれは、この国の子ではないな!」


「その子のみあらず。お前は何者だ! 人のようで、人ではないのだろう! 妖か!」


 ふたりの持つ武器の先が、こちらに向けられた。刀と槍である。

 悠真が見ただけでも分かる。刃からは陽炎が上っていた。


 恐怖に身がすくみそうになる。だけど。


「お……っお願いします! せめてこの子だけでも匿ってください! お願いします!」


 頭を下げた。


 でも、相手からは何の反応もない。


 悠真はヴィヴィアンを地面に立たせ、土下座した。

「お願いします!」と額も鼻も、地面に押し付けて。


「ゆ、悠真……っ」とヴィヴィアンの涙声が聞こえた。

 でも、顔は上げられない。


 多分、このふたりは人間ではない。

 神社を守る〈何か〉なのだろう。


 そんな相手に口先だけで理解して貰おうとしてもムダだと思う。


 それに、説得出来る程の情報を悠真は持っていないし、事情すら飲み込めていなかった。

 ヴィヴィアンの事を「この子供は何だ?」と聞かれただけで、答えられないのに。


 だから、必死になるしかないのだ。

 他に出来る事が、何も無い。


「山に気の乱れがあるな、人の気配ではないようだ」


「お前達、あそこから逃げて来たのか」


 悠真は顔を上げずに「はい!」と答えた。


「けたたましいほどの邪だな、あれは何だ。知っておるのか」


「分かりません! ただ、この子を奪いに来たから、逃げ出して来たんです!」


 数秒の間があって、それから。


「捕まればこの子は、酷い目に遭うんです!」


「お前はどうして、あのようなモノに狙われておる」


 ヴィヴィアンの息を飲む気配が聞こえた。そして。


「私は、失敗作だって。だから壊すし、殺すけど、どうせなら実験台として……攻撃魔法のれんしゅ……何度、も……こうげき……なんど、も……」


 ヴィヴィアンが泣き出す。号泣だ。

 何度も息を吸い込み、何度も声を吐き出す。

 それがくり返された後、今度はヒックヒックとしゃくりだした。


 言いたい事はあるようだが、言葉になっていない。

 震える呼吸と、わけの分からない声が混じって、理解不能である。


 しかし、その姿に同情でもしたのか。悠真達の立場を理解してくれたのか。


 悠真の左腕が、力強く持ち上げられ、そして。

 引っ張り上げられ、立たされる。


 男達は先程と同じ、険しい表情であった。それは変わらない。でも。


「夜の神社の危険性を、お前達は知らぬようだな。魔界ぞ」


「え?」


「神社としての敷地と、神の領域とは次元が違うのだ。太陽が姿を隠すと邪悪が集まり、贄を貪る。逃げ込んだからと言って安全な場所ではないのだ。そこを分かっておらぬな」


 そう。何も知らないで逃げて来た。


「夜だから危ない、のですか」


「そうだ。夜に近寄れば百鬼に憑かれ、自らも鬼となる。弱ければ贄だ。そして我が見た所、お前達ふたりは共に贄となるだろう。特にお前」


 男の視線がこちらに向けられる。


「心当たりがあるな?」


 悠真は答えられなかった。動揺で言葉が出て来ない。


 自分を利用しようとした母親の事が頭を過ったのだ。

 そいつの顔も知らないし、知りたいとも思わないけれど。


 それでもやはり、胸は痛んで疼く。


「仕方が無い。朝まで動かぬと約束するなら、唯一の安全な場所へと連れて行ってやろう」


「え? あ、ありが……」と礼を言う前に、悠真とヴィヴィアンは、それぞれ男達に抱え上げられ、飛んでいた。


 高度は、六メートルくらいだろうか。

 いや、よくは分からないが、学校で言えば三階の窓くらいのような気がする。


「興味があるなら見るがよい。鳥居の内側が、どのような〈世界〉となっているのか」


 男に言われて悠真は、周囲を見た。

 何ともない山の風景が続いていたのだが、鳥居の上空を通り過ぎた、瞬間。


 確かにそこは、異界であった。


 長い黒髪の女が、樹に藁人形を打ち込んでいる。

 とぐろを巻いた蛇の周囲に群がる芋虫。

 四つ足の獣の腹を裂いて臓物を屠る小鬼や、平安貴族の乗っていそうな籠からは何かの血が止めどなく滴り落ちている。

 それらの間をチロチロと行き交う狐火。


 そのような異形が、数えきれないほどに蠢いていた。

 悠真は言葉を失った。

 どうして神社のような聖域が、このような事になってしまうのか。全く理解出来ない。


「人の心は光と闇を抱えている。そのどちらにも根付いておるのだ。決して綺麗なだけの存在ではないぞ」


「う……は、い」


 社殿の上空を飛ぶ。

 屋根は立派で頑丈そうだった。優秀な宮大工達が技術の粋を集めて作ったと言う事が、月の光だけでも充分に分かる。


 ――安全な場所って、この中かな、やっぱり。


 そう思っていると、高度が下がった。やはりそうなのかも知れない。

 だが、違った。


 彼らが下りたのは、巨大な岩の傍であった。

 社殿の斜め背後に、しめ縄が張られた岩がある。岩の周囲を狭く、ロープで囲んでいる。


 そのロープの〈中〉に、彼らは降り立ったのだ。


「これが本当の、ここのご神体だ」


「……え」


 岩のすぐ後ろの生け垣の奥には、遊歩道のような手入れされた道が見える。

 少し先に赤い鳥居がたくさん並んでいるようだから、向こうでは稲荷も祀られているのであろう。


「この綱から出るでない」


 男がローブを見て言った。どうやらこここそが結界の中、らしい。


「あの、僕っ……連れを助けに行きたいんです!」


 そう言った途端、ヴィヴィアンがギュッと悠真の手を握って来た。


「その子だけ置いて行くと? 我らは子守りはせぬぞ」


「でも、ミルドレッドさん……相手はふたりも居て、女性がひとりなんです! 僕達を先に逃がしてくれたのに、自分だけ安全な場所に逃げ込んだからって、知らない顔は出来ません!」


「悠真……」


「ごめんね、ビビアン。でも僕、行かなくちゃ」


「ヤだ悠真……ひとりはヤだ! 行くなら私も連れてって!」


「ダメだよ。あいつらの狙いはきみなんだから」


「だって悠真、あいつら酷いんだよ! 悠真は、あいつらに勝てるの? 勝てるわけないよ!」


「うん、分かってる。僕には何の力もないし、殴り合いですら勝てないと思う。でもね」


 悠真はヴィヴィアンの頭を撫でた。


「せめて、迎えに行ってあげたいから」


 何もせず、この場で震えて待つだなんてごめんだ。

 何の役にもたたないし、無力で、道にすら迷うと思う。

 彼らが場所を移動していたら、すぐに見つけ出す事も出来ないかも知れない。

 自分の方が遭難してしまうような気さえする。


 でも。


「分かってもらいたい。知ってもらいたい。ミルドレッドさんに丸投げし、ひとりぼっちにしたわけじゃないんだ、って。今、この瞬間だって僕達は彼女の事を心配してるし、少しでも力になりたいと思ってるんだよ、って」


 そう言うと、ヴィヴィアンはその場にペタン、と座り込んだ。

 流れ出る涙を両腕で拭い、泣いている。


「どうして? どうしてそんなに、悠真はあの人の事、心配してるの? ひとりぼっちでもいいでしょ、あの人強いんだもん! なのに、どうして私を置いて行こうとするのっ?」


 悠真は、しゃがんだ。


「強くても、孤独ってつらいと思うんだ。頑張ってくれてる人に対して、僕は恥ずかしい真似なんてしたくない」


「ヤだ! 悠真っ」


 ヴィヴィアンがしがみついてきた。

 この子も確かに可哀想だと思うし、ひとりぼっちにするのは気が引けるけれど。


「いい子だから、神様の傍にいてね」


 悠真を止めるヴィヴィアンの、必死さが伝わって来る。

 だけどここに居て、何もしないわけにはいかないから。


「じゃあ、この子の事、よろしくお願いします」


 ふたりの男に頭を下げると、悠真は結界の外に出ようとした。


「ちょっと待て。そこを出ると、贄となるぞ」


「お前がどうしても行きたいのなら――」


 その時、鳥居の方から絶叫のような悲鳴が聞こえた。

 ビクッとしてヴィヴィアンの身体を抱き寄せる。


「何かが侵入したな。ただの人間ではあるまい」


「焼かれたか切られたか締められたか。何れにせよまともな人間の悲鳴ではない。お前の未来かも知れぬな? 少年」


「ゆ、悠真ぁ」


 もしかしてあついら、だろうか。

 自分達の居場所が知られたのか? ならばミルドレッドは?


「他人の土地に軽々しく踏み込もうとすれば、どのような目に遭わされるか分からない。そんな事も理解出来ぬのだろうか」


「ゆくぞ」


「ああ」


「少年。お前は動くな。心配をかけたくない相手がひとりでも居るのなら、な」


 ふたりの武装した男達は、再び空に舞い上がり飛んで行った。

 しん、とした空間にヴィヴィアンの震える吐息だけが聞こえて来る。


 ――ごめんなさい、ミルドレッドさん。あなたの元へ、僕は行けない。


 悠真は岩を背にして座り込み、膝を抱え顔を伏せた。

 左腕はヴィヴィアンに抱きしめられて、離してもらえない。拒否するつもりもなかった。


「怒ってる? ごめんなさい」


「そんな事、ないよ」と言ってみるが、顔を上げられない。


 自分が思うように動けない事はストレスだったし、ミルドレッドを見捨てたような気持ちがどうしても拭いきれず、辛かった。

 これが自己嫌悪と言うものだろうか。


 誰かに相談すれば偽善者だと罵られてしまうかも知れない。

 でも、目の前のヴィヴィアンより、今どうなっているか分からないミルドレッドが心配でたまらないのは事実だ。


 無事で居て欲しいと願うばかりだが、神社の入り口から聞こえた悲鳴があいつらの物だとしたら、彼女は今、どうなっているのだろう。


 ――贄、か。餌の事だよね。


『心当たりがあるな?』


 その言葉が、何度もリフレインする。


 オーフェリアが助けてくれた生命だ、ムダにするわけがない。そんなつもりはない。

 ただ悠真は、ミルドレッドが心配なだけ。


 自分は無力だから、役立たずなのは分かっている。だけど……。


 ――僕は、頑張る方向を間違えているのかな。


 祖母やオーフェリアに助けられ、遥斗に支えられ、ぬくぬくと生きている。

 だから自分も、誰かの力になりたい。ならなきゃ。


 そう思うのは、間違いなのだろうか。


 ――僕、無力だもんね。


 ――だめだ。落ち込んじゃう……。


 はぁ。とため息を吐いた時。


「あのね、悠真。聞いて欲しい事があるの……こんな時だけど」


 遠慮がちにヴィヴィアンが呟く。


「ん、なに」と少し頭を上げ、悠真はヴィヴィアンの方を見た。


「〈あいつら〉の、こと――」

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