初めての地球
逃げ出した〈失敗作〉を追い、エグバードがジョージ、ギル、バートを連れて地球に降り立つ。
彼らは自然の中にしばらくこもり、自分の身体に流れている〈波動〉を地球に合わせて書き換えた。
そして街へ移動する。
教え子の三人はキョロキョロしながら、周囲を観察。繁華街は道行く人も多く、車道には車が絶えない。
「これが地球人とその文化かぁ~、初めて来たわぁ。なんか雑然としてるな。建物、ムダにデケぇし、空気も悪いぜ」
「オレ、オリエンテーリングはガニメデ星だったしサー、地球は初めて」
「俺はエササニだったぜぃ!」
「で、せんせー。ぼく達こっからどーするんですかぁ~」
「うむ。まずは情報整理だな」
「えー。とっととあいつ探してボコって、お持ち帰りしましょうよぉ」
「まーそう言うなよ。せっかく来たんだし、せんせー同伴だし、楽しもうぜ」
「楽しむったって……まぁいいけど」
「ではまず本屋へ行くぞ。地図を見て、奴の居場所の見当を付けるのだ。移動しながら漠然と探すより、ある程度の距離など把握しておいた方が合理的だからな」
四人は有名チェーン店の扉をくぐった。そして地図のコーナーを探し当て、各自が適当な本をパラパラとめくってゆく。
「世界地図なんか見てどうするんだ、アホかお前ら。こう言う時は地元の地図を見るべし!」
「んな事言われたってなー、どれがその地図だか分からないから確認してるんでーす」
「そんなモンは気合で見つけんかい! こう、腕を伸ばして手をかざし、集中!」
エグバードが手本を見せると周囲に熱風が吹き荒れ、一冊の本がバラララ! と勢いよくめくれた。
その本を見てエグバードが「おお、これじゃい」と言ったかと思うと。
いきなりその本は燃え上がった。
勢いよく火柱が立ち上がる。火は、天井を舐め回すほどの火力であった。
周囲から次々と悲鳴があがり、けたたましい警報が鳴り響き、天井から水が振って来る。
店内は一瞬にしてパニック状態へと陥った。
「なんじゃいこの水は突然! さささ寒いぞコラ!」
エグバードは天井を仰ぎ見ながら叫んだ。
「店員さん、あの人達です!」
中年の女がこちらを指差し、叫んでいる。
「犯人特定っ! これより捕獲に向かう! 店内へお越しの皆様、ご協力お願いします!」
エプロンをした男はそう叫び、こちらにダッシュして来た。
「ご協力てなんじゃい!」
「ちょ……せんせーっ!」
「あんた、バッカじゃね!」
「うっ、うるさ……!」
「逃げっぞ、オラ!」
三人はエグバードの首根っこを掴み、猛ダッシュでその店のビルから飛び出した。
どれくらい逃げただろうか。
四人は今、違う建物の中に居た。
商業ビルの中にあるフードコートへ移動し、その一角を陣取り、四人は休憩する事にした。
「あーヤだ。もうほんっと! ヤだ」
「せんせー、前から言ってますよね! 少しはダイエットしてくださいって!」
「うるさいわい! お前ら、ジュース飲みたくないのか! 地球の銭を調達して使えるのは、この中ではわたしだけだぞ!」
その言葉で三人の文句がピタリと止まる。
「ふんとに、ゲンキンだのぉ、お前ら……」
「分かりやすくていいじゃないっすかー。ユージンなんかと違って、素直で可愛いっしょ? 俺ら」
「あー、せんせー! オレ、あのガキが飲んでるヤツがいい~。上にアイスが乗ってるソーダのヤツぅ~」
「じゃあぼくはそれの、青いの!」
「俺はグリーンのでいいっすよ。早く買って来てくださいよ、ほらほら」
三人は「早く! 早く!」と手拍子を打ちながらコールを始めた。
エグバードはムカムカしながらも、家族連れの後に並ぶ。
――なんで、なんでわたしがこんな事をっ! あいつら帰ったら、覚えとけよ!
「ねー、ママぁ」
エグバードはその声に引かれ、視線を動かした。
通り過ぎゆく親子が、こちらを見ていたのだ。
――なんじゃい、あのハナタレガキは。わたしの方を指差しおって。失礼な!
「あのおじちゃん、クリーチャーだっ!」
――ク……? って、なんじゃい。
「はぁ? な、なに言ってるのよこの子は! あんたの言うクリーチャーって、化け物ってヤツでしょ! あっあのおじさ……おじさんはちが……う、わよ……ぷっ!」
母親は慌てて顔を反らし、ガキを抱え行ってしまった。
「あっあんのクソアマ……! 誰が化けモンじゃい! 待てコラ! 名誉毀損で謝罪と賠し……!」
思わず追いかけようとした時、腕がギルに掴まれる。
その力が強く痛いので、エグバードは「ぐぬ」と声を漏らした。
「ダメっすよせんせ。オレらのジュースが先、ね? あんなオバハンよりも、オレらの、ジュース」
威圧するように顔を近づけ、ギルは低い声で呟く。
「そんなに欲しいのなら、お前がわたしの代わりに並ぶがよい!」
日本円をぐいっ、と差し出すが、ギルの表情はピクリとも動かず、怖いまま。
「それはイ・ヤ、です。オレ、バシリとかさせられんの、マジムリなんで」
――ぐぬぅ、こいつ。目が据わっておる! 恩師に向かってなんちゅーえげつない表情さらすんじゃ! たかがジュースで! ノンアルコールだぞ!
「ひゃーははは! クリーチャー! せんせー、クリーチャー認定されてやんの! ぶふー!」
「ハライテェ! マジハライテェ! 世間の声! あれが世間の声! これぞ民意!」
離れた席からジョージとギルの、バカ笑いが聞こえる。うるさくて、声が神経に突き刺さる。
――なんちゅーイヤミな笑い方するんだ、下品極まりない! あんなクソどもが連れだと言うのは、恥ずかしい事である!
「静かにしろ! バカモ……」
「じゃ頼みましたよ。オレらの、せ・ん・せ」
「ン……!」
背中をポンと叩き、ギルはふたりの元へと戻った。
――クッソギルめ、ナニが『パシリマジムリ』じゃい! って、あれっ? じゃ……じゃあアレか! わたしはお前らのパシリだと言うわけか! カースト最下層だとでも言うのか! ふ……ふふ。笑わしやがるぜあのバカガキども! 帰ったらどうしてやろうか……痴漢の冤罪くらいなら、いくらでもでっち上げられるんだぜ! それともいっそ……。
「……さま。お客さま」
――あの学年主任のクソババァを利用して、ごうか……。
「お客様っ!」
「お? なんじゃいっ!」
「オーダー、早くお願いします! 後ろにもお客様がたくさんお待ちですので!」
「お、おう。ではこれと、これと……」
――なんじゃいこの女、エラそーに! 怖い顔しやがって! ちょっとは愛想と言うものを振りまかんかい。わたしは客だぞ!
エグバードは頬どころか耳まで熱くなっているのを感じながら、震える手でメニューを指差しオーダーした。そして若干、声が小さい。震えているような気もした。
だがきっと、気のせいだろう。
自分がこんな、地球の一般人ごときを相手に、緊張して声を震わせているはずはないし、声量が落ちているはずもない。
――そうだ、エグバード。地球人など、わたしに比べれば虫ケラよ! よし、自信回復!
アイスのソーダを四人分。オーダーもバッチリ決まった。間違いナシ! 完璧である。超クール!
――しかし今日は、なんだか妙だな……まさかこの後、この銭が使えぬ! などと言う人生トラップが発動しないだろうな? あぁ言うのって、理不尽に襲って来やがるからなー。理屈じゃないから困るんだぜ、わたしでさえ避けられぬ! のだから。
不安を感じながら支払いを済ませる。
だがそこは特に問題無く処理され、エグバードは心底ホッとした。
トレイに四人分のソーダを乗せ、教え子達の元へ戻ろうと歩き始めると。
「あの、失礼ですが」
呼ばれて振り返ると、若い女性が微笑んでいた。
――おう。なかなかの美人だな。
化粧気は薄く、髪は黒く、清楚な雰囲気の女性である。
「なにか」
落ち着きのある声で返事を返してやった。
美人の前では紳士たれ! と言うのが年頭に掲げた今年の目標である。
「失礼ですが、先程のやり取りが耳に入りまして」
「はぁ?」
「補聴器、いかがですか! ただ今お得なキャンペーン中ですよ! これで多少お耳が遠くても、店員さんに怒られる回数激減間違いナシ、です!」
彼女がパンフレットをこちらに見せて来た。
その表紙には、老夫婦のようなふたりが微笑み合う姿が写っている。つまりジジィとババァだ。
「アホかわたしはまだそんな年じゃないわい――!」
思わずトレイを両腕で振り上げると、女性が「きゃあああ!」と悲鳴をあげた。
「ちょ、せんせー!」と背後から、腕をロックされる。
「なんかもースミマセン、とっしょりのクセにパワー系ヒステリーで。驚かせちゃったでしょ? ごめんねぇ。関わらない方がいいから、行って」
「おっおま……ジョージ!」
「はっはい! 申し訳ありませんでした失礼します!」
彼女が半泣きで走り去る。
と同時に、残りのふたりも近づいて来た。
「もぉダメじゃんせんせー。オレらのソーダだよ、それ」
「そうだよ。ジュース犠牲にしてまで断る事なかったのにー」
「あ、バート。俺の活躍により、ジュースは無事」
「そ。ならいいけど。さっきの人まーまー綺麗だしさ、補聴器? とかゆーのくらい買ってあげれば? せんせーは安定収入でしょー?」
「補聴器なんぞ要らん! 年寄り扱いするな!」
「はいはい。じゃせんせー、あっちでソーダ飲みましょうねー」
不満に口を尖らせるエグバードを、三人は再びテーブルへと誘導した。
そんなこんなで再び本屋。もちろんさっきとは別の本屋である。
地図での検索を三人に押し付け、エグバードは違うコーナーへと行ってしまった。
「なー。地球って本でいちいち調べなくても、もっと簡単に情報が手に入るんじゃねーのぉ?」
「パソコンとかモバイル端末か。でも確かアレ使うには、契約とか必要なんだろ?」
「多分そのヘンのガキでも持ってるのに、俺らはアナログ検索とか泣ける。あーあ、時間のムダぁ~」
「その辺のガキが持ってるなら、ちょっと借りちゃおっか」
そう行ってバートは、本屋のフロアから出て行った。
しばらくすると外からガキの泣き声が聞こえてきたが、周辺はずっと騒がしいのでバートとは無関係かもしれない。多分、無関係だ。
そして戻って来たバートの手にはちゃんと、スマホと呼ばれている携帯用端末が握られていた。
「親に注意もされず暴れまわってるガキが居たから、軽く催眠かけて借りて来た。いやー、あんなドチビがこんな端末持ってるなんて、ナマイキよな」
「お前〈指先チラ見せ催眠〉得意だもんなぁ。便利よな、アレ。今度オレにもコツ教えて?」
「いいよー」
などと言いながら三人はしばらくスマホをいじりまくり、大体の使用方法をマスターした。
地図検索は基本中の基本らしく、ベーシックなアプリケーションで簡単に利用出来るようだ。
失敗作の現在位置の確認作業には、持って来ていた〈あの子の髪〉を利用する。
あの子の残していった髪が、ある特定の場所を指し示した。
画面上で自分達の現在位置はここであるから、あっち方面に行けばいいのだな。と、画面の中の図面をどんどん拡大縮小し、確かめてゆく。
多分、この山でいいのだろう。
「よし。とっとと行こうぜ、目的地」
「で、ジジィはどこ行ったんだ?」
「あ、あそこ……」
三人は静かにエグバードの背後に回った。少し距離を開けて見学する。
「あいつ、ナニ熱心に見入ってるんだ?」
「意外とマジメか?」
「んなわけねー。絶対ねー。ちょっとオレ、見て来るわ」
ギルがスッとエグバードの背後に忍び寄り、スッと離れ、戻って来る。
「バート、検索して。〈カニバリズム〉」
バートはスマホで、その言葉を検索した。
画面を見ていた三人は、ほぼ同時に「ぶっ」と息を詰まらせる。
「あんのクソジジィ、どんなシュミしてんだ!」
「ないわー。細胞はぐっちゃんぐっちゃんにして遊ぶのが楽しいのに。食べちゃったら、それで終わりじゃん」
「あー、つき合いきれねぇ。俺の心が汚れちゃう!」
「早く失敗作連れ戻して、空に帰ろうぜ……帰ったらオレ、女の子といーっぱいデートして、この薄汚れて荒んだ気持ちを洗い流してもらうんだぁ」
「てめーフラグ立てるなよっ」
「とりあえずぼく、ガキにスマホ返して来るね」
「おう、行って来い」
バートは走り回ってるガキの、母親らしき女に近寄った。
女は、よく似たタイプの女ふたりとベンチに座り、下品に笑いながら話をしている。
「すみません。あの子のお母さんですか」
「そーだけど。ナニ? あんた。うちの子にナンか文句でもあんの」
「あの子、コレ落としましたけど」
「えっ……あっ! またアタシに黙ってゲーム……こら、樹莉亜寿! いい加減にしなさいよっ!」
母親はキーッ! と怒りをストレートに表現している。子供もそれに反応し、キンキンした声を発しながら逃げ回る。
――あ、捕まった。あ、暴力。あ~、フルボッコ。
周囲の人達の表情はとても迷惑そうであり、ウンザリしているようでもあった。
バートが黙って親子を見ていると、背後からギルとジョージの声がした。
「うーわナニアレ。見苦しーィ」
「俺らには〈母親〉とかって居ないけどさ、どーゆー生き物なんだ。あれでガキ愛してるとか情があるとか、ウッソだろ。習ったのと違うぞ? てか、地球人にとっての愛ってナニよ? あのオバハンとかガキには見当たらないんだけど」
「地球人て怖い生き物なんだな、二足歩行の生物のくせに」
「いや、歩行タイプは関係無いんじゃ」
「荒むわー。マジ荒むわー。オレ、こんなのもうムリー。早く帰りたい……」
「そうだな。よし、ジジィ連れに行こう」
「えー、あんな気色悪い本の傍になんか近づきたくないよー。ジョージ呼んで来てよー」
「分かった。じゃお前らここに居ろよ」
「うーい」
「隠れたりするなよ?」
「うーい。早よ行け」
そして彼らは失敗作を取り戻すため、山へと向かう。
初めての地球で要介護老人と行動を共にするのは、こんなにも疲れるのだな――。
三人はそれぞれ心の中でため息を吐き、しみじみと思いを馳せるのであった。




