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やどりぎ  作者: あおい
06
18/31

06-3


「色々と大変だったわね」


 突然話しかけられ、ヴィヴィアンは思わず振り返った。

 思い出の水晶の世界に、見知らぬ老婦人が居る。


 ――ここにはクーちゃん以外、来ないはずなのに!


 突然の来訪者に、警戒心がそそり立つ。


「あら、ごめんなさい。あなたの大切な思い出に土足で上がり込んでしまったわね。でもワタシ、あなたと少しだけでもお話がしたいの。過去の映像を消してもらえるかしら」


 言葉はゆっくり、そして声は柔らかだった。

 白髪混じりで、顔立ち自体は綺麗な人だと思う。白いブラウスと山葡萄色のスカートを履いている。


 誰だろう。初めて会う人だ。


 ヴィヴィアンは仕方なく、水晶の空間を意識から消した。


 とりあえず何となく、白いだけの空間にしてみる。

 暗すぎず明るすぎず。

 その人がよく見えるような、淡い空間だ。


「あの……」


「お願いを聞いてくれてありがとう。ワタシは桜城花純よ。よろしくね」


 おうしろ……聞いた事があるような?


「〈宿り木〉の制作者なの」


 その言葉に、心が疼いた。


「ほんとにっ?」


「ええ、そうよ。今日は謝りに来たの。ワタシの孫が、本当にごめんなさい。でもあの子も、悪気があったわけじゃないの」


 突然ごめんなさいとか言われても。


「孫?」とは、誰の事だ。


「悠真は、ワタシの息子の子供なの」


 悠真の名前に、ヴィヴィアンの気持ちが硬直する。


 ヴィヴィアンを受け入れる〈宿り木〉の入手は、困難だろうと言ってくれた。

 言い難かったはずなのに、教えてくれた。

 それ自体には感謝している。


 彼が悪いわけではない。

 でも、だけど。


 その人が近づいて来て、ヴィヴィアンの目の前にしゃがんだ。

 そう言えば悠真も初めて会った時、こんな感じで視線の高さを合わせてくれたっけ……。


「心配する事ないわ。ワタシが最後に作った最高傑作の〈宿り木〉は、あなたを受け止められる」


「でも悠真、難しいって」


 その人は少し困ったように笑った。


「大丈夫よ、大丈夫。あの子にはこれから先にもチャンスはあるから」


 どう言う意味だろう。悠真にチャンス?

 もしかして彼も人形作家を目指しているのか?


「だから〈その時〉が来たら、戸惑わずに飛び込みなさい。あなたがクーちゃんを選んだ時のように」


「その時が、来るの?〈宿り木〉に、巡り会える?」


「〈宿り木〉は、もう、あなたのすぐ傍まで来てるわよ。だからそんなに嘆かないで。みんな心配しているわ」


 みんな?


「そうよ、ほら」と言うその人に、ヴィヴィアンは抱え上げられた。

 その人の腕の中から、周囲を見る。


 床に転がりはしゃぎまくっている三人と、言葉で諌めているのかいないのかよく分からない女の人。


 ――クーちゃん、トバイアス、ミルドレッド……それに、悠真。


 悠真がクーちゃんに足を蹴られているみたいだった。


 みんなを見るだけで、胸が熱くなる。

 心がキュンキュンとして、苦しくて、痛い。


 涙が、溢れ出る。


「心が落ち着いたら、戻ってあげて欲しいの」


 ――みんな……。


 あの中に、自分も戻りたい。


「あなたを待ってるから」


 ――わ……たし、を。


 待っている。

 待ってくれている。


 あそこで、四人もの人が。




「ヴィヴィアン?」


 目を開けると、ミルドレッドが静かな声で呟いた。


 クーちゃんが自分にくれた名前を、優しい声で呼んでくれた。

 おでこを、撫でられている。


「少し汗をかいたわね。暑かったのかしら? それとも……」


 微笑む彼女に、ヴィヴィアンは抱きついた。

 涙が止まらない。


「あらどうしたの? 怖い夢でも見てたのかしら」


「もぉ……なんで? どぉしてぇ?」


「どうしてって、何が?」


「なんであの三人、楽しそうに暴れてるのぉ……」


「えっ!」と三人の声が同時に聞こえた。


「ずるいよぉ……」


「ナンだお前、こいつの事蹴りたいのか? 弱ってるから今がチャンスだぞ」


「ちょ……なんでそうなるんだよっ」


「そうだぞクーちゃん。このような事に子供を巻き込むべきではない。苛虐趣味が芽生えたらどうするんだ。遊びにしても控えるべきだ」


「クーちゃんて呼ぶなつーの。だが、それもそうだな。これは大人の遊びだからガキには早いかもな。なぁ? 悠真ぁ」


「人の足を突つくのの、どこが大人の遊びなんだよっ」


「大人がやってりゃ、大人の遊びだろぉ~?」


 クーちゃんが二度三度、悠真の足首周辺を蹴っているようだった。

 そのたびに悠真が悶えている。


「あれ、何の遊びなのぉ」とミルドレッドに聞くと、彼女は苦笑いした。


「見苦しいでしょ。あれはね、悪ふざけと言うのよ。真似しちゃダメよ」


「う、うん」


「そうそう。きみはいい子だよね、ヴィヴィアン。暗記は苦手だったけれど」


「う」と言葉が詰まる。


「今そんな事を言わなくてもいいでしょう」


「ん、だから~。頭がいいだけの子よりも、心優しい女の子の方が幸せになれるから大丈夫だよ。ヴィヴィアン。例え塩と砂糖を間違えても、素直に謝れる事の方がどんなに素晴らしいか」


「う」


「トバイアス……」


「あれ? 褒めたつもりだったのだが……。どうもクェンティンの傍にいると調子が狂うな」


「聞こえてるぞ! 人のせいにすんじゃねぇ!」


〈宿り木〉が入手出来ると言う事は、自分は本格的に地球で暮らす事になる。

 この人達とは、離れて。


 ミルドレッドが地球に長居しているとは言っても、帰る場所はやはり空。

 今になってこんなにも大切な人達だったと言う事を、痛いほど実感するなんて。


 悲しい。こんなにも悲しい。


 ――クーちゃんが広げてくれた、お友達。


「ほらぁ~。また泣き始めたわ、トバイアス」


「これは……すまない、ヴィヴィアン。まさかきみがそんなに気にしていただなんて。でもね? みんな失敗を経験して大人になるんだよ。あまり落ち込む事はない。さ、ミルドレッド。彷徨うこの子のために、きみの失敗談をここで披露してくれたまえ」


 ミルドレッドの身体がピクン、と反応した。


「今更失敗談のひとつやふたつ聞いたからと言って、きみの事を嫌いになったりはしないさ。軽蔑もしないよ。だから遠慮せずに、さぁ。勇気を出してくれたまえ」


「よッ! ミルドレッド、いいぞ話せ話せ」


 クーちゃんは煽りながら拍手をした。パチパチと軽薄な音が鳴り響く。


「何言ってるんだよ、話す事なんて無いですよっ。話す必要があるなら、ビビアンとふたりきりの時でもいいじゃないか」


「うるせーな。お前は黙ってろ」


「も、もう僕、痺れはだいぶ治まって来たもんね! 全然、大丈夫だしっ」


「はあぁ~? 痺れが消えたくらいで俺に勝てるとでも思ってんのか?」


「何度も言うが、うちの施設の中で暴れるのは止めてくれたまえよ。被害が出たら請求はさせていただく。一円たりとも値引きはしないから、そのつもりで殴り合うように」


「よし悠真、オモテ出ろ!」


「やだよ! なんで僕がクーちゃんとケンカしなきゃいけないんだよっ」


「てめぇクーちゃんクーちゃんしつっこいぞ! それに挑発して来たのはお前の方だろうがぁ!」


「挑発とか、そんな事してないもんっ!」


 激しいやり取りが続く中、ヴィヴィアンは泣き続けた。

 自分はいつまでもずっと、永遠に、この中に居たいのに――。

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