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「約束したじゃない。あの時」
女は薄笑いを浮かべたまま言った。
「約束って、何を?」
「願いがかなったでしょ」
「えっ」
「有加とうまくやったんでしょう」
女の言葉に俺は絶句した。確かにこの女の言うとおり、俺は合コンから一週間後の金曜日に、偶然森山有加と再会し、信じられないような一夜を過ごした。だが、この女はなぜそのことを知っているのか。有加が自分の情事を、同僚にぺらぺら喋るような軽い女だったということか。
「あの時あなたは思ったでしょう。有加を手に入れることができたら、悪魔に命を取られてもいいって」
女は真顔になった。
「あたしが、それほんとって聞いたら、あなたはほんともほんと、願いがかなうならこんな安い命なんかくれてやるって。そして、あたしと指切りしたのよ」
そんな記憶はみじんもなかった。あの時、俺は完全に泥酔状態で、この女の顔はおろか、いつ店を出たのか、どうやって家に帰ったのか、全ての記憶が飛んでいた。
「あの時、あなたはあたしと契約したのよ。あなたは有加を手に入れる、そしてあたしに命をくれる」
「ちょっと待て。君はいったい誰なんだ」
「だから今言ったでしょう。悪魔よ。ア、ク、マ」
―― この女はイカれてる
俺は反射的にそう思った。
「信じてないみたいね。別に構わないけど、契約の期限は今日の午前零時。つまり、今日の日付が変わるまでにあなたは死ぬの。あたしは割と親切だから、予告なしっていうのはフェアじゃないと思って、こうやってお知らせにきてあげたわけ」
「君は一体何を言ってるんだ」
「念のために言っておくけど、どっかに逃げようとか思っても無駄よ。駅のホームで転落するのが、車が崖から落ちるとかいうのに変わるだけで、今日中に死ぬっていう状況を変えることはできないんだから。そんな無駄なことをするよりも、残った時間で何かやりたいことをやるとか、肉親や親しい人に別れを言うとか、なるべく有意義な過ごし方を考えたほうがいいわよ」
「そんな話をされて、はいそうですかと信じる人間がいるわけないだろう。君はカルトの信者かなんかか」
ちょうど昼休みになって、エレベーターから人がぞろぞろと降りてきた。同僚がからかうような笑いを浮かべながら三上の横を通り抜けていく。女子社員の群れの中に富永亜紀の顔もあった。
「あっちで話さないか」
三上は女に喫煙コーナーの椅子を示した。女はおとなしく従った。
「改めて聞くが、君の目的は何だ」
「だから、あなたが今日死ぬんだってことを教えに来てあげたんだって言ってるでしょう」
「俺に対する嫌がらせか」
「信じる信じないはあなたの勝手だけど、あたしと指切りして契約したのは事実なのよ。まあ、命賭けるっていう人は、割と珍しいけどね。魂を売る人はいっぱいいるけど」
―― もしかしてこの女は、あの合コンで俺に好意を持って、それでこんな突拍子もない話をでっちあげたのか
女が突然笑い出し、俺はあっけにとられた。
「あなたって、見かけによらずうぬぼれやなのね。まあ有加みたいな可愛い子を手に入れたからちょっと自信がついたんだろうけど、残念ながらあれはあなたの実力ってわけじゃなかったのよ」
俺が考えることはこの女にはお見通しなのだ。そう思うと背筋に冷たいものが走った。
「有加と会った時、あんなあり得ない展開を変だと思わなかったの?あの時有加の誘いに乗らなかったら、契約は不成立になってあなたは死ななくてもよかったのに」




