07-2
「……ナンだあいつは」
異形を見たクェンティンの、最初の感想がそれだった。
銀色に鈍く光る上半身と、灰色に色あせた下半身。
まるでそれぞれが別の生き物のようだった。
そして背後に見え隠れする灰色の〈なにか〉
「見たまえ、クェンティン。腹の部分から仰け反り、背中の方に垂れてしまっている、もうひとつの上半身の顔を」
血色を無くし、灰色に染まった物体がかろうじてくっ付いている。
本人自身は、もしかして死んでしまっているのではないだろうか。
「見た事あるな……あんなツラのヤツ。何年か先輩に居たっけ」
「彼もエグバードの小屋に出入りしていた。あいつらも人工生命の実験を遊び半分でやっていると言う噂は聞いていたが、その証拠をこのような場所で見る事になるとはね」
下半身は彼のもの、のようである。
腹の部分から生えている別の上半身が、異様であった。
「わざわざ地球でなー」
「意味があって来ているのか?」
「そのエグバードがヴィヴィアンを追いかけて来たんなら、あいつも追っ手のひとりってだけだろ」
「そうかも知れない、が」
「気になるのかよ」
その言葉にトバイアスは答えなかった。まだ彼の中で答えがまとまっていない、と言う事のようでる。
「まぁいいや。お先ーっ」
そう言ってクェンティンは先輩モドキに突っ込んでゆく。
男の上半身はケミカルな銀色に光っていた。どう言う物質を使えば、水銀の塊のような身体になるのか。勉強嫌いのクェンティンには分からない。
大きく口を開き歯を剥き出しているその顔に、心当たりは無かった。
肌や髪の先まで銀色なのだから、知っていてもバッと見には分からないかも知れない。
物を識別する時の印象、と言うものがある。
それが違えば結構、認識や把握が遅れたりする。
中でも色彩は、印象を大きく左右する要因のひとつだ。
男の身体には、両の脇腹に顔がふたつ、埋もれている。
どちらの顔も生きているようで、その目玉がクェンティンやトバイアスを見るのだ。
向かって左腹の顔の部分から、鈍く光る針のように髪が伸びて来た。
クェンティンは咄嗟に避けたが、トバイアスが刃物でそれを切断しようと動く。
だが刃は弾かれ、切れる事はなかった。
「へぇ? あいつの全身ってもしかして、刃物は通用しねーって事か?」
「あの表面の感じからしたら、そうかも知れないな。とりあえず色々と試してみる事にしよう。相手を知らない事には、突破口も見つけられない」
トバイアスは掌から幅十センチほどの、リボンのような帯を呼び出した。
そこには文字が刻まれている。
どのような相手にも属性、と言うものがあって、それに対応した言霊を利用すれば、相手を封じる事は容易い。
だが目の前の異形は見た目の通り、複数の要素が入り交じっている。
リボンの文字や紋章をさまざまに変えてみるが、どれも上手く効果を発揮出来ないようだった。
キメィラ相手なら想定内の結果、ではあるけれど。
「今使えるモノつったら、お前の操る火と、言霊と?」
二度三度。
相手から襲い来る髪から身を交わしながら、会話は続く。
「クェンティンの先見にも期待している。それに、あの破壊的な歌声で攻撃してみてはうだろうか」
クェンティンの頬がピクッ、と反応した。瞳に怒りの色が浮かんでいる。
「お前の芸術的なお絵描きも披露してみたらどうだ? アイツ、笑い過ぎて全身の細胞が破壊しちゃうかもだぞ」
トバイアスの眉もピクリと動く。
「いや。残念だがきみには負ける」
「そっちこそやだなーッ。俺がトバイアスさんに勝てるわけないっスよ~」
クェンティンは腕を伸ばし、その手に太陽の光を集め始めた。
「クェンティンの歌を聴いた夜、僕は頭痛と耳鳴りで眠れなかった。翌日はデートだったのに。おかげで寝坊してしまったよ。どうしてくれるんだ。竪琴を奏でるのが上手な、美しい先輩だったのに」
トバイアスも指先に、炎の火種を灯した。
それをひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……増殖させ続ける。
「フラれたのか? 可哀想に。俺は悪夢にうなされたわ。お前の絵がそのまんま出て来たんだぞ。しばらく精神が立ち直れなくて、心療内科に通おうかしらと悩んだんだぜ」
太陽の光は、クェンティンの掌より大きな光の玉となり、増々光を増してゆく。
「今はお元気そうで、何よりです」
小さな火種が無数に発生し、トバイアスの周囲を取り囲んでいた。
ひとつひとつは燐光のようだが、それが何万も発生すると、周囲の気流に変化が起こる。
「お前も美人を取っ替え引っ替えして、うらやましい限りですわ」
クェンティンの手にある太陽光からも、熱は発生している。
ふたりの周囲では、熱風が吹き荒れようとしていた。
やっと駆けつけたミルドレッドがその様子を見て、顔を引きつらせる。
だが、ふたりに声はかけなかった。
「山火事、大丈夫かしら」
周囲をキョロキョロと眺めて、自分に出来る準備をする。
とりあえず水、と言うかお湯は大量にある。
それにしても、あの異形は何なのか。彼女は困惑した。
熱や風で始末出来る相手なのだろうか。クェンティンの操る光には、磁性も含まれているが。
――水が媒体になって電流でもまき散らされたら、迷惑だわぁ~。
「あ、そうだ。クェンティンのあれ、太陽光だったわね」
妙案を思いついたらしく、彼女の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
悠真はヴィヴィアンとふたりきりにされ、どうしようかと戸惑った。
このままここで待つだけなのは、戦ってくれている三人に対して申し訳ないと思うけど、自分に出来る事などないし。
「あ、あの絵本」と呟き、ヴィヴィアンが本棚に向かって走ってゆく。
そして、一冊を手に取った。
「ん、なに?」
「ケンカばかりしてるリスの、仲良し兄弟の話なの。クーちゃん達みたいでしょ」
「あ、うん」
クーちゃんとトバイアスのふたりは仲良し、なのか? ヴィヴィアンが言うのならそうなのだろうけど。
――トバイアスの部屋にあると言う事は、彼が読んでるって事?
子供向けの本を読んで喜んでいる姿が、ちょっと想像出来ない。
「二度目にトバイアスに会った時、この本プレゼントしてくれたの。他の本を読みたければ何冊でも見せてあげるから、遠慮せずに連れて来てもらうんだよ、って」
――ああ、それなら納得だな。
「服をもらって、お菓子ももらって。親切にされると、とても嬉しかった」
ヴィヴィアンは絵本を抱きしめ、目を閉じた。
そして薄く開いて、呟く。
「ねぇ悠真。あの三人、大丈夫かなぁ」
それはこちらが聞きたい事だ。
強いのだろうか、あの三人は。言っても学生、なのだろう?
悠真は部屋の窓から外を見てみた。
窓の方向が全然違うので、彼らの姿を見る事は出来なかった。
空と森が広がり、湯煙があちこちで上がっているだけだ。
「悠真はさっきの部屋で、窓から空を見たでしょう? 相手はどんなだった?」
「ごめん。上空過ぎてよく見えなかったんだ」
「そうなの……」
「すぐ終わって、早く迎えに来てくれるといいね」
「うん」
「待つのって、つらいよね」
「うん」
それから数分、居心地の悪い沈黙が続いた。けれど。
ミルドレッドが出て行った壁の方から、ノックの音がする。
ふたり同時に、そちらの方を見た。
「ミルドレッド? もう終わったの? 大丈夫だった?」
ヴィヴィアンが駆け寄ると、壁はすうっとスライドし、開いた。




