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先週の金曜日、仕事を終えた俺は一人で街をぶらついていた。せっかくの週末だというのに、飯を食うにしても、飲みに行くにしても、一人では味気ない。そう思って数人の友達に電話してみたが、生憎その日に限って誰もつかまらなかった。
それで俺は少し前に結婚した大学の友人のところへ押しかけることにした。電話してみると案の定遊びにこいと誘われたので、俺は手土産のケーキを買うために、女子社員の間でたびたび話題にのぼる地下街のケーキ屋に立ち寄った。
ケーキを物色しながら何気なく目を上げた時、店に入ってきた女性と目が合って、俺は思わず声を上げそうになった。有加だった。すると、有加は心持ち上気した表情で俺に近づいてきた。
「三上さん……でしたよね」
俺は心臓が口から飛び出そうになった。
「覚えてくれてたんですか」
「ええ」
有加は短く答えると、恥ずかしそうに目を伏せた。
「甘いもの、お好きなんですか?」
俺が聞くと有加はうなずいた。
「週末にひとりだと、まっすぐマンションに帰ってもつまんないでしょう。それで、ケーキでも買ってって、ちょっとだけ幸せな気分に浸ろうかななんて」
有加はそう言いながら、いたずらっ子のように小さく舌を出した。その短いやりとりにも仕草にも、どことなく俺を誘っているような雰囲気が感じられた。
「あ、あの、もしおひまなようでしたら、食事でもどうですか?」
俺は思い切ってそう声をかけた。
「でも、何か予定がおありなんじゃぁ……」
「いや、僕も今夜はあいにくひとりだったんで、ちょっと実家にでも顔をだそうかなんて、殊勝なことを思いついたもんで」
俺の実家は長崎だ。今からちょっと顔を出せるはずがないのだが、有加に親孝行で誠実な青年だと印象づけたいという下心だった。
「あら、それじゃあお父様やお母様に申し訳ないわ」
「いや、行こうと思えば明日でもいけますから、全然気にしないでください」
ケーキ屋を出たところで、俺は有加に気づかれないように、急用ができたと友人に断わりの電話を入れた。
「何がお好きですか?洋食?和食?イタリアンとかは?西通りにおいしいパスタを食べさせるカフェがあるんですよ」
女の子をナンパした時に必ず行く店だ。すると有加が笑い出した。
「そんな堅苦しいところじゃなくて、普通の居酒屋さんとかで、あたし全然平気よ」
それではということで、警固のほうにある行きつけの居酒屋に行った。うまい刺身や地鶏料理を出す店で、俺はビールを、有加はレモンサワーを二杯飲んだ。食事が終わって店を出ると、有加が少し酔ったのか舌足らずな口調で「ねえ、カラオケ行きません?」と誘ってきた。
断わる理由はどこにもなく、俺たちは二時間ほど笑い転げながらカラオケに興じ、店を出る頃には有加の頭は俺の肩の上にあった。自然な成り行きで、俺たちはそのまま、今泉のホテル街へと向かった。
そこからの数時間は、今思い出してもぞくぞくするほど鮮烈で甘美な体験だった。俺は別に女に免疫がないわけではない。大学時代は一年近く喫茶店でアルバイトをしている女の子と同棲していたし、社会人になってからもそれなりに恋愛も、遊びもやった。
そんな俺にとってもその夜は特別だった。有加は幼く見える顔立ちとは裏腹に、胸も腰も豊満で、見事に成熟した女の体をしていた。その有加が、眉根に皺を寄せて切ないあえぎ声をもらすたびに、俺は頂点に達しそうになるのを必死でこらえた。しかもその夜、有加は貪欲に何度も俺を求め、汗みどろになった俺たちがやっと眠りについたのは午前二時を回っていたと思う。
ともかく森山有加は、俺が人生でもう二度と出会うことができないような「いい女」だったのだ。その後二度ほど有加の携帯に電話してみたが返事がくることはなかったし、俺も有加との関係に執着するつもりはなかった。有加との一夜は、俺にとってはうたかたの、そして最高の夢だった。




