04-3
学園の裏にある底なし沼。
その周囲には蔓薔薇が多く繁殖していて、とても危ない。
そこに近づく生徒も教師も、ほとんど居なかった。
だがエグバードは瘴気の漂うその場所を気に入っており、自分用の小屋を勝手に建てて利用していた。
そこでは、彼の悪意に呼応する性質の生徒と共に、夜な夜な楽しい事が行われている。
それは、参加出来る生徒とエグバードだけの秘密である。
だがその秘密を共有する者は、結構多かった。
同調するような悪意を持つ学生が各学年にひとりかふたりしか居ないとしても、年月を積み重ねればそれなりの数になる。
その中のひとり・アンジェリカは久しぶりの休日に、その小屋を訪れた。
沼からの湿気で歪み始めている扉を開けると、ひとりの男子生徒が腹の傷を押さえ、床に座り込んでいるのが見えた。
「あんたひとりなの、ユージン。ジジィは?」
ユージンは少し長い前髪の間からアンジェリカを睨み、吐き出すように答えた。
「逃げたクソガキ追いかけて、地球にでも行ったんじゃねーか」
ケガのせいだろうか。声が多少震えているようだ。
「え、クソガキって」
「お前のせいだぞ」
「髪、使ったんでしょ。どうだった?」
「どうだった、ってナニが」
「皇女の遺伝子は、どうだったのよ」
ユージンは数秒、間を置いてから返事をした。
「見た目は十歳くらいのガキが出来上がったが、ドン引きだぞ。生き写しだ」
アンジェリカは「うっそ、マジで!」と顔を紅潮させた。
ユージンの顔に疑問の色が浮かび上がる。
「何を考えてるんだ、お前」
「庶民のささやかな抵抗よ。あんた達だって、どうせいたぶったんでしょ? 失敗作とか言って、始末しようとしたはずよ。でも、その相手が皇女だなんて、最っ高の気分だったんじゃない?」
それは否定出来ない、とユージンは思った。
「そのために、あれを俺に渡したのか」
「当然よ。毎日毎日こき使われてさー。同じ城の中にいるのに、あいつはお姫様で、あたしは下働き。連日連夜のパーティに晩餐会。その後片づけをさせられるのは、あたし達よ。反吐が出るつーの。だからさ、よく似た奴が出来上がったら、そいつを痛めつけて憂さ晴らししようと思ってさー。でも、殺したのならともかく、逃がすなんてねー。この無能、間抜けっ!」
「言っておくが、ヘマをやらかしたのはジジィだからな。結界が綻んでたんだと。学生どころか、鹿も狸も出入り自由だ」
「使えないわー」と言いながら、アンジェリカはシガーを取り出し、それに火を付けた。
ユージンが彼女を見ていると、アンジェリカは「あんたも吸う?」と言った。
ユージンが「ああ」と呟くと、アンジェリカは近づき、その唇にシガーを差し込んだ。
「ありがとうございます、は?」
礼を求めるが、ユージンは声を出さなかった。
「可愛くなーい」と言って、その頬を軽く殴る。
「それ、あたしのオリジナルなんだからね」
「フーン」
「せっかくだから、深く吸い込んでよねー」
アンジェリカは耳元で囁いて、その頬にキスをした。
「軽くトリップ出来るから、そしたらイイコトしてあげる」
耳を甘噛みされ、ユージンは少しだけ首をすくめた。
「ほら、もっと吸って……それで、地球のどこに行ったか分かる?」
「追いかけるつもりか?」
「無能共が、連れ戻せるとでも思うの?」
「どうだろ」と呟くユージンの瞳は、トロンとしていた。
もう、焦点が合わないようだ。
「なん……だ、この、葉っぱ……」
ユージンの身体がぐにゃりと倒れ込む。
「トリップ出来るって言ったじゃん。もう力も入らないみたいね。じゃあそろそろ、いっか」
「な……に……」
「いい具合に、腹に穴が空いてるし。あんたも実験台になっちゃえ」
そう言ってアンジェリカは小分けされた袋から、髪を数本取り出した。
そしてそのまま、腕をユージンの腹の中に突っ込む。
ぐちゃり。と湿った音がして、ユージンの身体が痙攣した。
「あら、痛かったぁ? 鎮痛作用は無かったものねぇ、その葉っぱ。あはは、痛かったらゴメンねぇ~。でも、ほら。あんただって上流階級の仲間入りが出来るかもよ? この髪の毛、集めるのに苦労したんだから!」
突っ込んだ腕で、内臓をかき混ぜる。
生温い液体が飛び散り、ユージンも大きく痙攣した。
「あんたの中、あったかくて気持ちいい~。でもちょっと、臭いわね。あははは!」
腕を引き抜き、手を振る。
赤い液体や肉の欠片が周囲に飛び散った。
「三人分の髪を入れたわ。仲よく出来るかしら? それとも争って、生き残ったモノだけがあんたを乗っ取る事になるのかしらね? すっごく楽しみ! あら、今あたし、エグバードのジジィの気持ちが少しだけ理解出来たわ。いやぁね、あははは!」
ユージンは痛みに震え、歯ぎしりをした。
腹からは、違うリズムの湿った音が鳴り続ける。
腹の中で、ユージンの意思とは無関係に、生命活動が行われていた。
それに顔を近づけて、アンジェリカは満足そうに微笑む。けれど。
「でも、この様子じゃ時間がかかりそうねぇ……ただ待つだけなんて退屈だわ。お茶でも飲んで来ようっと」
アンジェリカは立ち上がり、ユージンに向かって意地悪く微笑む。そして。
「じゃ~ねぇ」と明るく挨拶をし、扉を開けて出て行った。