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やどりぎ  作者: あおい
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31/31

初めての地球

 逃げ出した〈失敗作〉を追い、エグバードがジョージ、ギル、バートを連れて地球に降り立つ。

 彼らは自然の中にしばらくこもり、自分の身体に流れている〈波動〉を地球に合わせて書き換えた。

 そして街へ移動する。


 教え子の三人はキョロキョロしながら、周囲を観察。繁華街は道行く人も多く、車道には車が絶えない。


「これが地球人とその文化かぁ~、初めて来たわぁ。なんか雑然としてるな。建物、ムダにデケぇし、空気も悪いぜ」


「オレ、オリエンテーリングはガニメデ星だったしサー、地球は初めて」


「俺はエササニだったぜぃ!」


「で、せんせー。ぼく達こっからどーするんですかぁ~」


「うむ。まずは情報整理だな」


「えー。とっととあいつ探してボコって、お持ち帰りしましょうよぉ」


「まーそう言うなよ。せっかく来たんだし、せんせー同伴だし、楽しもうぜ」


「楽しむったって……まぁいいけど」


「ではまず本屋へ行くぞ。地図を見て、奴の居場所の見当を付けるのだ。移動しながら漠然と探すより、ある程度の距離など把握しておいた方が合理的だからな」


 四人は有名チェーン店の扉をくぐった。そして地図のコーナーを探し当て、各自が適当な本をパラパラとめくってゆく。


「世界地図なんか見てどうするんだ、アホかお前ら。こう言う時は地元の地図を見るべし!」


「んな事言われたってなー、どれがその地図だか分からないから確認してるんでーす」


「そんなモンは気合で見つけんかい! こう、腕を伸ばして手をかざし、集中!」


 エグバードが手本を見せると周囲に熱風が吹き荒れ、一冊の本がバラララ! と勢いよくめくれた。


 その本を見てエグバードが「おお、これじゃい」と言ったかと思うと。


 いきなりその本は燃え上がった。

 勢いよく火柱が立ち上がる。火は、天井を舐め回すほどの火力であった。


 周囲から次々と悲鳴があがり、けたたましい警報が鳴り響き、天井から水が振って来る。

 店内は一瞬にしてパニック状態へと陥った。


「なんじゃいこの水は突然! さささ寒いぞコラ!」


 エグバードは天井を仰ぎ見ながら叫んだ。


「店員さん、あの人達です!」


 中年の女がこちらを指差し、叫んでいる。


「犯人特定っ! これより捕獲に向かう! 店内へお越しの皆様、ご協力お願いします!」


 エプロンをした男はそう叫び、こちらにダッシュして来た。


「ご協力てなんじゃい!」


「ちょ……せんせーっ!」


「あんた、バッカじゃね!」


「うっ、うるさ……!」


「逃げっぞ、オラ!」


 三人はエグバードの首根っこを掴み、猛ダッシュでその店のビルから飛び出した。




 どれくらい逃げただろうか。

 四人は今、違う建物の中に居た。


 商業ビルの中にあるフードコートへ移動し、その一角を陣取り、四人は休憩する事にした。


「あーヤだ。もうほんっと! ヤだ」


「せんせー、前から言ってますよね! 少しはダイエットしてくださいって!」


「うるさいわい! お前ら、ジュース飲みたくないのか! 地球のじぇにを調達して使えるのは、この中ではわたしだけだぞ!」


 その言葉で三人の文句がピタリと止まる。


「ふんとに、ゲンキンだのぉ、お前ら……」


「分かりやすくていいじゃないっすかー。ユージンなんかと違って、素直で可愛いっしょ? 俺ら」


「あー、せんせー! オレ、あのガキが飲んでるヤツがいい~。上にアイスが乗ってるソーダのヤツぅ~」


「じゃあぼくはそれの、青いの!」


「俺はグリーンのでいいっすよ。早く買って来てくださいよ、ほらほら」


 三人は「早く! 早く!」と手拍子を打ちながらコールを始めた。

 エグバードはムカムカしながらも、家族連れの後に並ぶ。


 ――なんで、なんでわたしがこんな事をっ! あいつら帰ったら、覚えとけよ!


「ねー、ママぁ」


 エグバードはその声に引かれ、視線を動かした。

 通り過ぎゆく親子が、こちらを見ていたのだ。


 ――なんじゃい、あのハナタレガキは。わたしの方を指差しおって。失礼な!


「あのおじちゃん、クリーチャーだっ!」


 ――ク……? って、なんじゃい。


「はぁ? な、なに言ってるのよこの子は! あんたの言うクリーチャーって、化け物ってヤツでしょ! あっあのおじさ……おじさんはちが……う、わよ……ぷっ!」


 母親は慌てて顔を反らし、ガキを抱え行ってしまった。


「あっあんのクソアマ……! 誰が化けモンじゃい! 待てコラ! 名誉毀損で謝罪と賠し……!」


 思わず追いかけようとした時、腕がギルに掴まれる。

 その力が強く痛いので、エグバードは「ぐぬ」と声を漏らした。


「ダメっすよせんせ。オレらのジュースが先、ね? あんなオバハンよりも、オレらの、ジュース」


 威圧するように顔を近づけ、ギルは低い声で呟く。


「そんなに欲しいのなら、お前がわたしの代わりに並ぶがよい!」


 日本円をぐいっ、と差し出すが、ギルの表情はピクリとも動かず、怖いまま。


「それはイ・ヤ、です。オレ、バシリとかさせられんの、マジムリなんで」


 ――ぐぬぅ、こいつ。目が据わっておる! 恩師に向かってなんちゅーえげつない表情さらすんじゃ! たかがジュースで! ノンアルコールだぞ!


「ひゃーははは! クリーチャー! せんせー、クリーチャー認定されてやんの! ぶふー!」


「ハライテェ! マジハライテェ! 世間の声! あれが世間の声! これぞ民意!」


 離れた席からジョージとギルの、バカ笑いが聞こえる。うるさくて、声が神経に突き刺さる。


 ――なんちゅーイヤミな笑い方するんだ、下品極まりない! あんなクソどもが連れだと言うのは、恥ずかしい事である!


「静かにしろ! バカモ……」


「じゃ頼みましたよ。オレらの、せ・ん・せ」


「ン……!」


 背中をポンと叩き、ギルはふたりの元へと戻った。


 ――クッソギルめ、ナニが『パシリマジムリ』じゃい! って、あれっ? じゃ……じゃあアレか! わたしはお前らのパシリだと言うわけか! カースト最下層だとでも言うのか! ふ……ふふ。笑わしやがるぜあのバカガキども! 帰ったらどうしてやろうか……痴漢の冤罪くらいなら、いくらでもでっち上げられるんだぜ! それともいっそ……。


「……さま。お客さま」


 ――あの学年主任のクソババァを利用して、ごうか……。


「お客様っ!」


「お? なんじゃいっ!」


「オーダー、早くお願いします! 後ろにもお客様がたくさんお待ちですので!」


「お、おう。ではこれと、これと……」


 ――なんじゃいこの女、エラそーに! 怖い顔しやがって! ちょっとは愛想と言うものを振りまかんかい。わたしは客だぞ!


 エグバードは頬どころか耳まで熱くなっているのを感じながら、震える手でメニューを指差しオーダーした。そして若干、声が小さい。震えているような気もした。


 だがきっと、気のせいだろう。

 自分がこんな、地球の一般人ごときを相手に、緊張して声を震わせているはずはないし、声量が落ちているはずもない。


 ――そうだ、エグバード。地球人など、わたしに比べれば虫ケラよ! よし、自信回復!


 アイスのソーダを四人分。オーダーもバッチリ決まった。間違いナシ! 完璧である。超クール!


 ――しかし今日は、なんだか妙だな……まさかこの後、この銭が使えぬ! などと言う人生トラップが発動しないだろうな? あぁ言うのって、理不尽に襲って来やがるからなー。理屈じゃないから困るんだぜ、わたしでさえ避けられぬ! のだから。


 不安を感じながら支払いを済ませる。

 だがそこは特に問題無く処理され、エグバードは心底ホッとした。



 トレイに四人分のソーダを乗せ、教え子達の元へ戻ろうと歩き始めると。


「あの、失礼ですが」


 呼ばれて振り返ると、若い女性が微笑んでいた。


 ――おう。なかなかの美人だな。


 化粧気は薄く、髪は黒く、清楚な雰囲気の女性である。


「なにか」


 落ち着きのある声で返事を返してやった。

 美人の前では紳士たれ! と言うのが年頭に掲げた今年の目標である。


「失礼ですが、先程のやり取りが耳に入りまして」


「はぁ?」


「補聴器、いかがですか! ただ今お得なキャンペーン中ですよ! これで多少お耳が遠くても、店員さんに怒られる回数激減間違いナシ、です!」


 彼女がパンフレットをこちらに見せて来た。

 その表紙には、老夫婦のようなふたりが微笑み合う姿が写っている。つまりジジィとババァだ。


「アホかわたしはまだそんな年じゃないわい――!」


 思わずトレイを両腕で振り上げると、女性が「きゃあああ!」と悲鳴をあげた。


「ちょ、せんせー!」と背後から、腕をロックされる。


「なんかもースミマセン、とっしょりのクセにパワー系ヒステリーで。驚かせちゃったでしょ? ごめんねぇ。関わらない方がいいから、行って」


「おっおま……ジョージ!」


「はっはい! 申し訳ありませんでした失礼します!」


 彼女が半泣きで走り去る。

 と同時に、残りのふたりも近づいて来た。


「もぉダメじゃんせんせー。オレらのソーダだよ、それ」


「そうだよ。ジュース犠牲にしてまで断る事なかったのにー」


「あ、バート。俺の活躍により、ジュースは無事」


「そ。ならいいけど。さっきの人まーまー綺麗だしさ、補聴器? とかゆーのくらい買ってあげれば? せんせーは安定収入でしょー?」


「補聴器なんぞ要らん! 年寄り扱いするな!」


「はいはい。じゃせんせー、あっちでソーダ飲みましょうねー」


 不満に口を尖らせるエグバードを、三人は再びテーブルへと誘導した。




 そんなこんなで再び本屋。もちろんさっきとは別の本屋である。

 地図での検索を三人に押し付け、エグバードは違うコーナーへと行ってしまった。


「なー。地球って本でいちいち調べなくても、もっと簡単に情報が手に入るんじゃねーのぉ?」


「パソコンとかモバイル端末か。でも確かアレ使うには、契約とか必要なんだろ?」


「多分そのヘンのガキでも持ってるのに、俺らはアナログ検索とか泣ける。あーあ、時間のムダぁ~」


「その辺のガキが持ってるなら、ちょっと借りちゃおっか」


 そう行ってバートは、本屋のフロアから出て行った。


 しばらくすると外からガキの泣き声が聞こえてきたが、周辺はずっと騒がしいのでバートとは無関係かもしれない。多分、無関係だ。


 そして戻って来たバートの手にはちゃんと、スマホと呼ばれている携帯用端末が握られていた。


「親に注意もされず暴れまわってるガキが居たから、軽く催眠かけて借りて来た。いやー、あんなドチビがこんな端末持ってるなんて、ナマイキよな」


「お前〈指先チラ見せ催眠〉得意だもんなぁ。便利よな、アレ。今度オレにもコツ教えて?」


「いいよー」


 などと言いながら三人はしばらくスマホをいじりまくり、大体の使用方法をマスターした。

 地図検索は基本中の基本らしく、ベーシックなアプリケーションで簡単に利用出来るようだ。


 失敗作の現在位置の確認作業には、持って来ていた〈あの子の髪〉を利用する。

 あの子の残していった髪が、ある特定の場所を指し示した。

 画面上で自分達の現在位置はここであるから、あっち方面に行けばいいのだな。と、画面の中の図面をどんどん拡大縮小し、確かめてゆく。


 多分、この山でいいのだろう。


「よし。とっとと行こうぜ、目的地」


「で、ジジィはどこ行ったんだ?」


「あ、あそこ……」


 三人は静かにエグバードの背後に回った。少し距離を開けて見学する。


「あいつ、ナニ熱心に見入ってるんだ?」


「意外とマジメか?」


「んなわけねー。絶対ねー。ちょっとオレ、見て来るわ」


 ギルがスッとエグバードの背後に忍び寄り、スッと離れ、戻って来る。


「バート、検索して。〈カニバリズム〉」


 バートはスマホで、その言葉を検索した。

 画面を見ていた三人は、ほぼ同時に「ぶっ」と息を詰まらせる。


「あんのクソジジィ、どんなシュミしてんだ!」


「ないわー。細胞はぐっちゃんぐっちゃんにして遊ぶのが楽しいのに。食べちゃったら、それで終わりじゃん」


「あー、つき合いきれねぇ。俺の心が汚れちゃう!」


「早く失敗作連れ戻して、空に帰ろうぜ……帰ったらオレ、女の子といーっぱいデートして、この薄汚れて荒んだ気持ちを洗い流してもらうんだぁ」


「てめーフラグ立てるなよっ」


「とりあえずぼく、ガキにスマホ返して来るね」


「おう、行って来い」


 バートは走り回ってるガキの、母親らしき女に近寄った。

 女は、よく似たタイプの女ふたりとベンチに座り、下品に笑いながら話をしている。


「すみません。あの子のお母さんですか」


「そーだけど。ナニ? あんた。うちの子にナンか文句でもあんの」


「あの子、コレ落としましたけど」


「えっ……あっ! またアタシに黙ってゲーム……こら、樹莉亜寿じゅりあす! いい加減にしなさいよっ!」


 母親はキーッ! と怒りをストレートに表現している。子供もそれに反応し、キンキンした声を発しながら逃げ回る。


 ――あ、捕まった。あ、暴力。あ~、フルボッコ。


 周囲の人達の表情はとても迷惑そうであり、ウンザリしているようでもあった。


 バートが黙って親子を見ていると、背後からギルとジョージの声がした。


「うーわナニアレ。見苦しーィ」


「俺らには〈母親〉とかって居ないけどさ、どーゆー生き物なんだ。あれでガキ愛してるとか情があるとか、ウッソだろ。習ったのと違うぞ? てか、地球人にとっての愛ってナニよ? あのオバハンとかガキには見当たらないんだけど」


「地球人て怖い生き物なんだな、二足歩行の生物のくせに」


「いや、歩行タイプは関係無いんじゃ」


「荒むわー。マジ荒むわー。オレ、こんなのもうムリー。早く帰りたい……」


「そうだな。よし、ジジィ連れに行こう」


「えー、あんな気色悪い本の傍になんか近づきたくないよー。ジョージ呼んで来てよー」


「分かった。じゃお前らここに居ろよ」


「うーい」


「隠れたりするなよ?」


「うーい。早よ行け」




 そして彼らは失敗作を取り戻すため、山へと向かう。


 初めての地球ばしょで要介護老人と行動を共にするのは、こんなにも疲れるのだな――。


 三人はそれぞれ心の中でため息を吐き、しみじみと思いを馳せるのであった。

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