学校生活
ヴィヴィアン、小学校にて。
クラスにも慣れ、女子の友達が少し出来た頃。
昼休みに友達と校庭に出て、話をしていた。
グランドの中では各学年の子達がそれぞれのグループで、楽しそうに遊んでいる。
クラスの女子達は、ヴィヴィアンが暮らしているドールショップの事を知っていた。駅前商店街の一角に昔からあるのだから、知っていて当然なのだけれど。
転入してすぐは、その事について質問攻めにされていた。
彼女達もまた、オーフェリアのファンだったのだ。
オーフェリアと親しい事は嫉妬の元であり、数人の女子からは嫌味なども言われ、軽く虐められたりもした。
けれど男子がかばってくれたり、こちらに味方してくれる女子も居たりして、最近ようやく落ち着いて来たのである。
「それでね、弟と一緒に、お母さんの誕生日に……」
友達の話を聞いている時、足元へボールが転がって来た。
ヴィヴィアンは前屈みになり、そのボールへ腕を伸ばす。
「あっ、すみませーん! ありがとうござ……」
声がした方へ視線を向けると、見覚えのある男の子だった。
――げ。トムの飼い主っ!
「よりによってテメーかよ」
不満そうに口を尖らす下級生。
ヴィヴィアンだって、公園での事は忘れていない。「こいつはイヤなヤツだ」とインプットされている。
ヴィヴィアンはボールを持ち、黙って彼に近づいた。
そして無言のまま、腕を突き出す。
彼は頭を下げず、礼も言わず、ボールを受け取り、黙ったままクルリとこちらへ背を向けた。
そしてそのまま走り出そうとしたので、ヴィヴィアンは。
彼の背中を、蹴った。
まさか蹴りが来るとは思ってもいなかったのだろう。彼の身体は抵抗も見せず、そのままダイレクトに前のめりとなって、倒れ込んだ。
顔面もビッタリと地面に着いている。ボールは彼の手を離れ、転がってゆく。
背後から女子の悲鳴が上がり、彼は転んだまま泣き始めた。
周囲の子達も「ナニゴトか」と言う風に集まって来た。
「ちょ……ヴィヴィアン何やってるのよぉ」
友達が心配そうに声をかけてくれた。若干、怯えが混ざっているかも知れない。
「え。〈トムの飼い主〉には〈この程度の挨拶〉で充分だから、とりあえずやっとけって。クーちゃんが」
「挨拶っ? い、今の挨拶な、の……?」
「てか、クーちゃんって誰っ?」
みんなの反応が妙だ。おかしい。
「あの……これって挨拶じゃない?」
友達は腕を振り「違う違う!」と否定した。
「あれぇ~、オカシいなぁ。『可愛がってやれ』って言われたからそうしたんだけど」
「か……わい……えっ?」
「違う違う! 日本語誤解してるっ! 挨拶も誤解してるっ!」
「お前……ウチのトムをイジメただけじゃなく、オレにまで!」
振り返ると、上半身を起こした彼が涙目でこちらを睨んでいた。
「私、本当になんにもしてないもんっ! 突然吠えてきて、文句言ってイチャモンつけて、私の事虐めたのはそっちじゃんっ!」
「うるせぇ! 動物虐待女っ!」
彼がヨロリと立ち上がる。
「やってない事をやってないって言ってるだけだもん! あの時一緒に居たんだから、それくらい分かるはずじゃん! なのに分からないの? いつまでもそんなコトを言うのっ? バカじゃねぇ? お前っ!」
口調にクーちゃん乗り移った頃、殴り合いになっていた。
周囲から「お前ら止めろ!」とストップが入る。
上級生の男子が、ヴィヴィアンと下級生の間に割って入り、距離を取らせようとした時。
ヴィヴィアンの拳が連続して、上級生ふたりの顎と胸にヒットしてしまった。
ガツガツとした手応えを感じ、ハッとして、身体の動きが止まるヴィヴィアン。
「あ、あのすみま……」
だがこちらが謝るよりも先に、ふたりの上級生が「ありがとうございます!」と言ったのだ。
「……えっ?」となるヴィヴィアンと友達と、周囲の女子生徒達。
「ありがとうございますってナンだよクッソ、変態っ! うらやましい!」
「あの、オレもお願いしていいですかっ」
「あの、ボクもここに一発……いや、一発と言わず何発でも」
男子上級生達がジリジリと近寄って来る。
「び……ビビアン逃げよう。ヘンタイだよコイツら!」
友達に手を引かれて、ヴィヴィアンは逃げ出した。
「逃げるって、どこへ?」
「とりあえず職員室に逃げ込めば、あいつらもあきらめるよ。ほら、頑張って走って!」
「あっ、ちょ……待ってください! 僕達にも制裁を! 鉄拳制裁をー!」
――ひぇぇぇ!
背後からかけられる声が、こんなにも気持ち悪い。
エグバードの小屋を逃げ出した時とは違う種類のおぞましさが、ヴィヴィアンの恐怖心を煽った。
「うえーん! 悠真っ! こわっ……こわがったよおぉぉぉ!」
自宅リビングでヴィヴィアンは、悠真の身体を思い切り握りしめ、泣きついた。
悠真の身体に折り目がクシャッ! と入ってしまったが、傷心の女の子に対して文句は言えない。
――酷いのはそんな事を教えたクーちゃんの方だと思うけど……でもそれを言っても理解してもらえないんだろうなぁ。
「お。ヴィヴィアン、ナニ泣いてんだ。悠真にイジめられたのか?」
窓からクーちゃんが無断進入しながら、声をかけて来た。
「クーちゃん!」と言ってヴィヴィアンは、いつものように悠真を投げ捨てる。
彼女はソファに座った彼の横にピタリとくっつき、さっきの事を訴えた。
聞き終わった彼は、ひとこと。ヴィヴィアンにアドバイスをする。
「そう言う事は、人目につかない場所でやるものだ」と。
ヴィヴィアンはハッとした顔で、彼を見上げた。その瞳の中で、尊敬の光がキラキラと輝いている。
「そっか! そうだよね! みんなに見られたから、たくさんの人に追いかけられるコトになっちゃったんだ……そうだよ! さすがクーちゃん、あったまいいーっ!」
「そうさ。ほんの数秒、考えれば分かる事だったのサ!」
「だよねー」
はははは!
きゃははは!
ふたりの笑いがリビングの中を駆け巡る。
――なんか、僕ひとり、心配したのが、バカみたい……。
ここで「たとえ人目につかない場所でも、そんな事はやってはいけない」と主張しても、きっと聞き入れてはもらえないのだろう。
悠真とクーちゃんでは、ヴィヴィアンに与える影響力が違い過ぎた。
悠真はなんだか淋しくなり、ソッとリビングを出て、オーフェリアの居る店への扉を開けた。
店内には数人の客が居たから、オーフェリアへ愚痴る事も出来やしない。
そんなこちらの気配を察したのか、オーフェリアが振り向く。
彼女は悠真へ手をソッと伸ばし、抱え上げてくれた。
そして指先で頭部をナデナデしながら。
「わたしは自分の自由な時間で、悠真とたくさんの話をしよう。だからもう少しだけ待っておいで。話せないならば、その間もせめて、こうやってきみの傍に居よう。世界中の誰に遠慮する事なく、わたしは悠真を大切にするよ。わたしの持てる時間の全てでね」
あたたかい言葉が、胸にジーンと染み入る。
自分がオーフェリアの言葉に癒されるように、ヴィヴィアンもまた、クーちゃんの存在に癒されているのだな。
彼から学習する事は、高確率で危険をはらんでいるのだけれど。
――まぁ、今は仕方ないか。
そのうちヴィヴィアンも、彼女らしく生きてゆけるようになるだろう。
それがたとえクーちゃんのコピーのようであろうとも、仕方ない。
彼女の心は、彼女自身が育てるのだから。




