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■08■
悠真が使っていた〈宿り木〉は現在、ヴィヴィアンが使っている。
アンティークショップから〈悠真〉は居なくなり、その変わりにヴィヴィアンが住む事になった。と、周囲の住人には説明した。
「オーフェリアさんのご親戚なんですってね~」
「困った事があったら、私達に相談してね」
「そうだわ。主人が新作のお菓子を作ったのよ。お味見しない? 黒ごまの餡がとても香ばしいわよぉ」
「うちのお兄ちゃんだって、ロールケーキの新作考案させ……したし! ね、オーフェリアさん。お味見しに来て来てっ」
今日も店は女性達で騒がしい。
あの人達は「新作、新作」といつも言っているが、もしかしてオーフェリアに食べさせるためだけに、新作を作らせているのではないだろうか。
話を盗み聞きしていると、そんな気がして来た。もしそうならご主人やお兄さんは、気の毒である。
そろそろ学校帰りの女子生徒がチラホラとやって来る時間かな、と悠真が思った時。
店へと続く扉が開き、ランドセルを腕にかけたヴィヴィアンがこちらへ入って来た。
そしてひょこっ、とリビングに顔を見せる。
『お帰り、ヴィヴィアン』
悠真はテーブルの上から彼女に腕を振った。
短い腕がピョコピョコとして、その姿が可笑しいのだろうか。
ヴィヴィアンがクスッと笑った。
リビングへ走り込んで来る。
そして両手で持ち上げられた。
「ただいま、悠真っ。今日も可愛いねっ」
悠真は首を横にブンブンと振った。
可愛いなんて言われたって、嬉しくない。
「私、もっと悠真と一緒に居たいなぁ……頭に金具差し込んで、ペンダントにしてもらおっか」
『じょ冗談じゃないよっ』
悠真はヴィヴィアンの手から抜け出し、飛び降りた。
ヴィヴィアンと一緒に居るのは嬉しいけれど、身体に金具などぶち込まれてはたまらない。
いくらダンボールの身体でも、ある程度痛いものは痛いのだ。
「何で逃げるのぉ、悠真ぁ」
『何でって、分からないのっ?』
広くは無いリビングで走り回っていると、窓の方からコンコン、と音がした。
ドキッとして悠真はピタリと止まる。
その隙に、ヴィヴィアンに捕まってしまった。あぁ~。
「楽しそうだな、お前ら」
「く……クーちゃんっ!」
悠真はポイ捨てされ、テーブルの上に着地した。
窓の向こうに居るのは間違いない、クーちゃんその人である。
「どうしたの?」
ヴィヴィアンがウキウキしながら窓を開ける。
「ジャマするぞ、悠真」
悠真はペコリと頭を下げ『どうぞ』と彼を招いた。
彼は窓から部屋の中に入って来た。
「クーちゃん、こっちこっち」と、ヴィヴィアンはクーちゃんの腕にぶら下がるようにして、ソファに座らせた。
彼にピタリと寄り添い、彼女も座る。
「俺、今日は挨拶に来たんだぁ」と、少し含みのある笑いをこちらに見せるクーちゃん。
悠真はその微笑みにイヤなものを感じ『な、なに?』と問うた。
「俺の地球での足場、ここに決めたから!」
『えっ!』
「ええ? そうなの? やったぁ! バンザーイ!」
ヴィヴィアンがソファの上に立ち、飛び跳ねる。
『なっなんでどおしてっ』
「いいじゃねーか。遥斗ってここのオーナーにも許可もらったしな」
『うっ』
なぜ許可を出すのか、意味が分からない。
『き、きみも温泉くらい掘り当てたまえ!』
思わずトバイアスの真似をしてみる。
すると、クーちゃんの表情が豹変した。
「お前さぁ、そんなカラダでよくも憎まれ口とか叩けるな? あ?」
クーちゃんの頬がヒクヒクと引きつっている。
悠真は彼の言葉にハッとした。
ダンボール歴の方が断然短いので、ついウッカリ。
「でもね、クーちゃん。悠真の変わりの身体はたくさん予備があるから、大丈夫なんだよ」
「ほう。ダンボール製だもんな? どこにあるって?」
「あのラックにあるボックスの中」
『言うの? 言っちゃうの? ヴィヴィアンっ!』
「失敗しても大丈夫だから、金具つけてアクセサリーにしようって言ってるのに、イヤだって言うの」
『当たり前だよっ』
「よし。俺に任せとけ。俺はお前の願いを叶える男だ」
腕がこちらに伸びて来る。なんてデカい手なのだろうか。
「キャーっ。だからクーちゃん好き! 大好きっ!」
掴まれ、持ち上げられて。
クーちゃんの指を短い腕で必死になって叩くけれど、彼は意地悪そうに笑っている。
その顔を、吐息もかかるほど思い切り近づけられて。
「焦ってる姿も可愛いぞ、悠真」
手加減知らずのデコピンをされ、悠真はその痛みに……ちょっとだけ泣いた。
「何が『俺にも地球の足場が出来た』だ、『そのお祝いを持って来い』だ。あいつは知人宅へ遊びに来てるだけじゃないか」
窓の外でトバイアスが呟く。
「ある程度予想はしていたでしょ。それなのに律儀にお祝いを持って来たのは、あなたの意思ですよ。それも、ヴィヴィアンの好きなお菓子ですし」
「……ヘンか?」
「私、あなたのそう言う所は好きですよ」
トバイアスは一瞬、苦い表情をした。
「まさかきみはクェンティンのように、窓から訪問するつもりじゃないよね」
「レディはそのような事はいたしません、お店の方からですよ。ヴィヴィアンの大好きなオーフェリアさんにも、きちんとご挨拶しなければ。さぁ、こちらです」
数秒後、店の中は一層騒がしくなった。
トバイアスの訪問に、店内に居たご婦人方が色めき立ったのである。
「こんにちは。お久しぶりです、オーフェリアさん」とミルドレッドの声が聞こえた。
そこへクーちゃんの声が加わり、トバイアスの声が加わり、ヴィヴィアンの声が加わり、オーフェリアの声も少しだけ混ざり――アンティークのドールショップは店のイメージに反し、騒々しくなってゆく。
・ お わ り ・




