07-3
そこに立っていたのは、見知らぬ人であった。
肩より少し短く切りそろえられているブロンドの髪と、赤みの強い煉瓦色の瞳を持つ女性である。
足首まである丈の長いワンピースは、シンプルなデザインであった。
ヴィヴィアンの足が、止まる。
――誰っ?
他の人が来るだなんて、聞いていない。
ヴィヴィアンは足を一歩後退させてからこちらを向き、走って戻って来た。
悠真の身体に飛びついて来る。
悠真は両腕でしっかりとヴィヴィアンを抱き止めた。
「どちら様ですか」
「彼らの先輩、よ」
彼らとは、クーちゃんとトバイアスの事、だろうか。
学生なのだから先輩や後輩は居るだろうけれど。
――なんだろう。イヤな感じしかしない。目つきが……意地悪そう。人を見た目で判断しちゃいけないけど、見るだけで分かる空気ってあるし。
ヴィヴィアンがきゅっ。と悠真の服を握りしめる。
「ふぅん、素敵な部屋ねぇ。空から波動を引っ張って来ているのかしら? あの女の人って、空間をどうこうするのが得意そうだし」
そう言いながら、こちらに足を踏み入れて来た。
「ちょ……用事はなんですかっ」
その人が入ってしまうと、壁が再びスライドし、閉じてしまった。
彼女とは一定の距離が欲しくて、悠真は後退する。
それに気付いたのか、その人はどんどんこちらに近づいて来て。
本棚の前へと追い込まれた。
ヴィヴィアンを抱く腕に力が入る。
ヴィヴィアンも必死にしがみついて来て、悠真の胸に顔を押し付けて来た。
怯える小さな振動が、直接身体に伝わる。
悠真はくちびるを噛みしめ、その人を見返す。
「どうしてそんなに怯えるの?」
その人が笑う。目がきゅっと釣り上がって、怖い。
「あたしはあなたに会えて嬉しいのよ? 本当、皇女サマにそっくりね。生き写しだわァ」
指を差し出し、ヴィヴィアンの頬にかかっている髪を、その人が除けた。
ヴィヴィアンがビクッと怯え、悠真も体勢を変える。
その人からヴィヴィアンを隠すように、少し背中を向けて。
完全に背中を向けられはしない。
何をされるのか分からないから。
それにしても、この警戒感のそそり立ちようは何だろう。
心を突き抜けてしまいそうな波動、であった。
「ねぇ、この子の名前は何て言うのォ? 皇女と同じ名前だったりするのかしら……それはないわね。皇女の名前なんて、呼んだだけでもその場に異変が起こるのだし」
言っている意味が分からない。
「そうそう、自己紹介がまだだったわね。あたしはね、エグバードの門下生とでも言うのかしら? 彼の教え子だったのよ。名前はアンジェリカ」
ヴィヴィアンの身体がその瞬間、硬直した。
――エグバード……確か、ヴィヴィアンの話に出て来た教師、だっけ?
災厄の根源ではないか。
「何しに来たんですかっ」
「決まってるじゃない。その子を取り戻しに来たのよ。可愛げのない後輩達を同時に相手にするなんて非効率的だから、ちょっと引き離し工作を仕掛けたらすぐにこんな状況になるんだもの。結構バカよね、あんた達」
笑うアンジェリカの口の中で、チラリと犬歯が光った。いや、牙なのか?
「その子、返して」
「む、無理っ」
「どうしてよ。その子の素材を提供したのはあたしなのよ? 言うなれば親なんだから、早く返しなさいよ! 今度は逃げ出さないよう頑丈に監禁してやるんだから!」
その言葉に刺激され、悠真は叫んだ。
「親とか……関係無いっ。子供は、親の道具やオモチャじゃないんだっ!」
悠真の背中に肘鉄が打ち込まれる。
経絡にでも入ったのか、背中の右半分と腕に痛みが走り抜け、痺れた。
正座の痺れ、どころではない。ヴィヴィアンを抱いている感覚が消えてしまったのである。
ずる……り。
腕から力が抜けてゆく。
悠真は左腕に力を入れ、右腕のフォローをしようとしたが遅かった。
ヴィヴィアンの足が床に着く方が早かったのである。
「逃げろ……」と言う声も震えた。
あの肘鉄はそんなに、強烈だっただろうか。
悠真の身体の影で身動き出来ないヴィヴィアンを、悠真は左腕で突き飛ばした。
みんなの所へ行け、と言ってやりたい。
でも、身体が思うように動かない。
「ゆ……悠真……」
「バカね、逃がさないわ」
アンジェリカがヴィヴィアンの方へ移動しようとした。
悠真はまだ動く足で、ふたりの間に割り込む。
「邪魔よっ!」
今度は胸を蹴られ、悠真は床に身体を打ち付けて倒れた。
「悠真っ」
するとアンジェリカは倒れた悠真の胸の上に足を置いた。
そして強く踏み込んで来る。
肋骨がミシッ、と軋んだような気がした。
痛過ぎて、両目を強く閉じる。
「この人に迷惑をかけたくないなら、こっちに来なさい。あんたの本当の居場所は、地球じゃないでしょ!」
ヴィヴィアンが小さく首を振る。
瞳から、大粒の涙を零しながら。
「あんたを作った理由はただひとつ。慰み者にするためだけなのよ。他に利用価値も、存在価値も、存在理由もない。あんたはね、それだけでしかないの!」
アンジェリカの腕がびゅるっ! と伸びる。
ヴィヴィアンが「きゃあ!」と叫び、かろうじて身を交わした。
ヴィヴィアンを奪い損ねた腕はそのまま壁面に激突し、大きなヒビを入れた。
その衝撃により、近くの窓ガラスが粉砕した。
「本当に素敵ね、この部屋! 地球特有の感覚のズレも最小限だし、何より動きやすいわ!」
アンジェリカの足が床を蹴る。
悠真の視界にかろうじて見えるほどのスピードで、ヴィヴィアンを襲う。
「や……あっ!」
ヴィヴィアンは怯えてしまい、その場にしゃがみ込んだ。
そのままでは確実に、アンジェリカに捕まってしまう。
そうなれば、どうなる?
地獄の日々へ逆戻りだ。
――ダメだ……そんなの、ダメだよっ!
「ヴィヴィアン、おいでっ」
悠真は叫んだ。
発声する事自体がつらい。
でも、必死に叫んだ。
「僕が……僕こそがきみの〈宿り木〉だ!」




