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「三上君、お客さん」
受付からかかってきた電話を取った経理課の富永亜紀が、俺のほうを見ながらつっけんどんに言った。
「誰?」
「女の人」
亜紀は常日頃、俺に対して「お前が嫌いだ」というオーラをばちばち飛ばしてくる。だから俺はそれ以上亜紀と口を聞くのが面倒になって席を立った。
「只今下りてまいりますので、少々お待ちください」
亜紀は俺を横目で見ながら、これ以上ないほど事務的な口調で言うと乱暴に電話を切った。アーモンド型の大きな瞳に肉感的な唇。うちみたいな地味な会社にはもったいないくらいの美人だ。けれど見た目の美しさとはうらはらに、彼女の性格は最悪だった。
俺の会社は、オフィス向けのOA機器を販売している。福岡の事務機器の会社としては老舗だが、大企業には程遠い。亜紀は入社してくるとすぐに「私、付き合うのはお金持ちの男だけだから」と公言した。 そしてその言葉どおり、安サラリーマンの俺たちには見向きもしなかった。
ただ関心がないというだけなら実害がないのだが、どういうわけかあからさまに俺のことを毛嫌いした。彼女に嫌われる心当たりがまったくなかったので、悩んでみたって始まらない。俺は「相性」という言葉で、この問題を棚上げした。しかし、同じフロアで仕事をしていて、ことあるごとに敵意をむき出しにされるのはかなわないから、俺は極力亜紀と関わるのを避けるようになっていた。
エレベーターのドアが開くと、受付の電話の前に見知らぬ制服姿の女が立っているのが見えた。白いブラウスに白と黒のチェックのベスト、黒いタイトスカート、胸にS銀行の名札をつけている。
「お待たせしました。三上ですが」
俺の声に女が振り返った。整っているがどこといって特徴のない丸顔で、ボブの髪をダークブラウンに染めている。
「ごめんね。遅くなっちゃって。もう少し早く来るつもりだったんだけど、いろいろと取り込んじゃって」
女はタメ口で言った。
「あの……失礼ですが、どちらさまでしょう?」
三上の言葉に、女は驚いたように目を丸くした。
「いやだ、あたしのこと覚えてないの?」
俺はまじまじと女の顔を見たが、どうしても思いだせない。
「先々週の金曜日、西通りの煉瓦屋で会ったでしょう」
確かにその日俺は同僚に誘われて、煉瓦屋という創作料理を出す居酒屋で合コンした。その席にこの女もいたのだろうか。
「本当に覚えてないみたいね。あなたの隣りに座ってたのに」
女はそう言いながら妙な含み笑いを浮かべた。
「まあ、無理もないわね。あの時あなた、有加以外の女は眼中にないって感じだったもんね」
女の言う通りだった。合コンに参加したのは俺の会社の男四人にS銀行の女子行員が三人。その中にまさに俺のタイプの女がいた。顔が小さくてくるりとした丸い瞳があどけないリスのような感じの女の子、それが森山有加だった。
合コンをセッティングしたのは、佐伯という同僚だった。親が不動産業をしているとかで、うちの会社では数少ない金持ちのぼんぼんの一人だった。そもそも天下のS銀行の女子行員との合コンが実現したのも、佐伯の親のコネありきというところだった。佐伯は根っからの遊び人で、海外旅行やスキー、スノボー、夏はサーフィンと女の子が喜びそうな話題には事欠かない。だから合コンはほとんど佐伯の一人舞台で、俺たちはいわば当て馬みたいなもの。俺は向かい側に座っている有加に話しかける糸口さえつかめずに、酒ばかり飲んでいた。




