表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やどりぎ  作者: あおい
06
16/31

06-1

■06■


 クーちゃんが改まって言う。

「説明してもらおうか」と。


 座卓を挟んで正面に、クーちゃんが座っている。

 悠真は彼に視線を合わせられなかった。


 説明、と言われたって。


「用事があるから俺を呼んだんだろう。さっさと話せよ」


 悠真は説明しなければならない。

 ヴィヴィアンが悠真の言葉により大きなショックを受け、現状に至っている事を。


 分かっているのに心苦しくて、言葉に出来ない。

 うつむいて、苦しい呼吸をくり返すだけ。


「お前に言っても理解してもらえないかも知れないけどさ、俺らが地球に居るのって、それなりにリスクあるわけよ。いくら自然の中で波動を地球用に書き換えたって言ったって、それは応急処置みたいなモンだ。予想外のハプニングに襲われれば無事じゃ居られない。……かも知れない」


「あの……〈宿り木〉を自分の身体にする事が出来たら、その心配は無くなるんですか」


 数秒考えてから、クーちゃんは答える。


「さぁなァ。でも人間だってさ、事故に会えば死ぬ事もあるだろ」


「完全ではない、って事ですか」


「完全なんてモノを信じてるのか? バカじゃねーの」


 返す言葉がない。


 完全にならないからって、〈宿り木〉を渡さないつもりはない。

 悠真はもう決めたのだから、それはいいのだ。


「〈宿り木〉は、お渡しします。だから、あの子を呼び戻してください」


「だから、説明しろって」


「……〈宿り木〉が実在するなんて、どうしてあの子に伝えたんですか。手に入らないかも知れないって、入手出来る確率は低いって、あなたなら分かってたんじゃないんですか」


「そんなの知るか。俺に〈見えた〉事を伝えただけだ。それに付随する情報なんか、配慮する必要なんて俺には無いね」


「くーちゃ……」と言いかけた時、その瞳にまた睨まれた。

 うっ、と息が詰まる。


「クッ……ク……クエ……クエッ……」


 名前が出て来ない。クーちゃんの本名、何て言ったっけ?


「クェンティンっ!」


 怒声と共に、卓が激しく叩かれる。


「クエッ……てぃん、さんっ」


 悠真は怯み、声が裏返った。


「なんだっ」


「〈宿り木〉は今、使っている物しか無くて! それを譲り渡すと言う選択肢が僕の中にまだ無かった時、僕は『無いから難しい』って、言ってしまったんです! それで……それ、で」


 あの子は、絶望して。


「あ・そー」と棒読み調でクーちゃんは言った。


「それで悲劇のヒロインになりきってエスケープしてやがるのか、このクソガキ」


 彼の視線が、眠るヴィヴィアンの方へと向けられる。


「呼び戻してもらえますよね」


「知るか! 好きにさせとけ!」


「……どうしてですか」


 クーちゃんがそんな事を言うとは思わなかった。

 呼び戻してくれると思っていたのに。


「何で俺がそこまでクソガキの面倒なんか見なきゃいけないんだ! 方向はもう示してやった。お前だって〈宿り木〉を渡す気で居るんだろ? なのに自分の殻に閉じ籠ってるような奴、俺が知るか! 帰るっ!」


 立ち上がり、彼は窓の方に向かった。まさか、そこから出るのか?

 悠真は彼を追いかけ、腕を掴んだ。


「放せよ! 付き合ってられるか!」


「どうしてそんな、冷たいんですかっ」


「呼び戻したいなら、お前が殴るなり蹴るなりすりゃいいだろ! そんな役目を他人に押し付けようなんて、どう言う根性してやがるんだっ!」


「殴りたくないって事ですか!」


「ガキ殴って喜ぶ奴が、どこに居るんだよ! もし居るならそいつ連れて来て、殴らせとけ!」


 あいつら、の顔が頭を過った。

 温泉まで追いかけて来たのだから、もしかしたらそんな展開になってしまっていたかも知れないのに。


「あなたじゃなきゃ……」


「ぁあ?」


「あなたじゃなきゃダメだって事くらい、分かってるんだよね! なのに、どうしてそんな薄情なんだよっ」


 悠真は気付くと泣いていた。

 涙が勝手に零れ落ちてゆく。


 クーちゃんの胴体に両手を回し、引っ張る。


「てめぇ! 五秒以内に放さないと容赦しないからなっ!」


 彼がグーの拳を作り、そこに息を吹きかけた。

 まるで大人が子供を脅すような仕草だ。

 自分は彼に、そんなにナめられているのだろうか。


 悠真はさすがにムカついて、クーちゃんの身体を強く引っ張った。


 彼の身体は見た目よりも遥かに軽かった。

 ふわっと。あっさりと。

 悠真に抱え上げられている。


 ヴィヴィアンも軽かったけれど、彼も負けてはいない。

 これが不安定、と言っていたものの正体だろうか。


 よく分からないが、予想外の軽さに、悠真の身体は仰け反った。

 なんか、格闘技でこんなポーズと言うか技があったような気がする。技の名前は、よく分からない。


 そのままふたりで背後に倒れ、身体を畳に打ち付けた。


 悠真は後頭部をシッカリと打った。板やコンクリートじゃなく、畳でまだよかったと思う。

 結構、いやかなり痛いから。


 後頭部を押さえて転がると、身体の上にあったクーちゃんの感触が消えていた。


 彼は、悠真の右横に立ち上がっていた。

 怒りの瞳でこちらを見下ろしている。


 ――うっ……!


 また再び、あの目を見る事になろうとは。

 自分が食い下がったのだから、当然かも知れない。

 悠真はヴィヴィアンのために、勇気を出して頑張ったのだ。


 そう。頑張った。

 怖かったけれど、彼を引き止めた。


 彼の足が片方、すうっと持ち上がる。

 そして、悠真の身体のどこに狙いをつけたのか。


 その足が、こちらに向かって素早く下りて来るのが見えた。


 怖くなり、両目を閉じて呼吸を止める。

 全身の筋肉に力を入れ、蹴られる覚悟をした。


 ……なのに。


 一秒。二秒。三秒。……七秒?


 ――……あれっ?


 恐る恐る目を開けると、彼はこっちを見ていなかった。

 悠真は彼の視線を追いかけ、部屋の入り口の方を見た。


 そこには見た事のない少年と、その一歩後ろにミルドレッドが居たのである。




 服装が、クーちゃんと全く同じだった。

 ただクーちゃんは多少着崩しているけれど、その人はきちんと着こなしている。

 全く同じデザインのようだから、もしかして制服だろうか。


 部分的にゆるくウェーブの入ったブラウン色の髪と、同じ色の瞳をしている。

 少し幅のある二重で、落ち着いた雰囲気の人だ。

 キラキラして激しいクーちゃんとは対照的である。


 ――あの人が、ミルドレッドさんの……えーっと。名前、何だっけ。


 もしかして自分は、人の名前を覚えるのが苦手だったりするのだろうか。

 と言うか、日本人以外の名前は苦手である。

 耳慣れないと、印象に残らない。


「うちの施設で暴れるのは止めてくれないだろうか……クーちゃん」


「てんめえぇぇ!」と叫んで、悠真の上を飛び越えてゆく。

 クーちゃんはたった一歩で、八割ほど距離を詰めていた。結構遠い所に居たのに。


 十二畳ほどの部屋の中を、斜めに。

 窓際から、入り口の方へ。


「お前までクーちゃんとか呼んでんじゃねーよキメぇんだよっ」


 ネクタイを掴み上げ、クーちゃんは男の顔に自分の顔を近づけた。


「そんな事で興奮するな、落ち着きたまえ。みっともないぞ。……クーちゃん」


 クーちゃんは無言で男の額に、頭突きを打ち込んだ。

 相手は結構な衝撃を受けたらしく、フラリと一歩、足が出る。


「……本気で痛い」


「からかうからでしょ。遊んでないで、トバイアス」


 ――ああ、そんな名前だっけ。トバイアスね、トバイアス。


 トバちゃん、とでも呼ばれているのだろうか。トバちゃん、って感じの人ではないけれど。


 ――あの人がここの、実質オーナー、でいいんだよね?


 見た目は、自分達と変わらないくらいの年齢に見える。外見通りの年齢ではないかも知れないが。


「あの、桜城悠真さん?」


 トバイアスに呼びかけられ、慌てて正座した。


「は、はいっ」


 なぜ正座する必要があったのか。自分でも分からない。


「僕にもお話を聞かせていただけますか」


「……え」


 すごくイヤだと言う感情が、声になって漏れた。


 さっきまで微笑んでいたトバイアスが、妙な表情になる。

 理解しかねる、とでも言うようなニュアンスの表情だ。


「そ、そんなにご迷惑だったら、遠慮させて頂きますけど」


 トバイアスが賢そうな顔で、苦笑いを浮かべた。


「おい、お前」


 クーちゃんがこちらを向く。


「よかったな。こいつもヴィヴィアンの事情に興味があるみたいだぞ。蹴ってもらえ」


「何を言っているのだきみは。そのような役目は性に合わない。お断りさせていただく」


「だからっ。他の人じゃダメだって言ってるのにっ。ク……クエッ……えっと」


「人の名前、何でそんなに覚えられねーんだカス!」


 ――だ、だって。一番最初に「クーちゃん」と刷り込まれてしまったから!


 などと言い訳をしても、聞いてはもらえないだろうなと思う。

 カタカナぽい響きの名前を覚えられない悠真が悪い、と言えば悪いのだし。


「お前もウジウジ言ってないでさっさとヤれよ! 取り返しがつかなくなっても知らねーからな」


「えっ! タイムリミットなんてあるんですかっ」


 クーちゃんにグーで頬をグリグリと捻り込まれた。彼の手の骨が、頬骨に当たって痛い痛い痛い。

 悠真は両手でそれを押し返そうとするのだが、彼も力が強く、抵抗される。


「人を脅すのは止めたまえ。感心しないな」


「可能性の話だろーよ。俺はちゃんと忠告したからな、いいな? 恨まれる筋合いは無いからな。じゃ!」


 言葉と同時に、悠真の頬が解放された。


「待ってよクーちゃんっ!」


「待ちたまえクーちゃんっ」


 逃げようとしたクーちゃんに反応し、追いかけようと動いた悠真は、転げた。


 ほんの少ししか正座していなかったのに、足が痺れてしまっていたのだ。

 これも体力低下の影響なのだろうか。


 恥ずかし過ぎて、悲鳴が声にならなかった。

 顔が熱くなる。


「ぶ……ははーはは! マジか! ブ・ザ・マ! 見てらんねぇな! そのまま苦しんどけ!」


 ――だ、だって僕、今、スタミナ限界だしっ。正座なんて慣れないしっ。


「し、失礼な言動は慎みたまえ……うくっ」


 トバイアスも悠真から顔を反らした。その身体が小刻みに震えている。


 ――酷い。あの人まで笑ってる……!


 短い時間正座していた男が、畳の上に転がった。

 そんなに面白いだろうか。

 面白い、のだろうな。

 彼らはあんなに笑っているのだし、自分はこんなにも恥ずかしいのだから。


「いや、失礼。まさかこんな展開になろうとは、僕も予想だにしていなかったもので。広い心で許して欲しい」


「マジで動けないの? ラッキー、蹴っちゃおー。ひゃはははは! ざまぁねぇな!」


 クーちゃんの足の指先が、悠真の足首周辺を何度も触れて来る。決して強くは触らない。

 そのたびに悠真は短い悲鳴をあげて、身悶えた。


「……最低だわ。ふたりだけでも会話が成立した事はあまりなかったのに、悠真が混じると分けがわからなくなるのね。可哀想なヴィヴィアン。あなたの事を心配しているのは、本当は、私ひとりなのかも知れないわ」


 足を突つかれ、何度も息絶え絶えに叫ぶ悠真達の傍で、ミルドレッドはヴィヴィアンの髪を優しく撫でた。

 その額に汗が少し、にじんでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ